「美の基準」が高まる現代の「プチ整形」事情|辛酸なめ子 #20
「整形トーク」が気軽にできる時代
おしゃれなオーガニックレストランで女友達とランチして、パワースポットやアロマの話題で盛り上がったあと、急に「そういえば今度私、『膣ハイフ』やるんだ! 締まりがよくなるんだって」と、整形の予定をさらっと報告する友人。ちなみに「ハイフ」とは「高密度焦点式超音波治療法」のことで、皮膚の内側に熱を与えて、リフトアップしたりひきしめたりする施術のこと。主に顔に行いますが、膣圧を高めるための「膣ハイフ」も話題です。
「顔にやるハイフって痛いの?」
「エステのは痛くないよ。クリニックのは痛いらしいけど」
「歯に響くんでしょう?」
「みんな結構やってるんだね~」
と、昼下がりのレストランで人目をはばからず整形トークできる時代になりました。
ここ最近、美容クリニックでプチオペや施術の現場に立ち会ったり、先生の話を聞く機会が何度かありました。私自身は勇気がなくて未経験なのですが、話を聞く限りでは、技術の進化もあって、美容整形の敷居はどんどん下がってきているようです。
唇の黄金比は、上唇1、下唇1.6
20年前から、ヒアルロン酸やボトックスの注射をのべ何十万人に注入されてきたという、注射の名手、A先生はコロナ後の変化についてもおっしゃっていました。
「皆さん、目とおでこを気にして来られる方が多いですね。マスクをしていて見える部分なので。丸くてきれいなおでこにしたいというリクエストが多く、おでこのヒアルロン酸は人気があります」
注射針による内出血のリスクはゼロではないそうですが、注射はダウンタイム(施術してから回復までの期間)がないので気軽に受けられるそうです。
「マスクを取った時に『えっ?』と思われたくないから、という理由で唇にヒアルロン酸を打つ人も増えています」と、先生。
唇の黄金比率は、上唇1、下唇1.6、とのこと。唇への注射はしばらく腫れるそうですが、今はマスクで隠せるので、やはり施術を受けやすくなっているようでした。施術を見学させていただき、麻酔をしたとはいえ敏感な唇に注射を何本も打つのは痛そうでした。痛みを乗り越えてこそ、完璧な美を得られるのでしょうか。
リモート生活がきっかけで
美容クリニックのドアを叩く
また、別の日には動画配信者の男性の、脂肪溶解注射とボトックス注射の施術を見学する取材がありました。エラが張っているのが悩みで、この二種類の注射で目立たなくしたい、とのことでした。痛みに弱いそうで(ヒゲ脱毛を途中で断念)、エラの筋肉を切る大がかりな手術はしたくないので注射を選んだそうです。ただ、顔の深部に届ける注射なので針の長さがかなりのものでした。麻酔が効いたからか先生の腕が良かったのか、本人は「針が入ってきたときブチブチいう音が聞こえて怖かったけど、痛みは感じなかった」と話していました。また見てる方が怖いパターンで、どんどん整形から遠ざかってしまいます。
この男性いわく、それまで鏡を見る習慣がほとんどなかったのが、配信の動画を編集していて自分の顔をまじまじと見るようになり、「何かやらないとダメだな」と思うようになったとか。
「ライトをつけても隠しきれないものがありました。目元のシワとか毛穴が気になってきて……」
ここ2年で、同様の思いを抱いた人は多いかもしれません。家からリモート会議に参加するようになると、自分の顔を、鏡ではなく画面ごしに直視する羽目になり、どうしてもアラが目に入ってきてしまいます。私も自分のリモートの顔がくすみきっているのを見ていつも萎えていますが、あきらめてしまいました。鏡の前で一瞬だけ無意識のキメ顔をした自分の顔ではなく、人の話を聞いたり話している時の自分の顔が、思ったより老けていて、やつれているように見えてきます。リモートがきっかけで美容クリニックのドアを叩く人は多そうです。
写真アプリ、韓流ドラマがプチ整形の入り口に
また、自撮りの顔が2割増くらいに美しくなる写真アプリも、プチ整形の入り口になっていそうです。スマホの中のかわいい自分がリアルな自分だと思いたくて、現実の顔をなんとか加工後までにレベルアップしたくなってしまうのでしょう。SNSで、美しく盛られた友人や芸能人の写真を眺めていると、焦燥感にかられたり……。美の基準が高まっていってしまいます。
仕事でお世話になった年上の女性、Hさんは、ちょっと前に会った時も10年ぶりくらいなのに、全く加齢を感じさせないので、内心驚いていたら、美容整形にかなりお金を使ったと話してくれました。先日、改めて話を伺うことができました。
「きれいになるためじゃなくて、これ以上醜くならないためにやってるんです」と謙遜されていますが、清楚で知的なアナウンサー系の美貌を保っています。Hさんは婚活がきっかけで美容整形を始めたそうですが、美しくなってもさらに美を求めてしまう理由の一つが、韓流ドラマだそうです。
「韓流ドラマは、罪ですね。美の基準を上げてしまいます。ドラマの美しい女優さんを見た後に、自分の顔を見た時『何このひどい鼻』とショックです」
