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新書が1冊できるまで ③:書籍の「顔」をどうするか?

こんにちは、光文社新書編集部の江口です。先日、来年4月に弊社入社予定のみなさんとお会いする機会がありました。ちょうど1年前には、私も「内定者」としてひとつ上の先輩方のお話を聞いた覚えがあるのですが、それにしても時が経つのは早いですね。もう「新人」ではいられないわけなので、あらためて気を引き締めなければ……と焦っている今日この頃です。

さて、この「新書が1冊できるまで」も3回目の更新です。「原稿整理編」「入稿&校正編」につづき、今回はついに「完成&発売編」になります!……と予告していたのですが、まだまだ書くべきことがたくさんあることに気づきまして。ひとまず今回は「完成目前編」と題して、〈本〉の体裁が成るために欠かせないあれこれの制作過程を見ていきたいと思います!

▲ 前回の「入稿&校正編」はこちら。

書籍は「中身」も「外見」も

ここまでの2回では、いただいた原稿が辿る道を追いかけてきました。言うなれば本の中身、内側のお話です。もちろん〈本〉の核心はその内容にあるわけですが、だからといってそれが〈本〉のすべてではありません。当然ですね。私たちが本に接するときを考えてみても、紙にせよ電子にせよ、最初に目に入るのはカバーだと思います。

▲ 見慣れた画面ではないでしょうか。

ジャケ買い」という言葉もあるくらい、魅力的なカバーにはつい手が伸びてしまうものです。新書の場合は共通デザインが基本になるものの、カバーの上に巻かれた「」はすべて異なっています。これらはどちらも、ファーストコンタクトで真っ先に目がいくところ、いわば書籍の「顔」とも呼ぶべき重要な部分になります。

どんなに内容がすばらしい一冊でも、手にとってもらえなければそれまでです。書籍の大海原のなかから、どうやって自分が担当した一冊を見つけ出してもらうのか。編集者は、例外なく本の「外見」「外側」にも心血を注いでいるはずです。というわけで、私がはじめて経験したカバー&帯づくりを振り返りながら、我が身を反省してみようと思います。

▲ 弊新書の8月刊、三木那由他さんの『会話を哲学する』。
抜群の内容はもちろん、その秀逸な帯も話題を呼びました。

……と、その前に。さきほど私は「最初に目に入るのはカバーだと思います」と書いたのですが、これ、「表紙」ではないんですよね。

実はカバーの各部分には呼び名がありまして、ページをめくる順番に沿って❶:ひよう 、❷:表2……とされています(上図参照)。私が入社前に(正確には入社後もしばらく)「表紙」と呼んでいた部分は、編集部では「表1」で通っていました。そのため、私が「表紙のデザインが……」「表紙の紙質って……」などと口にした際、相手が思い浮かべていたのは別の部分だったことでしょう(だからみなさん、しばらく「?」の表情だったんですね……)。ちなみに「表紙」は、カバー表1をめくると現れる部分。コミックだと「おまけ」が載ってたりするあの厚紙部分を指すようです。

「ゲラ」、あるいは「初稿」と「初校」にしてもそうですが、最初は言葉ひとつをとっても知らないことだらけでした。


なにはともあれ「はじめに言葉ありき」

と、脇道を進むのはこのあたりで止めにして、デザインの話に戻ります。

大前提として、カバーと帯を設計するのはデザイナーさんのお仕事になります。編集者の仕事は、おおまかな設計図を用意すること。どのような言葉を、どんな優先度で配置してほしいのか。画像を使うのであれば、それをどのように載せてもらいたいのか。著者に次いで本の内容に親しんでいるはずの編集者が、その内容を提示する形式についても方向性を示さないといけません。その際に必要となるのが、カバーと帯に記載する「言葉」をまとめたネームになります。

▲ 直しに直したカバー&帯ネーム。
先輩から改善点と修正案の説明をいただくたびに
「そういうふうに考えるのか!」と膝を打った覚えがあります。

ところで、カバーの表1から表4をどのように活用するかは、本によって千差万別。ちなみに光文社新書は、以下のような構成を採用しています。

表1:著者名、タイトル
表2:書籍の概要 or 本文の抜粋
表3:既刊情報
表4:著者プロフィール、バーコードなど

表1のタイトル、表2の内容紹介はどうするのか。そして表3の既刊ラインナップには何を並べるのか。このあたりの裁量も編集者にあります。そして帯の惹句を決めるのも、その本の担当編集です。何がメインで、何がサブなのか。言うなればキャッチコピーに相当する言葉はどれなのか。Wordでの準備段階で文字の大きさ・太さに差をつけて、自分の意図が正確に伝わるようにしていきます。

