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イタリア人へのイメージは誤解だらけ!?『誤読のイタリア』「まえがき」を公開!!

須賀敦子氏が訳したイタリアの詩

私にとって、本は小さい頃から親しい友人のようなものであり、読書は空気のように身近なものだった。文学に心引かれていた子どもの頃は、ほとんどの時間を、本を読んで過ごした。高校を卒業した後、ローマ・ラ・サピエンツァ大学の東洋研究学部日本学科に進学するにあたって、専攻分野に日本近現代文学を選んだ。その時の選択も、文学への愛好から生まれたものだった。

どちらかというと、散文より詩を身近に感じていた私は、谷川俊太郎氏の作品を研究の対象に選んだ。修士課程を修了して大学を離れてからも、日本文学への熱意は冷めることなく、谷川俊太郎氏の詩集や夏目漱石の俳句集を、何冊かイタリア語訳して出版した。翻訳活動と並行して、講演や講座で日本文学とイタリア文学を紹介する活動もしてきた。

2018年に、日本でイタリア近現代詩をめぐる講座が開講されるにあたって、日本語での資料を探していた。そこで、須賀敦子氏が翻訳されたイタリア詩の選集に出会った。須賀氏は、ナタリア・ギンズブルグ、アントニオ・タブッキ、イタロ・カルヴィーノといったイタリア文学を代表する作家らの作品を和訳しており、日本でイタリア文学を紹介していた。そのお陰で、イタリアに興味を持ってくれた人が増えたのではないかと思うと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。

講座の資料として使うために、私は須賀氏の選集を購入した。ページをめくりながら、ウンガレッティ、モンターレ、クワジーモド、カンパーナ、サバなどイタリアの詩人たちの作品を日本語で読んだ。その中に、詩界の大物ウンガレッティの代表作「Veglia(ヴェリア)」もあった。少年のときに暗記してしまったくらい、私はこの詩が大好きだった。

イタリアの詩人・ジュゼッペ・ウンガレッティ(1888~1970)
20世紀イタリアの最高の詩人の一人であり、20世紀文学の巨人の一人とも言われる。

「Veglia」は、兵士として第一世界大戦に参加したウンガレッティ本人が、戦場で虐殺された仲間の傍で過ごした夜を語った詩だ。須賀氏は「Veglia」という単語を訳すのに「徹夜」という語彙を選んだ。眠らずに一晩過ごす兵士(である詩人)の思いを語る詩であるため、選ばれた和訳の単語が誤りであるとは言えない。

しかしながら、「Veglia」という単語には「徹夜」以外に、もう一つ意味が含まれているのだ。それは「通夜」のこと。この詩は、詩人の隣にいた「虐殺された」「満月に向かって歯をむきだした」「腫れた手」の戦友の死に様を描いているものだ。戦友の通夜をしながら命への執着を詠う詩人の姿が、詩行から浮かび上がってくる、という中身から判断すると、タイトルは「徹夜」ではなく「通夜」と訳したほうが適切だったのではないか。そう思った私は、無意識に和訳題名「徹夜」の隣に「誤読?」と鉛筆で書き付けた(そもそも、私は日頃から読書をする際に、思ったことや考えたことを本に書き込む習慣がある)。

「誤読」「読み誤り」。つまり、あるものの意味や内容を取り違えて、誤った理解をしてしまうこと。初めて本書『誤読のイタリア』の概念構成が思い浮かんだのは、まさにその時だった。

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日本人が想像するイタリア人は、「外向的」「陽気」「積極的」「勝気」な性格の「常に喋りまくる」「盛り上がりがちな」人間?
イラスト:ディエゴ・マルティーナ

異文化を見る「目線」

来日してから、あっという間に9年が経った。この9年間で、いろんな人に出会って様々な人たちと交流してきた。「イタリアから来ました」と自己紹介するたび、知り合ったばかりの相手の目は輝く。「イタリアはいいな。美しい国ですね!」と、私の母国を褒めてくれたあとで、会話はイタリアの話題からなかなか離れなくなる。

日本人は皆、イタリアのことが大好きなようだ。知り合ったところで「すみません、じつはイタリアが苦手なんです」と打ち明けてくる相手には、いまのところ一人も出会っていない。日本人が抱いているイタリアへの愛情は、本当に大きいと感じている。と同時に、日本人が抱いているイタリアに対する「誤読」も、本当に大きいように感じられる。

異国の文化を知ろうとする際に、事実との間に「ズレ」が生じてしまうのは仕方のないことかもしれない。同じ人類とはいえ、我々の文化や国民性は様々だ。馴染みのない異文化に出会ったとき、我々は普段、自身の属する文化の目を通して相手の文化を読みとろうとしてしまう。しかし、二つの文化の間には隔たりがあるので、その理解の過程で誤解が発生してしまうことがあるのだ。

