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安いこと、美味しいこと、健康によいこと、そして楽しいこと。――イワケン流「食事術」のすすめ|岩田健太郎

光文社新書の新刊安い・美味しい・簡単――実践 健康食より、岩田健太郎さんの思いのつまった「はじめに」を公開します。岩田先生のお勧めは、マンガ『きのう何食べた?』(よしながふみ著)の「シロさん飯」。普通で、地味で、安上がりに見える食こそが、健康への近道だといいます。「お金をかけずに健康になろうぜ」――ファイナンシャル・プランナーの資格も持つ著者が、健康と食事について考える際に「大事にしたい」と思っていることとは…??


はじめに――安くて、美味しくて、健康で、楽しい食事


こんにちは。岩田健太郎と申します。感染症とその周辺を専門にしている医者です。

感染症といえば食中毒(ホントかな?)。食中毒といえば、食の安全。食の安全を考えると健康な食事……という流れで、これまでも食と健康について何冊か本を出してきました。

今回も、食事について書いています。テーマはこの「はじめに」のタイトルのとおりです。安いこと。美味しいこと。健康によいこと。そして楽しいこと。この4つのテーマを満たすのが目標です。



これまで、健康と食を語る本といえば、「これを食べれば健康になる」といった、「これだけ食べとけ」的な本や、「これを食べると不健康になる」といった、特定の食事をディスる本が一般的でした。

たとえば、糖質制限。

最近はそれほど騒がれなくなりましたが、一時はこの糖質制限ダイエットが、非常に人気となりました。

糖質、というのは炭水化物のことです。糖質とか、炭水化物とか、わけ分からん、という方もおいでかもしれません。

炭水化物とは、要するにグルコース(砂糖など)の「糖」が連なってできたものです。炭水化物とは、たとえば米とか、パンとか、パスタなどに入っています。あまーい砂糖が連なると、なんで米になるの? とちょっと不思議に思うかもしれません。

でも、ご飯をずっと噛み続けていると、だんだん甘みがでてきませんか? あれは、「糖」が連なってできた炭水化物が、唾液の中の酵素で分解されて、連なっていない「糖」になり、それが甘く感じられるのです。

というわけで、糖質=炭水化物、と考えてください。その摂取量を減らすのが、糖質制限です。



糖質制限にもいろいろな「流派」があります。

一番古いタイプの糖質制限食は、「アトキンス・ダイエット」と呼ばれるもので、1970年代にはすでに提唱されていました。ロバート・アトキンスというアメリカの医師が提唱したもので、他の糖質制限食同様、脂肪分とタンパク質摂取量を増やして、炭水化物の摂取を抑える方法です。

1990年代にぼくがアメリカで研修医をしていたとき、アトキンス・ダイエットはめちゃめちゃ流行していました。当時からアメリカは肥満大国で、多くの人が肥満に悩んでいました。手軽に、簡便に痩せる方法、みたいなものに多くの人が飛びついていました。2002年、アトキンス医師は、有名な雑誌『タイム』で「今年の人」に選ばれてもいます。

しかし、アメリカにおけるアトキンス・ダイエットの流行は、短命に終わりました。

まず、アトキンス医師が2003年に死去しました。死因は脳塞栓によるものと報告されています。加えて、アトキンス医師はもともと虚血性心疾患、心不全、高血圧など複数の病気を抱えていたようです(異論もあるようです)。

そういうこともあって、アトキンスの死後、アトキンス・ダイエットの人気も陰りを見せるようになりました。アトキンスが創業した会社、アトキンス・ニュートリショナルズも2005年に経営破綻します(その後、買収・合併を経て新会社として存続)。

