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第十章 紅林弘太郎――オリックスはなぜ優勝できたのか by喜瀬雅則

光文社新書

早くも増刷の『オリックスはなぜ優勝できたのか』。本記事では第十章の冒頭を公開します。以下、本書の概要です(光文社三宅)。

下馬評を大きく覆し、2年連続最下位からのペナント制覇は、いかに成し遂げられたのか? 逆に、なぜかくも長き暗黒時代が続いたのか? 黄金期も低迷期も見てきた元番記者が豊富な取材で綴る。

1994年の仰木彬監督就任まで遡り、イチロー、がんばろうKOBE、96年日本一、契約金0円選手、球界再編騒動、球団合併、仰木監督の死、暗黒期、2014年の2厘差の2位、スカウト革命、キャンプ地移転、育成強化、そして21年の優勝までを圧倒的な筆致で描く。

主な取材対象者は、梨田昌孝、岡田彰布、藤井康雄、森脇浩司、山﨑武司、北川博敏、後藤光尊、近藤一樹、坂口智隆、伏見寅威、瀬戸山隆三、加藤康幸、牧田勝吾、水谷哲也(横浜隼人高監督)、望月俊治(駿河総合高監督)、根鈴雄次など。

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第十章 紅林弘太郎

2021年(令和3年)3月26日。
オリックスの開幕戦は、埼玉・メットライフドームでの西武戦だった。
先発投手の山本由伸を含めた開幕スタメン10人の平均年齢は「25.3歳」
机上の計算、しかも数字のお遊びに近くなってしまうが、25年ぶりの優勝を目指してスタートしたシーズンは、もはや〝優勝を知らない世代〟の集まりだったことになる。
他の11球団と比べると、オリックスのこの数字が最も低い。
ちなみに最高は、ヤクルトの「30.9歳」で、これに次ぐのがソフトバンクの「30.4歳」になる。しかも、10代の開幕スタメンがいたのは、オリックスだけだった。
それが「9番・ショート」の紅林弘太郎だった。
2002年(平成14年)2月7日生まれの19歳。
サッカーの日韓ワールドカップが開催された年だ。オリックス・ブルーウェーブが日本一になった1996年も、近鉄バファローズが最後に優勝した2001年にも、紅林はまだこの世にすらいなかったのだ。
2021年(令和3年)10月5日、その若武者が球史に名を刻む快挙を成し遂げた。
日本ハム戦の1回、先制の10号2ランを左翼席へ運んだ。
1950年(昭和25年)の2リーグ制発足以降では19人・25度目、オリックスの球団史上初となるこの「高卒2年目までの2桁本塁打達成者」の主な顔ぶれを眺めてみると、紅林の成し遂げた記録が、いかにすごいのかがよく分かる。

1952年(昭和27年)西鉄・中西太(12本)、53年(36本)
1959年(昭和34年)東映・張本勲(13本)、60年(16本)
1960年(昭和35年)巨人・王貞治(17本)
1975年(昭和50年)阪神・掛布雅之(11本)
1986年(昭和61年)西武・清原和博(31本)、87年(29本)
1993年(平成5年)巨人・松井秀喜(11本)、94年(17本)
2014年(平成26年)日本ハム・大谷翔平(10本)
2019年(令和元年)ヤクルト・村上宗隆(36本)

そうそうたる強打者の系譜に、紅林が連なることになった。
オリックスの球団最年少2桁本塁打ともなれば、21歳のシーズンだった1990年の中嶋聡(12本)と1994年のイチロー(13本)だから、その2人も上回っている。
若き力を育てながら、勝っていく。
これまでオリックスが、それこそ苦手としてきたミッションの両立だった。
その〝新たな象徴〟ともいうべき紅林弘太郎の原点を探ろうと、私は静岡へ足を運んだ。