この10年近くの間に、私が交流してきた日本人は、「イタリアのことに詳しい人たち」と「詳しくない人たち」に大きく分けられる。「詳しくない人たち」に母国の文化が理解されることは、あまり期待していない。だが、相手が「詳しい人」だとどうしても期待してしまう。

これまで知り合った日本人の中には、イタリアのことをよく知っている人が多かったにもかかわらず、イタリアについて深く理解していると言える人は、それほど多くなかった。イタリアのことに詳しいと同時に、どこか偏った解釈をしている人もいた。ある国についての情報を集めて詳しくなったとしても、情報だけでは、深い理解は得られない。言い換えると、上っ面だけを捉えることはできても、その神髄までには、辿りつくまい。神髄まで辿りつきたいと思うならば、異文化を見る「目線」を変えなくてはいけないのだ。

日本文化の目線でイタリア人のことを見ようとすると、いつまでも偏った見方やおかしげな解釈しかできない。面識のない女性に声をかけることが苦手な日本人──その目線で判断すると、躊躇なく女性に声をかけるイタリア人の男性は、可愛い獲物を狙う猛禽のようなナンパ師に思われてしまう。

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イタリア人男性=ナンパ? 私(筆者)は、「特別ナンパ禁止令」をくらったこともあります(泣)
イラスト:ディエゴ・マルティーナ

女性に気を遣って優しい言葉をかけるイタリア人の私も、日本では何度も、相手を口説こうとしていると勘違いされた経験がある。しかし、私にはそんな気など一切なかった。なぜなら、女性に優しく振る舞い、フレンドリーに接するのは、イタリアの文化だからだ。イタリア人の男性は、ナンパのつもりでそんな接し方をしているわけではない。人の言動を正しく読みとれなければ、「誤読」という、誤解が生じてしまうのだ。

異文化を「正読」するには「目線」を変える必要がある。相手の文化を理解するには、相手の文化の目線を使うしかない。例えるなら、相手の目を借りる必要があるのだ。よって、イタリア人のことは、イタリア人目線で見なくてはならない。イタリア人の言動は、当然ながら日本人の目線のままだと見えてこない。イタリア人の言動の理由を知ることで、行動を「誤読」せず、初めて「正読」できるようになる。

私は、その理由を説明したく、本書を書こうと思いたった。日本の読者にイタリア人の目を提供して、イタリア人と同じ目線で母国の文化を見てもらいたい、と考えたのである。

自国の文化を再発見する旅

『誤読のイタリア』が描写する「イタリア人像」には、皆に知られている部分と、まったく知られていない部分のどちらもあると思う。すでに知られているところでは、イタリア人の行動。あまり知られていないところでは、その言動の理由。本書では、イタリア文化の「形」で止まらずに、その「神髄」まで遡って説明しようとした。イタリア人の目を借りると、イタリア人への理解を深められる。そうすることで、「いつものイタリア人」でありながらまったく「新しいイタリア人」像が見えてくるのだろう。

そもそも、発見は異文化につきものだ。来日して、母国イタリア文化からすると「異」である日本文化と触れ合っている私は、多分野にわたって発見の多い毎日を送っている。その発見のお陰で、以前抱いていた日本と日本人に対するイメージが、大きく変わってきた。現在も、発見を通して「誤読」が徐々に「正読」になりつつあるように思う。言語なり、社会なり、人間関係なり、私は日本文化をめぐって、日々、新しいことを見出し続けているのだ。

我々人間にとって、異文化に近づいていくことこそが、自分の国の文化への理解を深める方法なのではないか、と私は思う。異文化とは、まるで母国文化を反映させる鏡の如きもの。異文化を「正読」する目を手に入れれば、おのずと自国の文化も見えてくるようになる。

読者の皆さんには、本書で得られるだろうイタリア目線で、改めてイタリアの文化を見つめ直してほしい。これまで見えていなかった良さと矛盾に、初めて気づくかもしれない。イタリア文化を発見する過程で、日本文化を再発見することも、あるのではないかと思う。

それでは、イタリアの文化を、イタリア目線で見てみよう。

著者プロフィール

ディエゴ・マルティーナ Diego Martina  
1986年、イタリア・プーリア州生まれ。日本文学研究家、翻訳家、詩人。ローマ・ラ・サピエンツァ大学東洋研究学部日本学科(日本近現代文学専門)学士課程を卒業後、日本文学を専攻、修士課程を修了。東京外国語大学、東京大学に留学。翻訳家としては谷川俊太郎『二十億光年の孤独』と『minimal』、夏目漱石の俳句集などをイタリア語訳、刊行。詩人としては、日本語で書いた処女詩集『元カノのキスの化け物』(アートダイジェスト)が売新聞の書評で「2018年の3冊」の一つとして歌手・一青窈に選出される。黒田杏子主宰の「藍生俳句会」会員。

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