アトキンス・ダイエットは廃れてしまいましたが、「糖質制限」食は専門家から注目され続け、様々な検証がなされてきました。現在でも臨床研究が続けられています。



海外では糖質制限食は一般に、「ケトジェニック・ダイエット」と呼ばれています。ケトジェニック、体の中にケトン体を溜め込むような食事法、という意味です。

糖質制限を行なうと、体を動かすエネルギーを糖に頼れなくなります。すると、体内の脂肪が分解されるのですが、そのときに副産物で出てくるのがケトン体なのです。

ちなみに、海外でいう「ダイエット」とは、「食事療法」あるいは「食事法」のことで、必ずしも減量のことを意味するとは限りません。でもまあ、「be on a diet」と英語でいうと、いわゆる「ダイエット」、減量のことなので、分かりづらいといえば、分かりづらいですね。

さて、ケトジェニック・ダイエット。いったい、どのくらい役に立つのか。

糖尿病や、肥満のある患者さんを対象にした臨床研究は多々あります。その結果、ケトジェニック・ダイエットは、6カ月くらい続けると、血糖値や体重を落とすのには効果があることが分かりました。

しかし、その後、1年くらい経つと、その効果が見られなくなってくることも分かってきました。

糖質制限食は、ストイックで、この食事に固執し続けることができる人だったら、体重を落としたり、血糖値を下げることができ、健康に寄与することも可能かもしれません。

しかしこの食事は、便秘になりやすいとか、逆に下痢が起きたりだとか、頭痛が起きやすいとか、いろいろな症状が出てしまうことも多いのです。

また、脂肪やタンパク質の多い食事を続けるのは、多くの人にとってはしんどいことです。ケトジェニック・ダイエットを続けるのは大変なのですね(*1)(*2)(*3)(*4)。



近年、「SDGs」がいわれていますよね。「Sustainable Development Goals」=「持続可能な開発目標」ですね。で、この「sustainable」=「持続可能」っていうキーワードって、とても大事だと思うのです。

SDGs自体は、複数の社会的な目標です。でも、個人的なレベルでも「sustainable(持続可能)」かどうかは大事なポイントです。

たとえば、食事療法のサステイナビリティ。

ケトジェニック・ダイエットは、健康に寄与する側面もあるのかもしれません。しかし、頭痛や便秘に苦しみながら、我慢しながら、こうした食事を続けるのはしんどいじゃないですか。

もちろん、なかにはケトジェニック・ダイエットを美味しく楽しく続けることができる人もいるとは思います。そういう人はそれでいいのかもしれません。

が、仮にケトジェニック・ダイエットがしんどいものであるならば、そういうしんどい思いをして、無理して健康を得ても、楽しくないですよね。

健康は、とても大事な側面ではありますが、人は健康になるために生きているのではありません。健康になるために苦痛を伴う食事を我慢しなければならない、というのはちょっとした本末転倒だとぼくは思います。

つまり、ある食事方法が「持続可能」であるためには、「楽しくなければならない」とぼくは思うのです。また、そもそも持続可能でなければ、健康に対する効果も期待できません。「短期的に得られた健康」なんて、意味ないですから。長期的に得られてこその、健康効果ですから。


さらに、「持続可能」であるためには、コストが安くなければいけません。高額な食事方法では、一部の人にしか「持続可能」ではありませんから。お財布に優しいお値段で、いつまでもほとんどの人が継続できる。そういう食事方法でなければ「絵に描いた餅」ということになりかねません。

そこで、本書です。本書は健康に寄与する食事のエビデンスを吟味します。

が、単にエビデンスがあるだけでは十分とはいえません。そこに「楽しい」という要素を加味します。「楽しい」は持続可能性と密接に関係しているからです。

楽しくて、健康に寄与する。これを模索するのが、本書の目的です。そして、その答えは本書の中にあると思っています。

(*1)Foster GD, Wyatt HR, Hill JO, McGuckin BG, Brill C, Mohammed BS, et al. A randomized trial of a low-carbohydrate diet for obesity. N Engl J Med. 2003 May 22;348(21):2082‒90.
(*2)Samaha FF, Iqbal N, Seshadri P, Chicano KL, Daily DA, McGrory J, et al. A low-carbohydrate as compared with a low-fat diet in severe obesity. N Engl J Med. 2003 May 22;348(21):2074‒81.
(*3)Stern L, Iqbal N, Seshadri P, Chicano KL, Daily DA, McGrory J, et al. The effects of low-carbohydrate versus conventional weight loss diets in severely obese adults: one-year follow-up of a randomized trial. Ann Intern Med. 2004 May 18;140(10):778‒85.
(*4)Rafiullah M, Musambil M, David SK. Effect of a very low-carbohydrate ketogenic diet vs recommended diets in patients with type 2 diabetes: a meta-analysis. Nutrition Reviews. 2022 Mar 1;80(3):488‒502.


