なぜ「進化論的アプローチ」が流行するのか?|高橋昌一郎【第26回】
進化論の3つの「呪い」
一般に「科学」の最大の特徴は時間的な「更新性」である。科学者は、最新データに基づいて研究を進め、最先端の科学理論は常に更新されている。パソコンのソフトが不具合を修正しながらバージョンアップしていくように、科学理論も日々刻々とバージョンアップを遂げていると考えればわかりやすいだろう。
したがって、過去の科学理論は、現代科学においては意味をなさないことが多い。たとえば、現代の宇宙物理学を理解するために最も適切な方法は、宇宙望遠鏡の観測データを含むような理論に基づく最新版のテキストで学ぶことである。科学史上の業績として振り返る場合を除けば、プトレマイオスの天動説やユークリッドの『原論』などに遡って、出発点から研究を始める必要はない。
科学以外の学問分野では、このような更新性は、ほとんど見られない。たとえば芸術分野を考えてみると、時間的に「新しい」ことが理由で作品が高く評価されることはない。モダン・ジャズがモーツアルトよりも優れた音楽であるとは限らないし、ピカソがゴッホよりも優れた絵画だと断定できるわけでもない。芸術作品そのものの評価は、時間的前後とは無関係に行われるのが普通である。
哲学者カール・ポパーの「進化論的科学論」によれば、環境に適応できない生物が自然淘汰されるのと同じように、古い科学理論は観測や実験データによって排除されなければならない。今日の科学における諸概念も時間の経過とともに古くなっていく。科学の世界では、常に最新バージョンが求められているわけである。科学者の仕事は、問題を解決するために仮説を立て、その仮説を批判的にテストすることによって誤りを排除し、その過程で生じる新たな問題に取り組むことである。ポパーは、この「批判的思考」の実践によって、科学が真理へ接近していくと考えた。「新しい」科学は「古い」科学よりも多くの批判に耐えうるものであり、その意味で科学は「進化」するとみなされるのである。
さて、科学哲学の世界では「進化論的」という言葉をよく目にする。ポパーの進化論的科学論をはじめ「進化論的認識論」「進化論的社会論」「進化論的倫理学」など、「進化論的アプローチ」は何年かおきに流行する人気の手法である。しかし、クーンやファイヤアーベントが批判したように、現実の科学はポパーの進化論的科学論が規定するほど理想的に「進化」してきたわけではない(科学論の変遷は拙著『理性の限界』(講談社現代新書)をご参照いただきたい)。
そもそも「生物が自然淘汰されるように」という言葉は「比喩表現」である点に注意が必要である。この種の表現は、文科省の「教育進化のための改革ビジョン」や企業の「進化に適応できない会社は淘汰される」などでも、お馴染みである。本書の著者・千葉聡氏によれば、その背後にあるのは、①「進歩せよ」を意味する「進化せよ」、②「生き残りたければ、努力して闘いに勝て」を指す「生存闘争と適者生存」、③「これは自然の事実から導かれた人間社会も支配する規範だから、絶対に正しい」を示す「ダーウィンが言ったから」である。
本書で最も驚かされたのは、千葉氏がその3つを「進化の呪い」「闘争の呪い」「ダーウィンの呪い」という過激な言葉で名付けている点である。進化の呪いは「優生学」と結びついてきた。優秀な競走馬を生み出すように、優秀な男女に子どもを産ませ、優秀でなければ断種するというナチス・ドイツの発想は、実はプラトンにまで遡ることができる。「闘争の呪い」は、誰にも文句を言わせずに学生や社員を競わせるのに便利である。「ダーウィンが言ったから」は、どんな主張にも謎の説得力を持たせられる。本書は、膨大な原典文献から「呪い」の歴史的真実に迫り、人類の未来を見渡そうとする。すばらしい労作である!