【第11回】何が「はやぶさ2」を大成功させたのか?
■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!
「はやぶさ2」プロジェクトの舞台裏
2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」は、数えきれないほどのアクシデントに遭遇しながら、7年間に約60億キロの宇宙の旅を終えて地球に帰還した。小惑星イトカワのサンプルを含むカプセルを地球に送り込んだ「はやぶさ」は、大気圏に再突入して、夜空を輝かせる流星となって消滅した。
「はやぶさ」が打ち上げられた2003年当時に手術した患者や転職した会社員が、その後の自分の病状や現状と「はやぶさ」の苦難を照らし合わせて応援を始め、ネットに「ファンクラブ」が結成された。宇宙に「おつかい」に行って「迷子」になった「満身創痍」の「はやぶさ君」が、健気に仕事を果たして「桜と散る姿」を動画で見て、涙が出たというファンも多かった。
一般に、人間以外の対象に人間の性質や特徴を与える比喩表現を「擬人化」と呼ぶが、この擬人化が深い「感情移入」をもたらすことは、よく知られている。もちろん、言うまでもないことだが、「はやぶさ」は厳然たる精密機械であって、考えたり悲しんだりすることはない。実は、「はやぶさ」に人間性を与えているのは、驚異的な科学技術と献身的な忍耐努力によって、幾多のトラブルを乗り越えてきたプロジェクトチームの「人間」たちなのである。
本書の著者・津田雄一氏は、1975年生まれ。東京大学工学部卒業後、同大学大学院航空宇宙工学専攻博士課程修了。宇宙航空研究開発機構(JAXA)助教、准教授を経て2015年に「はやぶさ2プロジェクトマネージャー」に就任。現在は、JAXA宇宙科学研究所教授。多くの専門論文がある。
本書は、津田氏が初めて一般向けに公表した単著だが、現在進行中の「はやぶさ2」プロジェクトについて、単なる解説書に留まらず、最先端の研究成果を社会に還元するという意味で、非常に意義深い作品になっている。今後、このようなレベルの「新書」が出版されていくことを願ってやまない。
さて、「はやぶさ」が小惑星からのサンプル回収という「工学実証ミッション」だったのに対して、「はやぶさ2」は「小惑星探査ミッション」と位置付けられる。小惑星は、風化や浸食がなく、太陽系成立時点の状態を維持する「太陽系の化石」である。「はやぶさ2」が向かった小惑星リュウグウは、いびつな形状で岩盤が多く、到着直後には「着陸可能な領域はない」とされるほど悲観的な見通しだった。それから1年半の間に2地点にタッチダウンして、2020年12月6日に期待を大幅に上回るサンプルを回収できた成功の秘訣とは何か。
本書で最も驚かされたのは、津田氏がプロジェクトマネージャーに任命されたのが、准教授になったばかりの39歳の若さだということである。一般に、世界が注目する重大プロジェクトを准教授が率いるようなことは、大学業界の慣例では、まずない。任命された津田氏も、「これは捨て駒にされたかな」と訝ったそうだが、それも当然だと思うほど、異例中の異例の人事といえる。
しかし、津田氏の力量を見抜いたJAXA上層部の判断は正しかった。6年間に及ぶ「はやぶさ2」の飛行管制や困難な着陸に全員が疲弊し、チーム内が「殺伐」とした時点で、津田氏は自分の権限を移譲して、管制室内ではフライトマネージャーの指示に従うことにした。そこでチームワークが復活し、彼らは7つもの「世界初」を達成できた。サンプルを地球に投下した「はやぶさ2」は、新たなミッションに向けて、今も「健気」に飛行中である(笑)!
本書のハイライト
はやぶさ2が行ったのは「最先端の技術」による「究極の基礎科学」だ。技術・科学の両面で、人類普遍の価値を高めた。組織のためや国のためではなく、人類全体の叡智に貢献するミッションだから、世界に喜ばれた。はやぶさ2を通じて、日本という国、日本の技術や科学へのひたむきさが、世界に伝えられたと思う。(pp. 258-259)
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著者プロフィール
高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。