家族のいない自分に、私小説が書けるだろうか。|中森明夫、新刊を語る。
作家でアイドル評論家の中森明夫さんが、小説を上梓した。
タイトルの『青い秋』は、50代の終わりを迎えた中森さん自身の今を指す。
人生は収穫期を迎えた秋のはずなのに、ずっと青いままだという。本書は私小説だが、主題は「私」ではなく時代だ。
上京し、フリーライターとして仕事を始めた「青い春」。新人類の旗手として持ち上げられ、「おたく」を命名し、15歳の後藤久美子と16歳の宮沢りえを両脇に記念写真を撮った「青い夏」。
昭和から平成に続くキラキラ、ギラギラとした時間が甦る――。
インタビュー・文/今泉愛子
撮影/永峰拓也
――中森さんはこれまでにもいくつかの小説を執筆し、『アナーキー・イン・ザ・JP』(新潮社)では、三島由紀夫賞候補にもなりました。
今回は、初の私小説です。
中森 私小説というと、夫婦や家族が軸になることが多いんです。子どもの成長に従って、自分が父親として成熟していくとか、孫ができたら、俺もおじいちゃんかとか。だけど僕は結婚していないし、子どももいないままずっと東京でフリーランスの仕事をしていて。これが会社員だったら、課長になり部長になり、大学の先生をしていたら、そろそろ教授です、ということもあるのですが、それもない。
ずっと同じことをやっていて家族もいない自分に、私小説は書けないと思ってたんですが、ふと、ないことを書けばいいと気づいたんです。いま、独居の人がすごく増えている。自分以外にもそんな人はいっぱいいるわけです。2015年の国勢調査で、生涯未婚の男性はなんと4人に1人に達するともいう。
――それが『青い秋』というタイトルにつながった。
中森 はい。青春とは、中国で生まれた言葉で、そのあと朱夏、白秋、玄冬と続くのですが、僕は青いままでこの年齢に達しました。
まさに青い秋です。そこで、家族のかわりに何があるかと考えたら、取材したアイドルのこと、昭和の終わりから平成の初めにかけての出版界や芸能界のこと、東京の街の空気じゃないかと。
そこに独自性が出るはずだと思ったんです。
――まさに時代の中心を見てきた中森さんにしか書けないことがあります。
中森 後藤久美子と宮沢りえという、当時の二大美少女と一緒に仕事をしていたことは僕にとっても大きいですね。それを書いたのが「美少女」という一篇。アイドルだった岡田有希子の自殺について書いたのが「四谷四丁目交差点」。さらに「新人類の年」や「おたく命名記」など、時間ではなくテーマごとに区切ることで、ひとつひとつの出来事をより濃密に書くことができました。
――人生そのものも濃密です。
中森 60年生きてきて、80年代、ことに20代はそうでした。昭和の終わりのバブルが膨らんでいく頃で、東京の街もどんどん変わって、僕も仕事が爆発的に増えたんです。人生の転換期でした。
――登場人物はすべて偽名になっていますが、1965年生まれの私は、大半の人たちの実名がわかりました。きっと同世代なら「あの人のことか」と思うでしょうね。
中森 そうそう。ちょっとゴシップ性もある。単に私小説、僕の人生というのではなく、出版界や芸能界のネタをふんだんに盛り込んで小説にしたのが、この本ですから。
——巨匠写真家の篠川実信は、篠山紀信さんですね。
永遠の独身同盟だと思っていた編集者の山辺の結婚が決まって中森さんが落ち込んでいたら、篠川さんから、編集者は友達じゃない、と言われます。
中森さんは、仕事仲間と公私をともにしてきた?
