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小さな頃から洋楽漬けだった映画研究者の私が『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を追いかけ始めるまで

「クイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を解く」講座の始まり 

2019年7月13日土曜日。名古屋市にある南山大学G棟大講義室の席が少しずつ埋まっていく。「クイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を解く」講座の始まりだ。よかった……。心底ほっとした。

この講座は愛知サマーセミナー2019という催しの一環で行われた。サマーセミナー、通称「サマセミ」とは市民と学校が結びついた市民参加型セミナー。愛知県に始まりこの20年以上、輪は各都道府県と広がっている。今年は南山大学、南山高等学校、南山小学校が会場となり、この土日月三連休に2000を越える講座が各教室で開かれた。

その中には、たとえばSAM氏のストリートダンス教室、佐藤優氏の「佐藤優が語る~どうなる世界と日本」、室井佑月氏の「室井佑月に聞きたい放題!」講座といった、著名人によるワークショップや講演もある。しかし、サマセミの最も大きな特徴は、誰でも先生になって教えたいことを教え、学びたいことを学べるというスタイルにある。受講料は一切無料。運営は私立高校の先生方や生徒さんたちがボランティアとしてあたる。講座を開く側も基本的に手弁当である。

愛知サマーセミナーチラシ_page-0001

私は、名古屋市内の複数の大学で非常勤講師として英語を教えている。
少し自己紹介をさせていただくと、本来の専門は映画研究。映画とはとても不思議なメディアだ。観ている時間は現実の時間で確かに流れていくのに、映画の中には過去の、もうここにない時間がまるで氷漬けされたように、凝縮されて残っている。しかも動いている。そんな魔術的な時間に魅入られて、「記憶と時間」について考えることが私のライフワークである。
好きな映画作家はアンドレイ・タルコフスキービクトル・エリセデヴィッド・リンチなど。映画の中に見えているもの、見えていないもの、そこにあるもの、もう失われたものについて考えるのがなによりの楽しみ(なので、私にとっての映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、もういないフレディとの再会という意味が大きい)。

普段の授業は一年生必修の英語で専門とほぼ関係はないのだが、「洋画好き×洋楽好き」=英語好き、に仕上がったのが現在の仕事につながっている。2018年秋映画公開の際には授業でこの曲を扱い、皆で歌った(歌わせた)。学生たちにこの曲について伝える経験がものすごく楽しかった。それでますます興味が増してリサーチを続け、2019年3月に朝日カルチャーセンター名古屋教室にて『ボヘミアン・ラプソディ』を読み解く講座を開講することとなった。これが好評を博し、その流れでサマセミのお話をいただいたわけだ。
ただ、サマセミはまったくの初参加。しかも、なぜか会場が南山大学G棟の大講堂。収容人数600人という大教室だ。これは正直気が重い。

調べてみると、どうやら翌日には件の佐藤優氏が話をされるらしい。恐れ多くも佐藤氏と同じステージに立つとは......。あちらは満員御礼だろうが、こちらはただの一般人である。講座を持たせていただく嬉しさとは別に、どうしよう、ガラガラだったら(というか、そんな大きな講堂だったらガラガラに決まってるのに…)という不安が頭をよぎる。これはたいへんなことになった。

そもそも、当日まで何人入るかわからないのがサマセミというものらしい。聴衆が何人であっても同じように話をさせていただくのはもちろんだが、とはいってもそれは建前。普段は大学一年生の必修語学担当で、30人ほどのクラスを担当している。あの広い講堂では寂しく見えるだろうが、それくらいでも十分ありがたい……。でもちょっと寂しいかも……。宣伝活動に奔走しながら、正直、祈るような気持ちで当日を迎えた。

駅のポスター

最寄り駅に貼らせていただいたポスター。ダメモトでお願いしたら意外にもご快諾いただき、ここが一番目立つじゃないかな~と、駅長さん自らお手伝いくださいました。あの時のご恩は忘れません! 宣伝に関しては友人知人、あちこちでいろんな方々にお力を貸していただき、人の世の情けをあらためて知る機会となりました。

なので、広い講義室の席がじょじょに埋まっていくのを見て、心底ほっとした。結果的には200名近くの方々にご参加いただいた。クイーン人気、恐るべし。私のような無名の講師にはもったいないようなすごい数だ。あのような立派な場所で話をしたのも初めてだったが、熱心に耳を傾けていただいていることが遠目にもよくわかり、あっという間の70分だった。よかった。

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開演前の様子。じょじょに席が埋まっていきます……!

アンケート用紙にびっしりと

そしてさらに嬉しい喜びだったのは、その後回収した受講者アンケートだった。110枚ほど集まったが、その多くが講座の感想と共に、この曲やクイーン、フレディや映画に対する思いを用紙いっぱいにびっしり書いて下さっていたのだ。
「なかなかここまで詳しくアンケートに記入なんてしませんよ~。」集計を手伝ってくれる同僚の言葉にうなずきながら、一枚一枚読んでいく。長年のクイーンファンばかりではない。中高生から上は70代まで、それぞれの『ボヘミアン・ラプソディ』があるのだ。そして私の解説をとても真摯に受け止めてくださっている。受講者の方々の熱い思い。これがその後、この講座を本にまとめたいという思いの原動力となる。

