見出し画像

【53位】M.I.A.の1曲―ふわり浮かんで風に乗る、自由の翼で、地獄から一直線に

「ペーパー・プレーンズ」M.I.A.(2008年2月/XL/英)

画像1

Genre: Hip Hop, Pop Rap
Paper Planes - M.I.A. (Feb. 08) XL, UK
(Maya "M.I.A." Arulpragasam • Wesley "Diplo" Pentz • Topper Headon • Mick Jones • Paul Simonon • Joe Strummer) Produced by M.I.A. • Diplo
(RS 236 / NME 53) 265 + 448 = 713

まさしくセンセーショナルなナンバーとして、ポップ・シーンを席巻した。「ゼロ年代屈指の名曲」との声も多い。それがイギリスの「お騒がせ」アーティスト、M.I.A.ことマータンギ・"マヤ"・アルルピラガーサムの一大出世作となった、このナンバーだ。

ディプロのプロデュースによるこの曲は、ザ・クラッシュの82年の名曲「ストレイト・トゥ・ヘル」を大胆にサンプリングしたフレーズを、全編でループさせている。しかもこれが、元ネタよりもいい――かもしれない。あるいは、元ネタが内包するドラマ性をしっかり踏まえた上で「さらに深い場所」にまで到達しようとしている、とでも言おうか。

タイトルの「紙飛行機」とは、国境を軽々と越えられる自由の象徴であり、また同時に、国境を越え、故郷を捨てることによって生き延びなければならない人々が渇望する「紙っきれ」の象徴でもある。後者はつまり、ヴィザだ。アルバム制作のためアメリカに滞在しようとした彼女がヴィザの問題に直面したことがあり、このアイデアを得た。

マーヤー自身が難民出身のイギリス人であり、タミル系スリランカ人である彼女の父親は、民族闘争を掲げる武装組織の一員だった。つまり「物心ついたときから」当曲のテーマにあるような「世界のありかた」に振り回されていたのが彼女でもあった。格差と不均衡に満ち、弱者を骨まですり潰していくだけの無慈悲な世界を、皮膚感覚で知る者特有のタフネスと屈託のなさが若きマーヤーに宿っていることを、聴き手はこの曲から直観した。

たとえば、大いに物議もかもしたコーラス部分。「私がやりたいのは、ただ(All I wanna do is)」と言ってから銃声が4発入り、「そして」でキャッシュ・レジスターを開閉、最後に「チーン」と鳴るまでの音をリズミカルに挿入。「で、あなたのお金をいただく(And Take your money)」と締められる。硝煙の匂い漂う叙事詩的世界の片隅に、ストリート・チルドレン上がりのちゃきちゃきお姐ちゃんがあらわれて、街角でややこしいヤミ商売をやっているような……そんな光景を、だれもが思い浮かべた(ブルックリンで撮影されたMVでも、まさにそんなイメージが描写されていた)。

当曲は、M.I.A.の第2作アルバム『カラ』(07年)にて初出、翌08年にシングル発売された。本国イギリスでは19位止まりなれど、米ビルボードHOT100では最高位4位を記録。グラミー賞のレコード・オブ・ザ・イヤーにもノミネートされた。批評家やコアなポップ音楽ファン、さらには音楽アーティストや業界人から、とにかく愛された。

(次回は52位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!