長寿社会では避けては通れない「緑内障」――原因不明の病の"謎と最新治療"に迫る(深作秀春)
『緑内障の真実』――はじめに
長寿になったことで出てきた緑内障という病
目の病気は、病名を知っていても、その実態はよく理解されていないことが多いものです。その代表的な疾患が「緑内障」です。
1950年代の日本人の平均寿命は50歳代でした。その頃は、目の病気で失明する人や、もしくは目の病気で困る人は、今ほど意識されないものでした。当時は、いかに長生きするかが問題であり、命を長らえるための医療行為が大きな課題だったからです。
また、失明する疾患である緑内障は、50歳代以降で発症することが多かったために、長寿社会ではなかった日本では、目の寿命より命が先に終わるので、あまり緑内障が深刻な問題とならなかったのです。
現代はどうでしょうか。今や日本は世界でも最長寿国となりました。日本人の栄養状況が良くなったことと、がんや、心臓や脳などの命に関わる病気への治療法が格段に進歩したからです。
このような命を長らえる医療が発達する一方で、長い人生の生活の質を良くするために最も重要な、知覚情報の9割を担(にな)うといわれる「目」の健康問題が大きな課題となってきています。身体の平均寿命は90年になろうとしているのに、最も重要な臓器の一つである目の寿命は70年ほどしかなく、目の機能維持を怠(おこた)ると、視力を失った長い人生となりかねないからです。
喩(たと)えてみれば、車のボディーは10年でも20年でも持ちますが、よく使われるブレーキやライトなどが長くは持たないようなものです。車でしたら車検があり、定期的に検査して部品を交換していきますが、目ではそう簡単にはいきません。
さらに日本では、白内障や網膜剥離(もうまくはくり)や緑内障などの失明につながる疾患が増えただけでなく、発症の若年化も進んできました。
ところが、最も重要な臓器の一つ、目についての正確な病気診断や、ましてや目の正しい治療がおろそかになっているのが日本の現状なのです。
日本の緑内障患者は1000万人はいる
その問題ある目の病気の最たるものが「緑内障」です。日本での緑内障の発生率については、正確で確実な情報はありません。
かつて、人口移動の少ない岐阜県多治見市や沖縄県の久米島で行われた緑内障の長期疫学調査で、40歳以上で5%以上の罹患率(りかんりつ)との報告はありましたが、いずれも緑内障と診断したのはすでに重度になっていた方です。軽度や中等度の方の数は不明です。
仮に人口の5%以上の罹患率としても、人口1億2000万人の日本では、600万人以上の緑内障患者がいることになります。
現在の緑内障診断では、視野欠損が重要な要素となります。しかし、緑内障の異常の本体は、網膜神経節細胞(図1)や、その枝である軸索(じくさく)の視神経が障害され、神経線維の消失と神経節細胞の細胞死が起こることなのです。
これらは電気信号の伝達経路ですので、電気信号伝達障害となります。受け取った光を電気に変える視細胞(錐体細胞〔すいたいさいぼう〕や桿体細胞〔かんたいさいぼう〕、図2)から発生した電気信号を、視神経を経由して脳に伝えられなくなります。
視野計で測る視野欠損は、この網膜神経節細胞の機能評価だとされてはいるのですが、20%から50%近くの神経節細胞が障害されないと、視野異常が検出されないことが分かっています。つまり、視野に異常が出ない段階の緑内障を見落とすことになるのです。
日本の緑内障統計では、かなり進行した緑内障患者の数を対象にしていて、初期や中期患者は緑内障統計数から漏れています。
あとで説明しますが、近年は、緑内障で障害される網膜神経節細胞レベルのGCC(Ganglion Cell Complex:網膜神経節細胞複合体、第3章で詳述)障害を、OCT(Optical Coherence Tomography:光干渉断層計、写真A)で測定できるようになり、早期での緑内障診断がしやすくなりました。
ちなみに、アメリカの推計では、70歳代以上では、軽度から重症までの緑内障を入れると、約9割の方が緑内障を発症していることから、日本でも気づかないうちに緑内障となっている方々が圧倒的に多いと思われます。