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安い・美味しい・簡単――実践 健康食

目 次


はじめに――安くて、美味しくて、健康で、楽しい食事

第1章 日本人は健康ではないのか?

日本特有の言葉「いただきます」/健康とエゴイズム/日本人の長寿の理由/現段階で一番の健康食――「地中海食」/茶色い炭水化物と、白い炭水化物/ご飯は糖尿病を増やすのか/極端に走らない、結論に飛びつかない

第2章 リスクは分散せよ――安心な食事とは何か

資産管理の鉄則/糖質制限するにしても、緩やかにやるのが大事/マスクの効果(価値)も変化する/選択肢を多く持つ――米というエネルギー源の重要性/日本の食事はリスクが高いのか/エビデンスの落とし穴――「赤い肉はよくない」の意味/肥満についてのエビデンス――異なる背景や文脈/日本人の長寿に寄与しているのは、食べすぎが少ないこと/DASH――高血圧を止めるための食事法アプローチ/日本の食事の、DASHや地中海食との親和性/イタリアでも消滅寸前の地中海食――でも、ぼくらの食事に適用できる

第3章 シロさん飯に学ぶ――「ふつうのご飯」がなぜ健康によいのか

シロさん飯と健康を結びつける、あるコンセプト/『きのう何食べた?』型の食事、シロさん飯とは/健康と食のデータの見方――個人の経験と一般法則/短期的に結果が出るものと、長期間でなければ分からないもの/プラセボ効果とその注意点――①副作用/プラセボ効果とその注意点――②高額の出費/病気の予防に役立つと認められた「トクホ」成分は2つだけ/健康食品のブランド効果/魚の油は体によいか――これも程度の問題/プロバイオティクスも買う必要はない――「俺のエビデンス」も重要ではあるが/ナッツやチョコレート――フラボノイドの効果は?

第4章 健康な食事とは?――エビデンスとの関係

「個人の経験」を超えたもの、それがエビデンス/エビデンスとは「比較」である/程度問題として判断する/漸近性の問題――データが「あなた」に近づいてくる/誰を対象にしたデータか/ベスト・エビデンス/データはどこにあるか/科学論文を正しく読むのに必要な力/なぜ日本の医者は英語力がないか/信用できる「健康本」の見分け方

第5章 カネの話は大事

健康になるのは何のためか/生きるためにはカネが要る/「金の亡者」だった――超貧乏な研修医時代/貧乏時代の副産物/お金はそこそこ、困らない程度にあったほうがよい/得られた健康は、コストに見合っているか?/10万円のPET検診はどれくらい有効なのか?/食と健康を語るときに、お金の話は避けてはいけない/お金をかけて健康になって、何を目指すのか/「痩せる」ことを目指す危険/BMIと死亡リスク――どこからが不健康?/BMIの問題点

第6章 医療とコスト、健康とコスト

医学にも必要な「コスト」の視点/コスト効果の高い生活習慣――まずは禁煙から?/酒には「適量」はない?/健康でいるためのコストと、人生を楽しむためのコスト/健康利得を安上がりに得る――アーモンドは健康? 危険?/完璧な栄養食品「アボカド」と、あらゆるコスト/有機農業は健康コストがよいか/それが「どのくらい」健康に寄与するか/有機農法による利得の大きさは?/有機農法のリスクとコスト/日本の野菜や果物は「かなり大丈夫」/人生で一番美味しかったグリルドチキン