そもそも、なぜこの講座を開くに至ったか

 そもそも、なぜこの講座を開くに至ったか。なぜリサーチを始めたかについて話したい。私は決してクイーンのマニアックなファンというわけではない。ただ、洋楽が絶大なる力を持っていた80年代に洋楽の洗礼を受け、まさに洋楽漬けの日々を過ごした。

と言っても、地方在住の中学生には今と違って情報などほぼ入ってこない。夜になるとわずかに入るFM局にチューニングを試みたり、親にねだって買ってもらった短波放送ラジオで、海外の音楽番組を雑音の中から必死に拾っていた。ノートを作り、ヒットチャートを毎週書き込んでは眺め、悦に入っていたものだ。1981年にMTVが登場し、音楽史の新たな一ページが繰られた頃は、幸い大阪市内に転居していたので、その後は心おきなく洋楽三昧(+映画三昧)。

クラスではお気に入りアーチストの切り抜きを透明な下敷きに入れるのがブームで、私はホール&オーツを後生大事に持っていた。「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれるイギリスのアーティストの勢いが著しく、デュラン・デュランデヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージックにも夢中になった。クラスの中にはカルチャー・クラブやブライアン・アダムスが好きな子がいたり、マイケル・ジャクソン、ビリー・ジョエル、マドンナといった大ヒット曲もあったため洋楽ファンも多く、一緒にコンサートに行ったり、雑誌『ミュージック・ライフ』を回し読みしたり、たまに『ロッキング・オン』を買ってみたり。洋楽ロック、ポップス百花繚乱の時代で、もちろんクイーンも常に重要な存在であった。

リアルタイムでは聴いていないが、『ボヘミアン・ラプソディ』には特別な思い出がある。中学生の頃いっときブームだった海外文通にはまり、何人か海外にペンパルがいた。多い時は15人くらいいたかもしれない。覚えたての英語を駆使して好きな映画や音楽の話などせっせとしたためては、外国の見慣れぬ切手が貼られたエアメールが郵便受けに届くのを心待ちにしていたものだ。その中に音楽好きのギリシャの女の子がいた。『ボヘミアン・ラプソディ』を最初に私に教えてくれたのは彼女だった。

ある時、「あなたはどんな曲が好き?私はこの曲が一番のお気に入りよ」と、便箋何枚にもわたってこの曲の歌詞がずらりと書き送られてきたのだ。青いペンでひたすら綴られている文字の圧倒的な量に、彼女の熱狂を肌で感じた。筆圧の強い青色の文字は今でもはっきり思い出すことができる。そして辞書を引き引き読んでみて、なんだかおかしな曲だなと思ったことも。今のようにすぐにネットで聴くというわけにもいかず、実際にこの曲を耳にしたのはその後随分経ってからだったはずだ。ペンパルも同世代だったので、おそらく彼女もリアルタイムで聴いたわけではなかったと思う。会ったことのないギリシャの女の子に教えてもらった曲をこうして何十年も経った今、まさか講座を開いて解説することになるとは、夢にも思わなかった。音楽が結ぶ不思議な縁――時間と空間を越えて思いがけなく点と点がつながったような今回の一連の作業は、個人的にもとても感慨深い出来事になった。

それってほんと?――天邪鬼から始まるフレディをめぐる冒険

そして2018年11月8日。フレディ・マーキュリー27回目の命日(11月24日)を目前に、映画『ボヘミアン・ラプソディ』が封切られた。私の住む名古屋では少し遅れて公開されたように記憶しているが、待ちきれず早速初日に映画館に駆けつけた。なにより、この季節になるとフレディを失ったことが思い出され、また、当時の衝撃がよみがえってくる。死後随分経つが、ようやく映画が公開され、スクリーンでフレディに会える。こわいような気もするが、嘘でもいいから再会したい。そんな思いでいっぱいだった。
しかし実はもう一つ、気になることがあったのだ。公開直前、あるラジオの映画紹介で耳にしたこと。楽曲『ボヘミアン・ラプソディ』にまつわる、ある「仮説」があるという。えっ? まったく寝耳に水だ。

その有名な映画批評家によると、すでによく知られている有力な説だと言うではないか。 えっ? 今初めて聞いた。みんな知ってるって――それって本当? 私はもともと、天邪鬼なのだ。

今思えばこの、ふとした疑問が私にとっての『ボヘミアン・ラプソディ』の始まりだった。

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すがはら・ゆうこ/学術博士(名古屋大学)
専門は映画研究。
元々の洋画好き&洋楽好きが高じて、現在は非常勤にて名古屋市内複数の大学で英語講座を担当。
『ボヘミアン・ラプソディ』は大学1年生対象の授業で曲を扱ったのがきっかけで、その後カルチャーセンターから愛知サマーセミナーの講座へと発展。ファンの方々の熱い思いに直に触れ、リサーチをまとめたものを書き下ろしました。『ボヘミアン・ラプソディ』の謎解きの、さらに向こうにお連れします。現在、出版するべく奮闘中。応援よろしくお願いします!

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この記事が入っているマガジン

『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を解く(菅原裕子)
『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を解く(菅原裕子)
  • 8本

クイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』にこめられた、とある「謎」を映画研究者の菅原裕子さんが追いかけます。

コメント (2)
始まりましたね。引き込まれるように読ませていただきました。続きが楽しみです。
ところで、「普段の授業では~」の段落が、二回くりかえされています。気になりましたので、ぶしつけではございますがお伝えしておきます。
ご指摘ありがとうございます!失礼しました…。修正致します。
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