緑内障患者は末期になるまで、自身の緑内障について気づかないのが普通です。私の感覚では、日本の緑内障患者数は、比較的軽い人も入れて1000万人以上はいると思っています。この方たちが、気づかないままに緑内障を発症して、治療もしないままに進行し、長生きすることで末期まで進行し、視力を失いかねない老後を迎えているのです。
日本の緑内障診断と治療の問題点
さらなる問題は、緑内障の本質を、患者だけでなく医師も、「眼圧が高くて起きる病気」としてしか認識していないことです。
圧平眼圧計(あつへいがんあつけい、写真B)を使って角膜の歪(ゆが)みで測定する患者の眼圧が、正常眼圧に比較して高いか低いかでしか見ていません。患者も医師も、点眼薬で正常眼圧にするのが緑内障の治療だとの認識しかないのです。
しかし、眼圧は、角膜の厚みによって変動します。もともと正常眼圧の概念は、ドイツでドイツ人の患者の厚い角膜で測られたものです。角膜の薄い日本人では、角膜の歪みが異なり、眼圧は低く計測されます。つまり、眼圧計測でさえ、日本では日本人に合った方法で正確に測られていないのです。
先にも触れた、日本の岐阜県多治見市などでの統計でも、緑内障になった患者のうち、7割は正常眼圧でした。これは、日本での正常眼圧の概念が間違っていることと、緑内障は眼圧だけが原因でないことを如実に示している事実なのです。
つまり、日本の眼科で使われる標準的情報だけでは、多くの方々が早い段階で緑内障にかかったことも分からないですし、たとえ緑内障にかかったことが分かっても、点眼薬を出されるだけなのです。長生きをすれば、いずれ失明する可能性のある緑内障の状態を、ただ漫然と受け入れるだけ、というのが日本人の現状でしょう。
このような状況で、緑内障は日本での失明原因の約29%とされ、圧倒的な失明原因疾患の第1位なのです。進行が非常にゆっくりとしていて、高齢になるほど緑内障の患者は増えます。つまり、繰り返しますが、1950年代のように平均寿命が短い間は、緑内障が発見される前に命がなくなっていたので、緑内障はあまり問題とならなかったのです。
しかし、今や90歳以上まで長生きするようになった日本人にとって、多くの日本人が、存命中に緑内障で視力を失うようになってきています。長寿国家の日本では、全ての日本人にとって、緑内障は避けては通れない、大きな問題となっているのです。
「緑内障で手術などできるんですか?」と言われてしまう現状
また、緑内障は70歳以上の高齢者だけの問題ではありません。白内障にしても、手術適応が、かつては60歳代以上の方が多かったのですが、現代では40歳代から50歳代の方からの手術適応患者が増えてきています。これに呼応するかのように、緑内障の発症の低年齢化も進んできています。
命を長らえても、視機能を失ったら、生活の質は極端に落ち、充実した人生を送れなくなります。緑内障と同じく、多くの方がかかる白内障は、目のレンズが濁(にご)る病気で、手術は患者が見え方で不自由を感じた時に行えばよいといえます。
しかし、緑内障は、視神経の障害で視野が狭くなるわけですが、末期になるまで気づきません。知らないうちに徐々に進行して、ある日「異常に気づいた時には、時すでに遅し」となります。さらに「失われた視神経はもはや取り戻せない」のが、白内障とは違った怖さなのです。
緑内障も初期のうちは薬も効果的ですが、中期以降、そして末期ではなおさらに、薬では進行を抑えるのが非常に難しく、手術が必要となります。ところが、いくつもの方法がある緑内障手術を、適切にかつ完璧に行える眼科外科医が日本には非常に少なく、緑内障は治療ができない、と信じられているのが日本の現状です。
現実には、初期のうちに緑内障を見つけられないことが多く、患者が緑内障に気づいた時には、すでに末期になっていることが多い。緑内障の手術時期を失っているからです。ですから、早期に緑内障を発見することが、なにより重要です。
しかし、緑内障の進行が止まらない患者や、すでに中期に入った患者に、「緑内障の手術をしましょう」と、勧めると、「緑内障って手術なんてできるんですか?」と驚かれて、逆にこちらがびっくりすることもしばしばです。緑内障の正しい手術への知識が、患者サイドではほぼ皆無なのです。薬についてもほとんど正しい知識を持っていないだけでなく、手術についてはまるで情報を持つことができていないのです。
