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【第28回】なぜ生命に寿命があるのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

ヒトの最長寿命

1961年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の微生物学者レオナード・ヘイフリックは、次のような実験を行った。ヒトの皮膚の繊維芽細胞をシャーレで培養する。細胞は分裂して増加するので、その一部を別のシャーレに移し、再び増加した細胞を別のシャーレに移す。このように細胞を分割して「代」を継ぎながら培養し続ける方法を「継代培養」と呼ぶ。

ヒト細胞の「継代培養」は順調に続き、120日を過ぎても繊維芽細胞は新たなシャーレで増え続けた。ところが、培養日数が130日になり、40回を超えた分割の頃から、細い繊維芽細胞が徐々に扁平に広がり始め、分裂のスピードが衰えてきた。45回まではシャーレの細胞数はほぼ一定だが、それ以降は目に見えて、分裂する細胞が減少し始めた。実験開始から270日が過ぎた63回目のシャーレでは、ついにすべての細胞分裂が完全に止まってしまった。

つまり、ヒトの繊維芽細胞は、永遠に分裂を繰り返すのではなく、その回数に限界が存在する。この現象は、今では「ヘイフリック限界」と呼ばれている。最後のシャーレに残された「老化細胞」は「W1-38細胞」と名付けられた。ヘイフリックは、この現象を少しでも早く解明するため、「W1-38細胞」を世界中の研究者に提供した。すばらしい「科学探究精神」ではないか!

本書の著者・森望氏は、1953年生まれ。東京大学薬学部卒業後、同大学大学院薬学系研究科修了。東邦大学助手、カリフォルニア工科大学研究員、南カリフォルニア大学助教授、長崎大学教授などを経て、現在は福岡国際医療福祉大学教授。専門は神経解剖学・分子神経老年学。著書に『新老年学』(共著、東京大学出版会)や「老化研究がわかる」(共著、羊土社)などがある。

さて、なぜ「ヘイフリック限界」があるのか? いったい何が細胞の分裂回数を制御しているのだろうか? この問題を1990年に解明したのは、ニューヨーク郊外にあるコールド・スプリング・ハーバー研究所の分子生物学者キャロル・グレイダーのグループだった。彼女らは、細胞分裂の限界が「テロメア短縮」によって引き起こされることを発見した。これらの功績によって、グレイダーらは2009年にノーベル医学・生理学賞を受賞している。

「テロメア」とは、染色体の末端にある塩基対の「反復配列」(TTAGGG)のことで、最初は1万塩基対以上あるものが、細胞分裂の度に短くなっていき、2000塩基対にまで短くなると、細胞がそれ以上は分裂できない「分裂限界」に達する。「テロメアーゼ」という酵素を使うと「テロメア」の長さを伸ばして再び分裂させられるが、その場合は細胞が「がん化」してしまう。

本書で最も驚かされたのは、生物種の最長年齢が「寿命遺伝子」によって定められていることだ。個別の人間の寿命は「遺伝3割・環境7割」で決まるが、ヒトの「最長寿命」は、遺伝子の設計図に完全に記されている。そして、ヒトの寿命の限界は120歳であり、これを超えることは不可能である。

生物種の寿命は、「身体の大きさ」「成熟までの時間」「脳の大きさ」の要因で定まる。それらを設計するのが、本書に紹介されている多種多彩な「寿命遺伝子」である。今も「遺伝子ハンター」が新たな発見競争を繰り広げている!


本書のハイライト

本書ではおよそ12種類の寿命遺伝子についてその発見の経緯と実態についてとりまとめた。それら寿命遺伝子の機能の総和として、人間の120歳という寿命もある。その実態としくみは、巷のアンチエイジングブームとは無関係に科学的真実として永遠に存在しつづけるだろう。そして、この遺伝子と関連するタンパク質の機能性を制御することで、真に科学的なアンチエイジング戦略も可能となる。その意味で、これらの寿命遺伝子を明らかにしてきた科学者たちの努力と洞察に敬意を表したい(p. 262)。

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著者プロフィール

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高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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