中森 とくに山辺、こと田邉さん(浩司。前「女性自身」編集長。現在は光文社出版局長)は友達だと思っていました。出版業界を舞台にした小説でよく描かれるのは、編集者が作家を「先生」と呼んで従う関係です。だけど雑誌の、とくに80年代の現場は、ライターも編集者も一緒に騒いで一緒に遊ぶという感じだった。それが楽しかったんです。
——だからこそ、篠川さんの一言は強烈です。あの浮かれた時代に、巨匠写真家はそんなことを思っていたのかと。
中森 あれは経験しないと書けなかったでしょうね。僕は、人に関する記憶力はいいんです。道は全然覚えられないんだけど(笑)。この『青い秋』を書くことによって、いろんなことを思い出しました。
――「新人類の年」には、新しい感性を持つ新人類の旗手としてスポットライトを浴びた中森さんが登場します。
中森 24、5歳にもなって、バイトしながら原稿も書いていたのが、急にテレビに出たりして。でもそれを断るという手はなかった。そして最後には、身体が壊れました。当時はうつ病なんて一般的じゃなかったけれど、それに近い状態になって、仕事を全部やめて、安ホテルにこもっていたんですよ。
僕は、それまで落ち込んだことがなかったんです。一緒にミニコミを作ってる連中から「落ち込んでいる」と聞いても、「だったら落ち込まなきゃいいじゃん」と簡単に言ってたのに、ドーンときて。これが落ち込むということだと初めて知った。でも、よかったんです、それで人の痛みがわかるようになりましたから。
——冒頭に登場するのは、若手文化人の富市充寿さんです。
中森 これももちろんモデルがいるのですが、ご本人から「僕みたいな人が出ててびっくりしました」と連絡があって(笑)。彼そのものじゃなくて、まったく誇張しています。
彼はちょうど僕が新人類と呼ばれていた頃に生まれています。僕よりはるかにカッコいいし、頭もいいんだけど、現代の新人類ですよね。だけど、彼はやっぱり思慮深い。ちゃんとセルフコントロールできている。僕は全くできなかったわけです。ただそれだからこそ見えた景色もあります。今、こうやって書いているのは、あのときの体験があったからでしょう。
当時の『朝日ジャーナル』でスター編集長の筑紫哲也さんにインタビューされて、新聞や電車の中吊り広告にも名前が出た。すると、同世代や少し上の世代からひどくやっかまれるわけ。自分で言うのもなんですが、僕は若い人たちにはわりと優しいと思うんです。売れてる人に対しても、やっかまない。それはそういう(自身の)経験があるからです。
――映画プロデューサーの川村元気さんやSHOWROOMの前田裕二さんらとも仲がいいんですね。
中森 いや~、変なおじさんを若い優秀な人たちがかまってくれてるだけですよ(笑)。最近は、映画周りの友達がすごく増えて、トークショーに出たり、若い人たちの打ち上げに参加したりしています。朝まで渋谷で飲んで、センター街でラーメン食って、全員で円陣組んで、映画のタイトルをコールする。午前4時、5時に。俺、60歳近くにもなってやばいなと思って。そういうのは続編で書こうかなと。
——ラストがよかったです。あえて円熟した姿を描かなかったのでしょうか。
中森 若い頃の出来事を、若気の至りとしてまとめたくなかったんです。大人になった自分が振り返るのではなく、いまだにみっともないと。僕もあの「新人類の年」のラストはよかったと思っています。
——やめていくライターもたくさん登場して、胸が痛かったです。中森さんが続けてこられたのは、どうしてだと思いますか?
中森 田舎へ帰った人もいるし、別の職業に転身した人もいます。かろうじて仕事を頼んでくれる人がいたということもありますが、結婚してなかったことも大きいんじゃないかな。「逃げ遅れた」というふうに書きましたけど、結婚して子どもを食わせなきゃいけなかったら、僕も考えたかもしれない。一人だったから、たいして収入がなくても続けられたんでしょうね。
——現役アイドルの自殺という衝撃的な事件も取り上げています。
中森 岡田有希子さんですね。テレビ局でマネジャーさんに声かけられて、偶然会ったに過ぎないんですけど。同じ時代を生きていて、岡田さんが飛び降りたことは大変な衝撃がありました。今と時代が違うから、芸能レポーターもワイドショーも、はしゃいでいるような感じでした。
今は今で、みんなスマホを持っていて、街を歩いてると勝手に撮られたり、SNSで叩かれたりという問題もありますが、当時はもっと露骨に、レポーターの激しさや野蛮さがありました。
――小説では、彼女に同情したり、自殺の理由を推測したりするのではなく、静かな語り口が印象的でした。中森さんは、のんさんや(元NGK48の)山口真帆さんのこともいつも擁護しています。
中森 やっぱりそっちに付きますよ。僕は活字側の人間で、あまりテレビに出ませんから、テレビ的な忖度をしなくてもいい。のんちゃんもテレビに出られないのはおかしいし。僕は、芸能界で大変な目に遭ってる側に付きたいとは思っています。
(つづく)
中森明夫さん渾身の私小説『青い秋』は、全国書店にて絶賛発売中です。
又吉直樹さん、川村元気さん、絶賛!
「エピソードが全て凄まじい。
街を這いつくばったから見えた景色。
それでも降参せずに遊び続けたからこそ見えた風景。」
又吉直樹(芸人、芥川賞作家)
「昭和、平成から令和へ。
ひとりの男の記憶を辿ると、そこには東京にかつて在ったもの、
失われたもの、新しく生まれようとしている何かが見えてくる。」
川村元気(映画プロデューサー、小説家)
青春には続きがある。
人生後半、「青い秋」のせつない季節だ――。
かつて〈おたく〉を命名し、〈新人類の旗手〉と呼ばれた。人気アイドルや国民的カメラマンらと、時代を並走した。フリーライター・中野秋夫。もうすぐ還暦で、自らの残り時間も見えてきた。人生の「秋」に差し掛かり、思い出すのは、昭和/平成の「青春」時代のことだ。
自殺してしまった伝説のアイドル、〈新人類〉と呼ばれたあの時代、国民的美少女と迷デザイナー、入水した保守論壇のドン、そして、〈おたく〉誕生秘話――。
東京に生きる、クリエイター、若者、アイドル、浮遊人種……それぞれの青春、それぞれの人生を丹念に紡いだ渾身の私小説。