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日々の労働が作り上げた「よくゆるんだ身体と中心軸」:新刊『頭上運搬を追って』「はじめに」を公開|三砂ちづる

今の日本では、ほぼ失われつつある身体技法「頭上運搬」。かつては日本各地で行なわれており、高齢の方の中にはその記憶をとどめている人もいる。

経験した方は、「誰でもできた」「やろうと思えばできる」と言う。しかし、他の身体技法や知恵と呼ばれるものと同様、その経験が三世代も途切れると、後の世代には想像もつかないものとなる。

ある身体技法ができる、ということはどういうことか。なぜできるようになるのか、なぜできなくなるのか。それをしていた頃としなくなってからの、自らの身体への理解や意識に差はあるのか。

本書頭上運搬を追って――失われゆく身体技法(三砂ちづる著)では、沖縄や伊豆諸島をはじめ日本各地や海外に、頭上運搬の記憶と痕跡を訪ねる。

生活と労働を支えていた身体技法――ここでは「はじめに」を公開する。



はじめに


2023年末、ドジャースに入団会見をした元オリックスの山本由伸投手は、2021年のオリックスのリーグ優勝の際に出た記事の中で語っている。

前年のオフの時に、昔の女性が米俵を担いでいる写真を見て、こう思ったそうだ。

「昔の女の人が米俵を担いでいる写真。担げるの?って思うじゃないですか。コツを知っているから持って運べる。人間にはそれだけの力があるはずなんです。トレーニングしているわけではないのに、生きるためにこういうことができる。じゃあ筋肉じゃない。自分の体の重心の位置を明確にすることが大事。力で持ち上げているわけではなく、うまく乗せている」。

そして投げることもまた同じだ、と感じるのだ(*1)。

筋肉とか力とか、の話ではなく、生きるために行なってきた身体を使ったさまざまな技法は、運搬手段、交通手段の発達により、必要がなくなったところから失われていったのである。

女性が米俵を担がなくてもよくなったのは、いかなる意味でも好ましいことだ。過酷な労働から解放されるために、人間は技術を革新し、科学を発達させてきたはずなのである。

そのような時代に生きていてもなお、現在の力や分析で明確に理解できないほどの身体づかいに出会うと、我々はたじろぎ、驚くが、その後、熟考し、その驚きから自らを変える力を得ることも可能なのである。山本投手の話はそういうことだと思う。


男性二人を頭にのせる女性。式根島にて(古絵葉書より)


この本は、「頭上運搬」を追った。

アフリカや東南アジアや琉球弧(奄美大島から沖縄、台湾までの弓状に連なる数多くの島々のこと)で出会った頭上運搬にたじろぎ、そして過酷な労働であるにもかかわらず、その美しさに魅せられた。

人間はこういうことができるのだ。それは科学的な分析が追いつかない、意識と身体技法の世界である。

日本国内やアジア地域では、女性が頭上運搬しているところでも、男性はやらない。すべて肩で担いでいる。アフリカでは男性の頭上運搬も見かけるが、地域性もありそうである。

よって、この本に出てくる頭上運搬はおおむね、女性によって行なわれているものである。

失われた身体技法を追っていることは間違いないが、それは同時に、女性の本来の美しさとは何か、を追っているのだとも思う。ファッションや、メイクや、若さや、スリムであること、などとは次元の異なる、本当の意味での美しさ、である。頭上運搬から垣間見えるのではないだろうか。


(*1)「オリックス・山本 V導いた 破竹15連勝!無敵投手7冠『自分の力以上の数字』」デイリースポーツオンライン、2021年10月28日(2023年12月26日閲覧)。


目次





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著者プロフィール


三砂ちづる(みさごちづる)
1958年山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。京都薬科大学、神戸大学経済学部(第二課程)卒業、琉球大学大学院保健学研究科修士課程修了。1999年ロンドン大学PhD(疫学)。ロンドン大学衛生熱帯医学院研究員、JICA疫学専門家として疫学研究、国際協力活動に携わる。ブラジルで約10年間暮らした後、帰国。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務。2004年より津田塾大学学芸学部教授。2024年3月に退職し、八重山で女性民俗文化研究所主宰。ゆる体操正指導員。運動科学総合研究所特別研究員。『オニババ化する女たち』(光文社新書)など著書多数、共著に『女子学生、渡辺京二に会いに行く』(亜紀書房、後に文春文庫)、訳書に『被抑圧者の教育学』(亜紀書房)など。


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