これは患者に限ったことではなく、日本の眼科医でも、手術の正しい知識を持っていないために、長期展望を持った、生涯にわたる緑内障治療の正しい計画が立てられていないのです。単に「眼圧が少し高いから点眼薬を出して眼圧を下げましょう」といった安易な治療を長年続けて手遅れになっている症例が数限りなくあります。
原因不明の病――とはいえ分かっていることもある
また、これほど当たり前の病気である緑内障ですが、じつは真の原因はよく分かっていない病気なのです。
日本ではいまだに緑内障とは「眼圧が上昇することにより、視神経が障害され、視力や視野障害が起こる病気」と考えられていると思います。たしかに、主に統計的な観察による多くの世界の研究により、眼圧上昇がまず間違いない原因だと考えられています。
ですが、それだけではなく、視神経への栄養や酸素供給のための血流不足、視神経への機械的圧迫、などが緑内障視神経障害の発症原因であると推測されているのです。
先ほどからご紹介している岐阜県多治見市での調査でも、緑内障発生者が人口の5%でしたが、その緑内障患者の7割が10㎜Hg(ミリ水銀柱)から20㎜Hgの間の正常眼圧だったのです。これはつまり、巷(ちまた)でいわれる「正常眼圧の値であれば緑内障が起きない」という認識は間違いだということです。
さらにいえば、眼圧だけが緑内障を起こす原因ではない、という事実を示しています。それなのに、日本の眼科医がこの事実の重要性を認識しないで、相変わらず「点眼薬で眼圧を下げましょう」といったワンパターンの治療をしているのです。長生きをすれば、緑内障で患者の目の寿命が尽きてしまうのは当たり前なのです。
つまりは、緑内障の原因を「眼圧が上がることによって起きる病気」から「何らかの理由により、視神経の出口である篩状板(しじょうばん、図3)付近に異常が生じて、神経線維、神経節細胞が障害する病気」と捉え直すべきです。
高眼圧への治療はもちろんですが、緑内障の他の原因であるだろうと欧米の眼科学会で示唆(しさ)されてきた、視神経での「血流低下」や「機械的圧迫」への治療や予防法が重要となってきているのです。
視神経が通る篩状板という、眼球強膜(きょうまく)に連なっている組織の、圧変形による神経圧迫が、緑内障の視神経障害の大きな原因である、ということは、電子顕微鏡所見で以前から分かっています。現実に私の多くの経験からも、早い段階から、眼圧のみならず、いかに機械的圧迫を減らすか、いかに血流を増やすか、などへ対処することで、ほとんどの緑内障は治療できることが分かっています。
さらに、眼圧のコントロールにおいても、いたずらに点眼薬に頼るのではなく、手遅れにならないうちに、手術によって眼圧を下げることを心がけてきました。私自身が、今までに多くの緑内障手術を開発して、欧米の国際学会で発表していますが、手術の時期が手遅れでなければ、ほとんど全ての緑内障症例で眼圧をコントロールできて、多くは視機能を生涯守れるということも、分かってきています。
白内障と緑内障の密接な関係
さらに、これも私の研究で分かってきたことですが、緑内障は白内障と密接な関係があります。年齢とともに必ず起こる白内障は、時間差で緑内障を引き起こしているのです。
本文で詳しく述べますが、白内障となった水晶体が膨隆(ぼうりゅう)して虹彩(こうさい)を持ち上げて、虹彩と角膜の間の、目の水の出口通路である隅角(ぐうかく)を狭くします。この狭い隅角のために流出路の抵抗が高くなり、眼圧が、特に夕刻に高くなり、緑内障となるのです。また水晶体は生涯成長するために、年齢を経るにつれて水晶体が大きくなり、虹彩を持ち上げて隅角が狭くなり眼圧を上げます。白内障を放置しておくと、多くが緑内障になる危険性があるのです。
白内障は、私と欧米の仲間が開発した近代的手術法と多焦点眼内レンズにより、手術後は裸眼で全てが見えるような最高の視機能向上を得られています。
特に、視野の狭くなった緑内障患者の白内障手術では、同じ軸上で全ての距離からの情報を得られる新型の多焦点レンズを移植することで、視野の狭い緑内障患者であっても、眼鏡のいらない快適な裸眼生活が得られています。緑内障の治療のためにも、いつまでも白内障を放置しないほうがよいのです。
自分の目を守るために正しい知識を持つ
