料理を「おいしく」する方法がわかる!ロジカルで楽しいレシピ集!
はじめに
かつて「男の料理」という言葉がありました。1957年から現在まで放送されている NHK の料理番組『きょうの料理』で『男の料理』というコーナーがはじまったのが 1983 年。このコーナーは後に『男の食彩』(1991 年~ 2000 年)という番組に発展します。プレジデント社が『dancyu』という雑誌を創刊したのは 1990 年。この誌名は「男子厨房に入らず」を転じて「男子も厨房に入ろう」という意味から名付けられました。もちろんそれ以前から「男の料理」という言葉は使われていましたが、1980 年代~ 2000 年くらいまでが、この言葉の最盛期だったように思います。
この頃、男の料理という言葉につく形容詞は『ウンチク』『豪華素材一点主義』『豪快』といったもので、趣味的な料理という印象がありました。今でも趣味の料理はスパイスからカレーを作る男、定年後にそば打ちをはじめる男という具合に嘲笑的に語られたりしますが、「男の料理」という言葉自体はほとんど聞かなくなりました。いくつかの理由が考えられますが、一つは男性が料理をするのが当たり前になったからでしょう。
そもそも料理に性別などないのです。でも、この本ではあえて「男飯」という単語をタイトルに掲げてみました。単純に男が好む料理……というわけではなく、市場や工場などで働く労働者や若い人のために考案された昔からある料理から、レシピを書いてみました。
そこに「おいしさとはなにか」を考えるヒントがある、と思ったからです。まず、料理における「おいしさとはなにか」から解説していきましょう。
料理におけるおいしさには大きく、
一 食べ手に起因する要因
二 食べ物に起因する要因
の二つがあります。
食べ手に起因する要因には食習慣、体調、環境、情報や価値観などがあります。慣れ親しんだ料理は当然、おいしいですし、そもそもひどい風邪を引いていれば味わうどころではありません。予約がとれない流行の繁盛店は情報を上手に使い、料理の味わいを演出しています。
次の食べ物に起因する要因にはいくつかの階層があります。一番下に位置するのが味で、基本味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)に感覚である辛味や渋味が加わったものです。最近では 2018 年に九州大学のグループが舌の味蕾細胞から脂肪に反応する神経を発見したことから、六番目の味として脂肪味が加わるか、という議論が続いています。
これらの味に香りを加えたものが「風味」で、さらに視覚(色、つや、形)や聴覚(環境音、音楽)も感じ方に影響します。これがあわさり、おいしさは判断されるのです。
そもそもなぜ人は味を感じるのでしょうか。それは人間の生存に必要な食べ物を見分けるためです。塩味はもちろん人間が生きていくために必要なミネラルの味で、甘味(糖や炭水化物など)や脂肪はエネルギー源。うま味はアミノ酸の味=タンパク質のサインです。酸味は腐敗を知らせる危険信号で、苦味は植物などの毒を教えてくれます。
全国各地で根強く愛される料理を俯瞰すると多くが〈炭水化物+脂質+うま味(+塩味)〉で、構成されていることに気づきます。生姜焼きだけを食べるよりも、ご飯と一緒に食べたほうがおいしい。味は人間が生きていくために必要な食べ物を知らせるシグナルなので、それを満たす料理は間違いなくおいしいわけです(もちろん、健康に留意するならランチに食べすぎたら夜は軽くする、などの栄養バランスは気にする必要があります)。
この本に掲載されているレシピを2点~3点つくれば「おいしいもの」をつくることが意外と簡単だとわかると思います。それでもおいしくない、と感じる人がいたら、それは食べ物側に問題があるのではなく、食べ手側の要因によるもの。味覚の感受性は人によって異なるので、自分で調整するしかありません。本書ではそのために必要な塩分濃度の計算方法なども伝授します。
おいしいものをつくるのは簡単。食材はそれ自体においしさを持っているので、つくる人はそれを損なわないようにすればいいだけだからです。これは料理の真髄ですが、難しいのはつくり続けることです。日々の料理はときに作業に陥りがちで、義務になってしまうとつまらなく、苦痛に感じることも。
そこで本書ではおいしい料理に〈一点突破の過剰さ〉を加えたものを男飯と定義しました。料理における過剰さはエンタテインメント性、面白みです。毎日、料理ができるのは義務ではなく、自由に生きていくための権利なので、たまには面白みのある料理をつくる
といい気分転換になります。
僕が時々足を運ぶ近所の喫茶店では、刻んだ大葉が山程のったスパゲッティを出していて、名物料理になっています。味や原価、顧客の満足度を考えると半分の量でも十分満足できるかもしれませんが、山程の大葉をのせることでしか得られない面白さがあるのです。
例えばラーメンは家でつくるのではなく、外食したほうが合理的です。しかし、外食では料理をする楽しさ、達成感は得られません。そもそも合理性を突き詰めると料理なんてせずに、完全栄養食品を摂取して生きていくのが賢い、という世の中になりそうですが、実際には多くの人が毎日料理をしています。料理には何事にも代え難い面白みがあるからです。料理は生きていくために必要な──生活の一部でもありますが、男も女も関係なく、万人に開かれたクリエイティブな行為なのです。
目次
著者略歴
樋口直哉(ひぐちなおや)
作家・料理家。
1981 年東京都生まれ。服部栄養専門 学校卒業。2005 年、『さよならアメリカ』(講談社) で第 48 回群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。 同作は第 133 回芥川龍之介賞の候補にもなった。ほか にも、2014 年に映画化された小説『大人ドロップ』 や『スープの国のお姫様』(ともに小学館)、『新しい 料理の教科書』『もっとおいしく作れたら』(マガジン ハウス)、『ぼくのおいしいは3でつくる 新しい献立 の手引き』(辰巳出版)、『最高のおにぎりの作り方』 (KADOKAWA)など著作多数