そういうHさん、特に何の問題のないスッとした鼻ですが……。自分ではまだまだ満足できず、そろそろ鼻をやりたいとおっしゃいます。
「私、鼻を狙っているんです。鼻のオペは結構大がかりでダウンタイムが長いので、後回しにしてました。鼻の2つの穴の間にある軟骨に穴を開けて、そこからプロテーゼを入れて鼻の先をとがらせるんです。鼻専門のクリニックをやっているすごい男前の先生がいて、大人気で、この前予約しようとしたら3ヶ月先まで埋まってました。考えることは皆同じですね。今はマスクで隠せるから……」
鼻の軟骨が貫通って……コカイン中毒の人に現れる症状のようで、想像するとゾクゾクします。それにしても、やはりコロナ禍でマスク生活を逆手に取って、美容クリニックに行く人は増えているようです。ケアしていた人と、何もやっていなかった人、マスクを取った時に見た目の格差が開いてしまうのでしょうか。
Hさんは、そこまで大がかりなオペでなくても、糸リフト(顔の中に特殊な糸を挿入。糸のトゲの部分で皮膚の内部を引っかけてリフトアップする施術)や、脂肪溶解注射、ハイフ、ボトックス、脂肪吸引などかなり経験してきているそうです。美容整形を何度もやっている方の顔は、どこかミステリアスな、脳が処理しきれない謎を漂わせているように見えて、美しさにプラスされて人目を引きつけるものがあります。しかしそれだけ施術を受けるとメンテを含めてかなりの額に……。
「かかったお金ですか? 子どもをひとり東大に送るくらいですね。家庭教師を付けて、塾に行かせて。子どもがいないので、自分で自分を子育てしている感じです」
インナーチャイルドがもっとかわいくなりたい、愛されたい、と叫んでいるのかもしれません。痛みはあるけれど、美しくなったときの達成感があるから乗り越えられるそうです。
「でも、糸リフトは結構痛かったですね。ダウンタイムは痣がいっぱいできて、ボコボコと小さい凹みができたりして。その時はコロナ前でマスクも付けていなかったので、DVを受けているんじゃないかと周りに心配されてました」
糸リフトも取材で見学しましたが、顔の横に開けた穴から長い金属の筒をズボズボ出し入れしていて、見ているだけで血の気が引きました。あの施術を受けた人をリスペクトしてしまいます。
「おでこを丸くするために、太ももから脂肪吸引したことがありますが、全身麻酔で、意識朦朧としてしまいました。三途の川の近くまで行った感じですね。意識だけの存在になってすごい光を感じたんです。その後かなり痛かったので、脂肪吸引はしばらくやりたくないです……」
臨死体験まですることもあるとは……。美容整形によって人生の経験値も高まります。
「でも、すごいおすすめなのは目の下の脂肪取りです。費用対効果が高いんです。年を重ねると目の下にたるみができて暗い印象になってしまう。そのたるみを取って、脂肪を自分の頬に注入すると頬が上がって若返って健康的に見えますよ」
自分の脂肪なので、拒絶反応なども起こらないそうです。何かSDGs的な、持続可能でエコな施術に思えてきます。他におすすめを伺うと……。
「美容クリニックの施術ではないですが、今は歯のホワイトニングをやっています。会社のデザイナーさんもホワイトニングをやっている率が高かったですね。画像修正で人の歯を白くしているうちに、歯の色が大事だと気付くみたいです。清潔に見せるためには白い歯にしなければと、ホワイトニングに通うようになるみたいですね」
歯を出して笑うことがほとんどないので盲点でした……。Hさんが美容施術でおすすめなのは、肌を再生させるレーザーだそうです。
「CO2レーザーというものです。めっちゃ痛いんですけど、肌が生まれ変わります。レーザーで顔に細かい穴を開けて、回復する時に美肌成分が出てきて、傷から肌を復元することで活性化するんです。1回やると肌の10%が入れ替わります。私は30回はやってるので3回は顔が入れ替わってます。痛くて真っ赤になって顔中かさぶたになるのですが、はがれ落ちるときれいな肌が出てきます」
顔中に小さい穴……そしてかさぶた。また想像して、ムリだという思いがこみ上げます。完璧な美は我慢の先に。美容クリニックの施術は、いったんダメージを与えて、そこからの回復力で肌を生まれ変わらせる系が多いような気がします。もしかしたら心も傷つくたび、回復のパワーで美しくなっているのでは? と見えないながらも期待します。整形に踏み切る勇気がないため、内面に逃げてきれいごとを言ってすみませんでした。
今月の教訓
ダウンタイムがハードなほど、美しくなった時の喜びが倍増。整形を重ねると精神的にも強くなる。
著者プロフィール
辛酸なめ子(しんさん なめこ)
1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『大人のコミュニケーション術』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『霊道紀行』(角川文庫)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、最新刊に『女子校礼讃』(中公新書ラクレ)がある。