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日本は「経営技術のコンセプト化」で世界に負けた|岩尾俊兵 vol.6

10月に光文社新書より発売された『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(岩尾俊兵)。発売即3刷りと話題になっている本書は、「ティール組織」「オープン・イノベーション」など最先端と思われがちな経営理論が実は戦後日本では当たり前のように実践されていたことを示すとともに、なぜ今の日本ではそうした知見が受け継がれていないのか、過度な欧米信仰に偏ってしまった要因を明らかにする一冊です。
中身が気になる方のために、序章~第6章から選りすぐりの箇所をピックアップしてお届けします。今回は第6章から、経営技術の「コンセプト化」がなぜ必要なのかを明らかにします。

 本書では、ここまで、経営技術をめぐるグローバル競争という現状を出発点に、日本の産官学が認識すべき「経営技術の逆輸入」という状況を説明してきた。
 日本企業は、世界に先駆ける経営技術を数多く生みだしてきた。一方で、経営実務の中から生まれた経営技術をコンセプト化し、サービスやシステムとしてパッケージにして海外を含む他社に売りこむという点では、アメリカをはじめとする諸外国に後れをとってきた。
 すなわち、日本は経営技術のコンセプト化に負けてきたのだ。

 そして、日本が経営技術のコンセプト化に負けてきた理由は、コンセプト化が持つ競争上の意義に気がついていなかったことと、抽象化・論理モデル化した議論への「組織としての慣れ」が十分でなかったことにあると述べた。コンセプト化に負けたということは、抽象化・論理モデル化に負けたということだったのである。

 それではなぜ日本は抽象化・論理モデル化に弱かったのだろうか。
 その答えの一端は、日本の強みそのものにあった。
 これまで日本企業は社内での濃密な人間関係を土台とした緊密なコミュニケーションによって競争優位を得てきた。それは、日本という国が、文化的・言語的にも比較的均一だという特徴を持っていたことも影響しているだろう。これは、移民が多く世界中から従業員が集まるアメリカをはじめとした海外企業とは対照的である。
 そして、こうした文脈に深く依存したコミュニケーションが可能な環境の中で、そうした環境にない海外に比べると、抽象化・論理モデル化によって誰でも分かる形にする力をつける機会に乏しかったといえるだろう。

 もちろん、日本発の経営技術のコンセプト化が不可能なわけではない。実際に、知識創造理論をはじめとして、日本発の経営コンセプトが世界を席巻した前例もある。本書においても、ささやかながら、カイゼンという日本の十八番とされる経営技術を例に、日本発のコンセプト化の提案をおこなった。
 ただし、こうしたコンセプトは、ただ単に一時のブームになっただけでは発展性がない。日本発のコンセプトをもとにして、世界中で新たな議論が喚起され、それに対してまた日本からも理論的・実証的・実践的な貢献ができるという循環が理想である。こうした循環が起これば、日本にとっても世界にとってもメリットがあるだろう。その意味では、コンセプトはやがて理論や学問領域として発展していく必要がある。

 こうした問題意識の上に立って、最終章となるこの第6章では、日本発のコンセプトがやがて理論や学問領域にまで発展していくにはどうすればよいのか、について考えていく。
 すなわち、本章では前章までよりも一段と視野の広い、視座の高い、議論をおこなうのである。もしかすると、ここでの議論を日々のビジネスに活かすという意味では、視野が広すぎて意味がないと思われる方もいらっしゃるかもしれない。

 しかしここでの議論は、経営技術をめぐる、今後の日本の産官学のあり方を考える材料として不可欠である。そのため、しばしおつき合いいただきたい。
 実践的な経営技術からコンセプトへ、コンセプトから理論へ、理論から学問領域へと発展していく中で、日本だからできること、日本にしかできないことはある。
 少なくとも、筆者はそのように考えている。

著者プロフィール

慶應義塾大学商学部准教授。平成元年佐賀県生まれ。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学史上初の博士(経営学)を授与され、2022年より現職。組織学会評議員、日本生産管理学会理事を歴任。第73回義塾賞、第36回組織学会高宮賞、第37回組織学会高宮賞、第22回日本生産管理学会賞、第4回表現者賞等受賞。主な著書に『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)、『Ambidextrous Global Strategy in the Era of Digital Transformation』(分担執筆、Springer)ほか。

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