JR静岡駅から路線バスに乗って、およそ10分。
静岡県立駿河総合高校は、住宅街を貫く幹線道路の一角にある。
2013年(平成25年)、県立静岡南高校と静岡市立商業高校が合併して発足した。
硬式野球部監督の望月俊治は商業科の教諭で「基本的に転勤のあるところは、商業科の科目があるところなんです」と説明してくれた。
伊東商を皮切りに、母校の静岡商、島田商、駿河総合の前身・静岡市立商、引き続いて駿河総合と、高校野球の監督生活は2021年(令和3年)で31年目を迎える。
このベテラン監督が、紅林弘太郎を大きく育て、プロ野球界に送り出したのだ。
静岡県の公立高校には「裁量枠」がある。スポーツなどで一芸に秀でている生徒を、その活動を評価して入学させるという方式で、県内全域で採用されているシステムだ。
望月のもとに思わぬ〝朗報〟が舞い込んできたのは、2016年(平成28年)の7月頃のことだったという。
「駿河総合を希望校の一つにしている、いい選手がいるらしい」
身長が180センチを超えている、藤枝市立青島中学校の大型遊撃手だという。
県内の公立、私学の強豪校で争奪戦になっているという噂も聞こえてきた。ただ、裁量枠で目星をつける選手の選定は、おおよそ5〜6月には終えている。
「いつもだったら、そこで話は終わるんです」
ところが、その青島中の監督が、偶然にも望月の島田商時代の教え子だった。
「体も大きくて、面白い素材です。ぜひ1回、見に来てください」
その勧めもあって、望月は中体連県大会の1回戦へ視察に出向くことにした。
一塁側スタンドの上方で、グラウンドを眺めていたその時だった。
試合前のシートノック。その始まりの合図とともに、一塁側ベンチから飛び出してきた大きな一人の選手に、望月の目は釘付けになった。
広いストライドで、リズムよく、ショートの守備位置へ走っていく。
その軽快なリズム。すっと伸びた背筋。グラウンド上で、誰よりも映えている。
傍らの知り合いに、望月は思わず確かめていた。
「おい、あのショートじゃねえか?」
それが、紅林弘太郎との出会いだった。
その時の第一印象を、望月は今も忘れない。
「さあ、フィールディングが始まるぞ、ってところで、ショートまでパッと走っていくのを見て『こいつは、格好いいな』と思ったんです。プレーを見てても肩はあるし、内野ゴロを打っても、ファーストまで全力でしっかりと走れる。ウチの学校に来てもらえば、すぐにレギュラーになれるんじゃないかなと。これは、面白いぞと思いました」
駿河総合は、2021年で合併9年。もちろん、甲子園出場経験はない。
その歴史の浅さもあって「じゃあ、駿河総合で野球を一生懸命やろう、なんて入ってきてくれる生徒ばっかりじゃないんです、正直言ってね」
進学校でもある名門・静岡高。甲子園で優勝経験もあり、プロ選手も多く輩出している古豪・静岡商。県内には、伝統と強さを兼ね備えた公立高が多く、甲子園も十分狙える。もちろん、それらの学校も例外なく「裁量枠」で好素材の選手を獲りにいく。
望月は、関係者を通して、紅林の意向を確かめたという。
「僕は、すぐに試合に出たいんです」
駿河総合は、2013年(平成25年)からの夏の県大会でも、2回戦、2回戦、2回戦でそれぞれ敗退。紅林の中学3年時にあたる2016年も1回戦敗退に終わっていた。
それでも、望月のチーム作りにはブレがなく、明確な方針が貫かれていた。
「僕のスタンスは、各学年で核になる子を3、4人獲って、3学年で集まって一つのチームにできればいいと思っているんです。だから学年でも15、16人しかいないですし、全員が3年生のレギュラーというのではないんです」
その方針を紅林サイドに伝え、「1年生でもどんどん使っていくよ」と強調した。
「じゃあ、お願いします」
紅林は、何の迷いもなく、望月のもとへやって来た。
軟式野球の部活動出身。それでも、硬式球のゴロのバウンドの違いなども、すぐに克服するだけのセンスがあった。最初はサードに据えたが、すぐにショートへコンバートした。
「ウチの学校は中堅どころなので、それほど厳しく勉強をやる学校でもない。だから紅林は、野球をプレーしながら、楽しみたいという部分があったのかな。すぐに出たいですって言ってましたし、実際にすぐ使えました。硬式球に慣れるのも時間がかかるってよく言いますけど、ゴロに対するハンドリングだとか、ピッチャーに対するアジャストの問題とか、そういったところは全然苦もなく克服していった感じですね」
その潜在能力は、抜群だったという。
「私も高校野球を30年近くやってきて、大した実績は残していませんけど、あれ以上の野手の素材はいなかったですね、自分の教え子の中では。守り、バッティング、走塁。バランスよく、総合的に高かったです、すべての平均値が、ですね。これでうまく育てば、上のカテゴリーに行けるかな、というのは思いましたね」
紅林のような大型ショートがいれば、紅林を中心にしたチームを作って、甲子園を目指すことができるだろう。しかし、その「甲子園」という大目標に突っ走る形での〝短期間〟で育てるのではなく、あくまでその先を見据えていく。
それは、紅林のような素材であれば「プロ」になる。
「僕らの役目としては、伸びしろを持って、次のカテゴリーに渡してあげるというのがすごく大事だと思っているんです。完成品をお渡しするのではなく、まだまだこれ以上、伸びるかもしれないよ、という状態で、大学だとか社会人だとかプロに預けて、そこからもっと伸ばしてもらって、というのを、すごく思っているんですね。それが彼らのためにもプラスになるんじゃないかな、と思っているんです」(続く)


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