このような白内障手術だけでなく、私自身が多くの緑内障手術を開発して、世界レベルでの治療法が発達してきているのに、日本では「根本治療ができない病気である」とあきらめる場合が多いのです。
世界の先進国では、私が開発した理論や眼科手術法などが普及しつつありますので、これを駆使して、今や欧米世界では、緑内障は失明しない病気になりつつあります。先ほども述べましたように、日本では失明原因の約29%が緑内障であるのに、たとえばアメリカでは失明原因の8%が緑内障です。正しい緑内障の手術療法が普及すれば、日本人の緑内障での失明も減ると思うのです。
一方のわが日本では、緑内障が、視野欠損に気づかないままに、徐々に失明に近づいていく病気でありながら、多くの方々が正しい情報を知らないがために放置しています。正しい早期診断と早期治療を受けられないために、いたずらに失明に至ることを待っている状況なのは、非常に残念なことです。
このような他の先進諸国と差がある、日本の緑内障患者の方々を何とか助けたいとの思いで、緑内障をより深く掘り下げて啓蒙し、失明の恐怖から救おうと、この本を書くことにしました。
自分を守るには、正しい医学的知識を得ることです。特に、ほとんど全ての方が正しい知識を持っていない緑内障の正しい治療法について、一般向けではあっても内容は世界最先端の知識を伝えることが、非常に重要であると思っています。
この本は、世界先進国で眼科医向けに出された英語の本や論文、さらに世界最先端の国際眼科学会で結論づけられた知識や技術について、さらには私自身が開発して世界中で教育している緑内障の知識や手術方法について解説しようとしたものです。
内容はできうる限り平易な書き方をしました。しかし、多くの方は難しいと感じるかもしれません。しかし、この「本当に正しい緑内障治療」について知ることは、長寿社会に入った日本人が、100年にも及ぶ自分の生涯にわたって、充実した生活を送る上で、最も重要な目の機能を守る礎(いしずえ)になる、と思うのです。
全ての方々が罹患する可能性のある、緑内障への正しい知識と治療法について目を開き、生涯にわたる良い視機能を守っていただきたい、と切に願います。最先端の内容は難しいと思いますが、できるだけ目の前の患者に語りかけるように、分かりやすい言葉を選ぼうと思います。ぜひこの本を読んで、皆様の目を守る一助にしてください。
これから本文を通して、少しずつ緑内障を通して眼科の深淵を解説していきます。そして、この知識により、皆様が緑内障の予防や早期発見が可能となり、最も正しい緑内障治療を受けることで、一生涯よく見える生活を送り、充実した人生を過ごされんことを祈っております。
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『緑内障の真実
――最高の眼科医が「謎と最新治療」に迫る』
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著者プロフィール
深作秀春(ふかさくひではる)
1953年神奈川県生まれ。運輸省航空大学校を経て、国立滋賀医科大学卒業。横浜市立大学附属病院、昭和大学藤が丘病院などを経て、1988年深作眼科を開院。眼科専門医。米・独などで研鑽を積み、世界的に著名な眼科外科医に。白内障や緑内障などの近代的手術法を開発。米国白内障屈折矯正手術学会(ASCRS)にて常任理事、眼科殿堂選考委員、学術賞審査委員、学会誌編集委員などを歴任。世界最高の眼科外科医を賞するクリチンガー・アワード受賞。ASCRS最高賞を20回受賞。院長を務める深作眼科は日本最大級の眼科として知られ、20万件以上の手術を経験。画家でもあり個展を多数開催。多摩美術大学大学院修了。日本美術家連盟会員。著書に『視力を失わない生き方』(光文社新書)、『やってはいけない目の治療』(角川書店)、『世界最高医が教える 目がよくなる32の方法』(ダイヤモンド社)、『眼脳芸術論』(生活の友社)、『世界一の眼科外科医がやさしく教える 視力を失わないために今すぐできること』『スーパードクターと学ぶ 一生よく見える目になろう』(以上、主婦の友社)など。
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