このネームが用意できたら、いよいよデザイナーさんとの打ち合わせに臨みます。その本がどんな一冊で、どんなところが魅力的なのか。そしてそれをどのように提示したいのか。なにはともあれ、まずは言葉で説明していきます。これを受けたデザイナーさんが、レイアウトからフォントの選択、そして写真の使い方に至るまで、さまざまなアイデアを出してくださるというわけです。

打ち合わせからしばらくすると、何案かのラフデザインが届きます。そのうち自分が理想とする方向性にもっとも近いものをベースとして、幾度もやりとりを重ねながら細かく調整してもらいます。そしてデザインが固まった段階で、本文と同様に校閲に提出。こちらにも、さまざまな指摘が入ります。なににつけても、校閲のありがたさが身に沁みます。

▲ 校閲からの疑問を反映して、
デザインのラフに赤を入れていきます。

カバーと帯も、最終的には印刷所に刷っていただくことになります。特に帯の場合、写真や画像が大きな役割を果たすことも珍しくありません。その際には色の具合を確かめるための校正(=「色校」)を経るなど、丁寧に丁寧に確認を重ねます。ディスプレイで確認する色、編集部のコピー機でプリントした際の色、そして印刷所からいただいたものの色、すべてが微妙に(ときには大きく)異なっていて、「なんか違うな……」が頻発するプロセスでもあります。

▲ 帯の色校。高山植物の本だったので、
花の色は大切なこだわりポイントでした。

カバーと帯が校了になると、本の「外側」部分が完成したことになります。あとは内側、「中身」が刷り上がるのを待つばかり。両者を合体させれば、やっと一冊の〈本〉が完成することになります。

というわけで、次回こそ「完成&発売編」を迎えられるはずです。カバーと帯が本を「手にとってもらう」きっかけであるとすれば、そもそも本を「目にしてもらう」きっかけも必要です。本ができた! では終わらない編集の仕事を、次回はお届けしたいと思います。


▲ 一連のプロセスはすべて、工藤岳先生の
『日本の高山植物』にかかわるものです。


***


新入社員、人生の推し本

大切なことに思いをはせる時間をもった人間が、もっとふえればいいと思う

▲ エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』丘沢静也訳、光文社古典新訳文庫、2006年。

これを書いているのは、2022年12月23日の夕方です。つい先ほど、今年は24・25が休みであることを知りました。これをお読みのみなさんが、素敵な休日を過ごされる(あるいは過ごされた)ことを願っています。

私はこの時期になると、ケストナーの『飛ぶ教室』を読みかえしたくなります。5人の少年たちはもちろん、「禁煙さん」「正義さん」の声色がどうにも恋しくなってくると、なんとなく今年もそろそろ終わってしまうな、という気がします。

静まった寄宿舎にあって眠れないジョニーが、ひとり「幸せは、すみずみまで無限に分配されている。不幸もまた……」と思索を巡らせる場面。あるいはクリスマスイブの夜に、雪のやんだ星空の下を散歩するマルティンが、地平線に吸い込まれる流れ星を目にする場面。

「(…)マルティンが絵を描き、ぼくが本を書く。それで人生がすばらしくなかったら」と、ジョナサン・トロッツは考えた。「そりゃ、おかしいよ」

119頁

「お母さんとお父さんが、正義さんと禁煙さんが、ジョニーとマティアスが、ウーリとゼバスティアンが、ほんとうに、ほんとうに幸せになりますように。そしてぼくも幸せになりますように」

208-209頁

小さな子どもたちの小さな祈りに接するたびに、私はいつも、ちょっと感動してしまいます。

8歳から80歳までの「子ども」に向けて本を書いたケストナー。古典新訳文庫の記念すべき創刊ラインナップにこの一冊が含まれることに、編集者の慧眼を見る思いがします。

(新書の新人 江口)


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