第7章 「シロさん式」食材選び――安くて最強な買い物術

コスト効果を高める食材購入法/自炊が基本、スーパーで買い物することが基本/買い物のポイント① 特売品だけを買う/買い物のポイント② グループ分けして買う/旬のものが最強な理由/もともと安い食材もある/「一日の食事のうちで、一番好きなのは朝食」/朝の市場の楽しみ/果物は朝食で/旬のフルーツを毎朝のルーティンに入れる/(特に何も考えずに)支出を減らす――同時に得られる「多様性」/でも、献立はどうするの?/無駄なロスを省くことによる経済効果/食の最大のリスクは「飢え」――食品ロスを回避するために/サステイナビリティを無視した「健康」議論の驕り/飢餓の回避が根本問題/飢餓、栄養失調の克服の先にある「マシな飽食」議論/食べ物をダメにしないために――賞味期限はお忘れなさい/消費期限の真実――微生物は加熱すれば死ぬ!/菌のリスクは「時間」が大切/リスクは自分で管理する――食べるもリスク、捨てるもリスク/レバ刺しは悪くない/食品衛生法の無駄と、営業停止という無意味ないじめ

第8章 楽しく食べる

子どもの食育は「興味」から/「魚のとり方」を教えるより前に、「魚を好き」になってもらう/こだわらない、信念はいらない/白い肉、赤い肉、加工肉……/日本人の牛肉消費量は、もともととても少ない/赤い肉、白い肉、加工肉のリスクは、いまだ分からないことだらけ/規則正しい食事はすすめない理由――それは「偏食」である/将来、発見されるかもしれないエビデンスの可能性を顧慮する/高齢者ほど羽目を外そう/否定から入らない健康法/長生きするためのシングルアンサーはない/なんとかをするな、という語法で健康を論じない/不寛容な食事法はノーサンキュー/クックパッドを使わなくても大丈夫/家事の分担はサッカー的に/ぼくが朝の家事の時間が好きな理由/チームパフォーマンスの最適化、家族のハッピー度合いの最大化/朝の家事でタイムマネジメントに熟練する/本当の意味での「ジェネラル」を/ぼくがFPの資格を取った理由――新たな世界観がもたらす価値/医療のフレームの外から患者に寄り添う――スポーツ医学、旅行医学の例/妊婦にも厳しすぎないように/「化学」は体に悪く、「自然」は体によい?/「何を食べるか」から「どう食べるか」に

おわりに
【引用文献】

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以上、光文社新書『安い・美味しい・簡単――実践 健康食』(岩田健太郎著)より一部を抜粋して公開しました。

◎内容
感染症内科教授でありながら、ファイナンシャル・プランナー、ワインエキスパート・エクセレンスの資格も持つ著者が、「お金をかけずに、美味しく楽しく健康になる食事」について考える。
流行りの健康食品、健康法、サプリなどに大金を払っている人は多いが、それに見合う健康利得を得ているかといえば、実はそうではない。また短期的には効果的に思える健康法も、持続できなければ意味がない。
お勧めは、マンガ『きのう何食べた?』(よしながふみ著)の「シロさん飯」。普通で、地味で、安上がりに見える食、これこそが、健康への一番の近道なのだ。さて、その理路は?
他にも、健康と食のデータの見方やリスクの考え方、エビデンスとの向き合い方、食の安全と健康コストの関係などについて、具体的に解説する。

光文社新書『実践 健康食』(岩田健太郎著)は、全国の書店、オンライン書店にて好評発売中です。電子版もあります。

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【著者プロフィール】


岩田健太郎(いわた・けんたろう)
1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター感染症リスクコミュニケーション分野および大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。「感染症パニック」を防げ!』『丁寧に考える新型コロナ』『予防接種は「効く」のか?』『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』『1秒もムダに生きない』『99・9%が誤用の抗生物質』『ワクチンは怖くない』『サルバルサン戦記(以上、光文社新書)、『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)、『絵でわかる感染症 with もやしもん』(講談社)など著書多数。


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