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誤嚥性肺炎の原因は、飲食ではなかった――飲食禁止よりももっと、大切なこと


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訪問歯科医の五島朋幸氏は、1997年に歯科の訪問診療を開始してから、口腔ケアについて気づいた大切なことがたくさんあるといいます。歯の治療や口腔ケア、そして「食べること」と生きることの関係について、間違った思い込みから脱し、今日からできる正しい方法をお伝えします。

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寝ている間に、唾液を誤嚥していた


誤嚥性肺炎について、最近はみなさんの関心が高まっています。

近年では、肺炎は日本人の死因の第3位となっており、お年寄りの場合には誤嚥が原因の肺炎が命に関わることもあるからです。

ところで、肺炎の原因が「誤嚥」であると、どうしてわかったか不思議ではありませんか? 食事のときにゲホゲホむせている人が、肺炎を発症したからでしょうか?

そうではありません。

肺炎は、細菌が肺に入ってから発熱するまでに時間差があります。目の前でゲホゲホむせていた人が、見る間に熱が出て肺炎を発症するわけではないのです。

それに、むせるのは誤嚥したものを吐き出す咳反射があるということですから、まだそれほど機能が低下していない証拠です。

そこである研究グループが、健常者と脳梗塞患者との飲み込むときのスムーズさ、すなわちものが口に入ってから嚥下反射が起こるまでの時間「嚥下反射潜時」を調べました。

すると、健常者は昼と夜とで大きな差がなかったのに対して、脳梗塞によって飲み込みが悪くなっている人では、夜間に著しく嚥下反射潜時が長くなっていることがわかったのです(*1)。

嚥下反射潜時が長いとは、嚥下反射がなかなか起こらないということですから、誤嚥しやすいのです。

また、「睡眠中の嚥下反射の低下が、肺炎の発症と関連しているのではないか」と考えた研究者たちが、放射性同位元素を糊状にして肺炎患者の口蓋(上顎の天井)に塗り、翌朝それがどこに行っているかを画像診断の機械で撮影して調べました。

すると、放射性同位元素は肺に入っていたのです。

つまり、飲み込む機能が低下している人は、寝ている間に気づかずに唾液を誤嚥していて、それが原因で肺炎を発症することがわかったのです(*2)。

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誤嚥性肺炎の原因は、飲食ではなかった


これが何を意味するか、おわかりでしょうか? 

誤嚥性肺炎を起こすと禁飲食にされることが多いのですが、飲食が原因ではないということです。

もう一つ付け加えれば、逆流した胃液を誤嚥してしまい、胃酸によって肺炎が起こることもあって、この場合も飲食が原因ではありません。

胃と食道の間には「噴門」という関門があり、普段は閉じていて、食道から食べ物が入ってくると瞬時に開くようになっています。

この開閉を担っているのが「下部食道括約筋」という筋肉ですが、この筋力が40代頃から衰え始め、胃の内容物が逆流しやすくなってしまうのです。

この状態が慢性化すると、食道に炎症が起こって「逆流性食道炎」を発症し、寝ている間にも逆流が起こるようになってしまいます。

しかも高齢者では、逆流性食道炎を発症している人が2〜3割にも及ぶと言われています。

いずれにせよ、飲み込む機能が落ちている人を禁飲食にすると、さらに飲み込む機能が落ちてしまい、むしろ逆効果。夜間の誤嚥がもっと増えてしまいます。

ですから、誤嚥性肺炎を起こした人には禁飲食ではなく、機能を上げるために、飲み込むトレーニングを開始するべきなのです。もちろん、安全管理はきちんとしなければいけませんが。

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口腔機能を上げることと、寝る前に口の中をキレイにすることが大切


もう一つこの研究からわかったのは、夜寝る前に口の中をキレイにしておくことが大事だ、ということです。

寝ている間、口の中の細菌が少なければ、たとえ誤嚥しても肺へのダメージが少なくて済み、肺炎を発症する確率が低くなります。

誤嚥性肺炎は寝ている間の唾液の誤嚥が主な原因であり、それを防ぐには口腔機能を上げることと、寝る前に口の細菌を減らすことが大事です。

それがわかっているのに、誤嚥性肺炎による死者は増え続け、1979年には423人であった死者が、2018年には3万8462人に達しています。

高齢化が拍車をかけていることもありますが、それにしても、この数は多すぎるのではないでしょうか。

(*1)Nakagawa T, et al. High incidence of pneumonia in elderly patients with basal ganglia infarction. Arch Intern Med, Vol.157, 321-324, 1997.
(*2)Kikuchi R, Watabe N, Konno T, et al. High incidence of silent aspiration in elderly patients with communit-acquired pneumonia. Am J Respir Crit Care Med 150: 251-253, 1994.

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以上、五島朋幸著『死ぬまで噛んで食べる――誤嚥性肺炎を防ぐ12の鉄則』の第2章より抜粋してご紹介いたしました。

死ぬまで噛んで食べる_帯付RGB

五島朋幸(ごとうともゆき)
1965年広島県生まれ。日本歯科大学卒業。博士(歯学)。歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表。新宿食支援研究会代表。株式会社WinWin代表取締役。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。東京医科歯科大学、慶応大学非常勤講師。1997年より訪問歯科診療に積極的に取り組み、2003年ふれあい歯科ごとうを開設。地域ケアを自身のテーマとし、クリニックを拠点にさまざまな試みを行い、理想のケアのかたちを追求している。
2003年よりラジオ番組『ドクターごとうの熱血訪問クリニック』パーソナリティーも務める。著書に『愛は自転車に乗って』『訪問歯科ドクターごとう①』(以上、大隅書店)、共著に『口腔ケア〇と×』(中央法規出版)、『食べること生きること』(監修、北隆館)など多数。


光文社新書『死ぬまで噛んで食べる――誤嚥性肺炎を防ぐ12の鉄則』(五島朋幸著)は、全国の書店、オンライン書店で発売中です。

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