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日本の食卓は、やがて老農1人が99人を支える? 身近に迫る「食料危機」を直視する

食料自給率が40%を下回る日本は、食の大部分を海外に頼っています。また、「飽食の時代」という言葉に象徴されるように、私たちはクリックひとつで自宅に食品が届き、コンビニエンスストアだけでも食事を賄うことができる時代を生きています。しかし、今後、地球環境に変動が生じ、農作物の輸出入に不測の事態が起きたらどうなるでしょうか。「食の海外依存」「国内農業の荒廃」という二重のリスクを抱えている私たちは、今、食と農についてどう考え、どう行動すべきなのでしょうか。本書では、地域社会や食と農、有機農業などの動きに精通している千葉商科大学人間社会学部准教授の小口広太さんが、現場で起きている新しい動きにも着目しながら「等身大の自給」について考えます。刊行を機に本文の一部を公開いたします。

日本の食と農の未来-帯表1_RGB

食を支える人が消えていく日本

「100人の日本という村は、3人の人々が懸命に土を耕し種をまき、草を払って支柱を立て、収穫にいそしんでいる。海では原油高の中を舟を沖へと向かわせ網を入れ、それを引き上げて港に帰ってくる。手にする収入は悲しいほどに少なく空しさをかみ殺している。それらを97人の村人がわがまま放題にむさぼり食らい、うまいまずい、高い安いと不平をたれている。それが日本および日本人ではないか。」

「しかも3人の食の担い手のうち、1人は60歳代で、もう1人はすでに70歳をこえている。むろん人には体力の衰えがあり寿命もある。このままいけば10年後の日本村の食卓は老農1人が99人を支えるという異常な村になりかねない。問われているのは食料自給率ではなく、食を厳しい現場で支える人の力、すなわち「食の自給力」ではあるまいか。食の自給力3%の日本。食を支える人が消えていく日本。それこそが真の食料危機である。」

(結城登美雄〈2008〉「自給する家族・農家・村は問う」山崎農業研究所編『自給再考:グローバリゼーションの次は何か』95~96ページ、農山漁村文化協会)
*民俗研究家の結城登美雄さんは、池田香代子著、C・ダグラス・ラミス翻訳『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス、2001年)を援用し、「食料自給力3%」と表現しています。

この文章は、日本における食と農、そして食への意識、食を支える農業の現状を端的に言い表しています。

図は、2020年の年齢別基幹的農業従事者数です。75歳以上が31・7%、65歳以上を含めると69・4%にもなり、平均年齢は67・8歳です。

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一方で、30代以下は4・9%しかいません。40代以下を含めても10・9%です。総土地面積の約70%、全国の耕地面積と総農家数の約40%を占める中山間地域では、特に高齢化が進んでいます。

耕作放棄地の面積は、1975年の13万1000ヘクタールから2015年には42万3000ヘクタールまで増加しました。これは滋賀県の面積に匹敵する大きさです。

ここで留意したい点があります。高齢化と聞くと「お年寄りばかり」というネガティブなイメージを抱きがちですが、生涯現役という言葉がある通り、農業は定年がない仕事で健康や福祉にも大きく貢献しています。これは農業が持つ素晴らしい可能性で、考えたいのは若い世代の後継者をどう育てていけるかです。

すぐそこに迫る食料危機

食料自給率が低下する中、果たして食料の供給は安定的に継続するのでしょうか。世界の食料と農業を取りまく現状を見ていきましょう。

国連人口基金によると、世界人口は2015年の73億人から2050年には97億人に、食料需要も2000年の45億トンから2050年には69億トンまで増加する見通しです。世界全体の穀物生産量は、これまで単位面積当たりの収穫量(単収)の向上によって支えられてきましたが、近年その伸び率は鈍化しています。

また、肉類消費量の増加も食料需給をひっ迫させる要因のひとつです。国民1人当たりの所得が向上すると肉類消費量が増加する傾向にあり、とりわけ中国やインド、ロシアなどは急速に経済成長を遂げています。農林水産省によると、畜産物1キロを生産するために必要な穀物飼料(トウモロコシ換算)は、牛肉11キロ、豚肉7キロ、鶏肉4キロ、鶏卵3キロで、肉食需要の増加が穀物需要の増加につながるという相関関係です。

