はじめに――安くて、美味しくて、健康で、楽しい食事
こんにちは。岩田健太郎と申します。感染症とその周辺を専門にしている医者です。
感染症といえば食中毒(ホントかな?)。食中毒といえば、食の安全。食の安全を考えると健康な食事……という流れで、これまでも食と健康について何冊か本を出してきました。
今回も、食事について書いています。テーマはこの「はじめに」のタイトルのとおりです。安いこと。美味しいこと。健康によいこと。そして楽しいこと。この4つのテーマを満たすのが目標です。
これまで、健康と食を語る本といえば、「これを食べれば健康になる」といった、「これだけ食べとけ」的な本や、「これを食べると不健康になる」といった、特定の食事をディスる本が一般的でした。
たとえば、糖質制限。
最近はそれほど騒がれなくなりましたが、一時はこの糖質制限ダイエットが、非常に人気となりました。
糖質、というのは炭水化物のことです。糖質とか、炭水化物とか、わけ分からん、という方もおいでかもしれません。
炭水化物とは、要するにグルコース(砂糖など)の「糖」が連なってできたものです。炭水化物とは、たとえば米とか、パンとか、パスタなどに入っています。あまーい砂糖が連なると、なんで米になるの? とちょっと不思議に思うかもしれません。
でも、ご飯をずっと噛み続けていると、だんだん甘みがでてきませんか? あれは、「糖」が連なってできた炭水化物が、唾液の中の酵素で分解されて、連なっていない「糖」になり、それが甘く感じられるのです。
というわけで、糖質=炭水化物、と考えてください。その摂取量を減らすのが、糖質制限です。
糖質制限にもいろいろな「流派」があります。
一番古いタイプの糖質制限食は、「アトキンス・ダイエット」と呼ばれるもので、1970年代にはすでに提唱されていました。ロバート・アトキンスというアメリカの医師が提唱したもので、他の糖質制限食同様、脂肪分とタンパク質摂取量を増やして、炭水化物の摂取を抑える方法です。
1990年代にぼくがアメリカで研修医をしていたとき、アトキンス・ダイエットはめちゃめちゃ流行していました。当時からアメリカは肥満大国で、多くの人が肥満に悩んでいました。手軽に、簡便に痩せる方法、みたいなものに多くの人が飛びついていました。2002年、アトキンス医師は、有名な雑誌『タイム』で「今年の人」に選ばれてもいます。
しかし、アメリカにおけるアトキンス・ダイエットの流行は、短命に終わりました。
まず、アトキンス医師が2003年に死去しました。死因は脳塞栓によるものと報告されています。加えて、アトキンス医師はもともと虚血性心疾患、心不全、高血圧など複数の病気を抱えていたようです(異論もあるようです)。
そういうこともあって、アトキンスの死後、アトキンス・ダイエットの人気も陰りを見せるようになりました。アトキンスが創業した会社、アトキンス・ニュートリショナルズも2005年に経営破綻します(その後、買収・合併を経て新会社として存続)。
アトキンス・ダイエットは廃れてしまいましたが、「糖質制限」食は専門家から注目され続け、様々な検証がなされてきました。現在でも臨床研究が続けられています。
海外では糖質制限食は一般に、「ケトジェニック・ダイエット」と呼ばれています。ケトジェニック、体の中にケトン体を溜め込むような食事法、という意味です。
糖質制限を行なうと、体を動かすエネルギーを糖に頼れなくなります。すると、体内の脂肪が分解されるのですが、そのときに副産物で出てくるのがケトン体なのです。
ちなみに、海外でいう「ダイエット」とは、「食事療法」あるいは「食事法」のことで、必ずしも減量のことを意味するとは限りません。でもまあ、「be on a diet」と英語でいうと、いわゆる「ダイエット」、減量のことなので、分かりづらいといえば、分かりづらいですね。
さて、ケトジェニック・ダイエット。いったい、どのくらい役に立つのか。
糖尿病や、肥満のある患者さんを対象にした臨床研究は多々あります。その結果、ケトジェニック・ダイエットは、6カ月くらい続けると、血糖値や体重を落とすのには効果があることが分かりました。
しかし、その後、1年くらい経つと、その効果が見られなくなってくることも分かってきました。
糖質制限食は、ストイックで、この食事に固執し続けることができる人だったら、体重を落としたり、血糖値を下げることができ、健康に寄与することも可能かもしれません。
しかしこの食事は、便秘になりやすいとか、逆に下痢が起きたりだとか、頭痛が起きやすいとか、いろいろな症状が出てしまうことも多いのです。
また、脂肪やタンパク質の多い食事を続けるのは、多くの人にとってはしんどいことです。ケトジェニック・ダイエットを続けるのは大変なのですね(*1)(*2)(*3)(*4)。
近年、「SDGs」がいわれていますよね。「Sustainable Development Goals」=「持続可能な開発目標」ですね。で、この「sustainable」=「持続可能」っていうキーワードって、とても大事だと思うのです。
SDGs自体は、複数の社会的な目標です。でも、個人的なレベルでも「sustainable(持続可能)」かどうかは大事なポイントです。
たとえば、食事療法のサステイナビリティ。
ケトジェニック・ダイエットは、健康に寄与する側面もあるのかもしれません。しかし、頭痛や便秘に苦しみながら、我慢しながら、こうした食事を続けるのはしんどいじゃないですか。
もちろん、なかにはケトジェニック・ダイエットを美味しく楽しく続けることができる人もいるとは思います。そういう人はそれでいいのかもしれません。
が、仮にケトジェニック・ダイエットがしんどいものであるならば、そういうしんどい思いをして、無理して健康を得ても、楽しくないですよね。
健康は、とても大事な側面ではありますが、人は健康になるために生きているのではありません。健康になるために苦痛を伴う食事を我慢しなければならない、というのはちょっとした本末転倒だとぼくは思います。
つまり、ある食事方法が「持続可能」であるためには、「楽しくなければならない」とぼくは思うのです。また、そもそも持続可能でなければ、健康に対する効果も期待できません。「短期的に得られた健康」なんて、意味ないですから。長期的に得られてこその、健康効果ですから。
さらに、「持続可能」であるためには、コストが安くなければいけません。高額な食事方法では、一部の人にしか「持続可能」ではありませんから。お財布に優しいお値段で、いつまでもほとんどの人が継続できる。そういう食事方法でなければ「絵に描いた餅」ということになりかねません。
そこで、本書です。本書は健康に寄与する食事のエビデンスを吟味します。
が、単にエビデンスがあるだけでは十分とはいえません。そこに「楽しい」という要素を加味します。「楽しい」は持続可能性と密接に関係しているからです。
楽しくて、健康に寄与する。これを模索するのが、本書の目的です。そして、その答えは本書の中にあると思っています。
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安い・美味しい・簡単――実践 健康食
目 次
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以上、光文社新書『安い・美味しい・簡単――実践 健康食』(岩田健太郎著)より一部を抜粋して公開しました。
光文社新書『実践 健康食』(岩田健太郎著)は、全国の書店、オンライン書店にて好評発売中です。電子版もあります。
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