さらに、トウモロコシなどから生産されるバイオエタノール原料用の穀物需要も増加しているため、人間、動物、エネルギーによる食料の奪い合いが現代社会の食をめぐる構図といえます。こうした状況のもと、食料の海外依存は国民の不安を招く事態を引き起こします。

ここでは、二つの教訓を紹介します。ひとつは、2008年に起こった「世界同時食料危機」です。この間、世界の穀物生産量は当時の過去最高を記録しましたが、先ほど述べた要因に投機マネーの流入も加わったことから、食料価格の高騰が起こり、ハイチやブルキナファソ、カメルーンなどでは暴動が発生しました。加えて、食料輸出国が輸出規制を実施し、穀物輸入国では食料危機が引き起こされたのです。

コロナ禍の教訓

もうひとつは、コロナ禍の教訓です。COVID‐19のパンデミック(世界的流行)は、私たちの暮らしを一変させました。それは、食と農の現場も同様です。流通の制限、国境封鎖、ロックダウン(都市封鎖)などが原因で、グローバル・フードシステムの脆弱性があらわになったのです。

食料の流通が制限されれば、食料輸入国には食料が届かない、食料輸出国は輸出したくてもできないという状況が生まれます。同時に、食料の輸出規制も起こりました。例えば、米、小麦、大豆などを輸出制限する国が最大で19か国に上りましたが、その中には小麦の輸出量世界1位のロシアもあり、ウクライナと合わせると全輸出量の約3割を占めます。

こうした状況に加え、世界最大の人口を抱える中国のさらなる食料輸入の増加、天候不順による生産量の減少などが重なって食料価格が高騰し、ロックダウンや経済状況の悪化が深刻な食料不安を招く「飢餓のパンデミック」といわれる現状です。

WFP(世界食糧計画)の「ハンガーマップ」によれば、2020年10月時点で十分に食べられない人が9億4000万人にもなり、世界人口のおよそ9人に1人に相当します。2015年までは栄養不足人口も減少していましたが、その後、紛争や気候変動の影響などで飢餓に直面する人々の数は再び増加しました。それに追い打ちをかけたのがコロナ禍です。2019年時点で十分に食べられない人は8億2100万人だったので、1億人以上も増加したことになります。

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世界の飢餓状況を表した世界地図「ハンガーマップ」。国ごとの栄養不足人口の割合を色分けして表した地図で、世界の格差が一目で分かる。(出所:WFP〈世界食糧計画〉)

外国人労働者の移動規制

 農業生産の現場では農業者の減少を補完する目的で、家族外労働力への依存を強めてきました。そのため、雇用やパート・アルバイト、ボランティアなど多様な労働力が農業経営を支えています。

外国人労働者数の総数は、2020年10月末時点で172万4328万人です。2012年の68万2431人から約2・5倍も増加しています。

図は、農業分野における外国人労働者数の推移です。外国人労働者の数は、2020年時点で3万8064人、2012年の1万6372人から約2・3倍も増加していることがわかります。そのうち約9割が外国人技能実習生です。

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例えば、北海道や長野県、茨城県、千葉県などのような産地では、外国人労働者の雇用が積極的に活用されています。私も茨城県で調査を行った際、「外国人労働者がいなくては現場はまわらない」という経営者の声を何度も聞きました。

ところが、コロナ禍による入国制限措置などが原因で外国人労働者の来日の予定が立たない、帰国した労働者が来日できないという事態が起こり、人材不足が発生しました。改めて、外国人労働者に過度に依存するリスクが浮き彫りになったのです。

今後も、コロナ禍に限らず、何らかの理由で入国できない状況が生じる可能性があります。「農業者が減少しているから、外国人労働者を」という補完、代替のような短絡的な発想ではなく、国内で農業分野の人材育成に力を入れ、外国人労働者も含めて農業の担い手を育てていく必要があるでしょう。

気候変動が与える農業への影響

地球温暖化による気候変動は、農業生産に直接影響を与える大きな問題を引き起こします。地球温暖化の原因は、エネルギー消費の拡大による温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素など)の排出が増加しているためです。

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Photo by Matt Palmer

2015年には、2020年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が採択されました。産業革命前(1850~1900年の平均)に比べて、世界の平均気温の上昇幅を2℃未満にすることを目標(上限目標)とし、1・5℃以内に抑えることを努力目標に掲げています。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、2018年10月に『1・5℃ 特別報告書』を公表しました。世界の平均気温は産業革命前と比べて約1℃上昇していること(可能性の高い範囲は0・8℃から1・2℃)、現状が続くと2030~2052年の間に1・5℃の上昇に達する可能性が高いとし、その影響、被害予測などを取りまとめたものです。

現在のように、1℃の上昇でも台風や洪水、熱波、干ばつなどの異常気象が頻発しています。1・5℃やそれ以上の気温上昇では、さらに大きなリスクを伴うことが容易に想像できるでしょう。

気候変動で、最も深刻な影響を受ける分野が農漁業です。南の地域では多くが農漁業に依存した生活をしています。異常気象などによって食料の生産が困難になるだけではなく、海面上昇が起こると農地などの資源が失われ、「環境難民」が増加しますが、そのような被害を保障する社会保障制度も十分ではありません。

毎年、日本でも豪雨や洪水、大型の台風、大雪が各地で発生し、農業への被害は特に深刻です。ゲリラ豪雨で圃場(ほじょう)ごと流される、豪雪でパイプハウスが潰(つぶ)れる、台風や洪水で農業の継続が困難になるなど、自然災害に見舞われることも日常となりました。真夏日が増え、熱中症も深刻な問題です。

食料輸出国の状況を見ても、北アメリカやオーストラリア、中国、ロシアでは生産量が大幅に減少しています。世界規模で起こる農業生産の不安定化は、食料価格の高騰を引き起こす大きな要因です。

気候変動対策が農業の未来、人類の未来を決めるといっても過言ではありません。地球温暖化を少しでも抑え、気候変動を緩和していくことは、北の地域、南の地域に関係なく、農業を守るために必要な行動です。将来世代も豊かに農業を営み、食卓を構成できるように不平等をなくす「気候正義」の考え方が食と農のつながりにも求められています。

私たちの食卓が抱える「二重の脆弱性」

世界の食料供給体制は複合的に様々な要因が重なり、どこかでボタンの掛け違いが起こると、脆(もろ)くも崩れてしまう可能性が大いにあることがわかりました。

こうした状況は、食料自給の重要性を私たちに教えてくれています。食の海外依存は、他国に自分の生命を委ねているのと一緒で、いつまでも安定的な供給が継続するとは限りません。これは、暮らしの不安に直結します。

実際に起こった食料価格の高騰や食料危機を他人事として捉えるのではなく、いつ起きてもおかしくない現実的な問題として捉えることが必要ではないでしょうか。とりわけ、食料の輸出規制については、輸入国が何をやってもコントロールできません。

食料需給がひっ迫し、自国の国民の食料と生命を守ることは、国として最優先の行動です。自国で食料が足りないのに、輸出を続ける国はなく、輸入国の食料事情は考慮されません。すでに、お金があればいつでも食料を輸入できる時代ではないのです。

一方で、いざ国内で食料を生産しようと足もとを見ると、農業者の減少や耕作放棄地の増加が進み、「耕す人が誰もいなかった」「耕せる農地もなかった」という状況になりつつあります。

このように、私たちの食卓は、食料の海外依存による不安定さと国内農業の荒廃が同時に進行する「二重の脆弱性」というリスクと常に隣り合わせにあることを理解しておきましょう。

『日本の食と農の未来』目次

【第1章】日本の食と農のいま
【第2章】この時代に農業を仕事にするということ
【第3章】持続可能な農業としての「有機農業」を地域に広げる
【第4章】食と農のつなぎ方
【第5章】食と農をつなぐCSAの可能性
【第6章】都市を耕す

著者プロフィール

小口広太(おぐちこうた)
1983年、長野県塩尻市生まれ。千葉商科大学人間社会学部准教授。明治学院大学国際学部卒業後、明治大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得満期退学、博士(農学)。日本農業経営大学校専任講師等を経て2021年より現職。専門は地域社会学、食と農の社会学。有機農業や都市農業の動向に着目し、フィールドワークに取り組んでいる。日本有機農業学会事務局長。農林水産政策研究所客員研究員。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)理事。著書に『生命(いのち)を紡ぐ農の技術(わざ)』『有機農業大全』(ともに共著、コモンズ)などがある。


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