イモノプレートで食らう!ワイルドステーキ|パリッコの「つつまし酒」#71
人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動!
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。
100均で発見。新たな晩酌グッズ
新型コロナウィルスの感染者数が再び増加しはじめ、一時はこのまま収束に向かってくれるのかな? などと抱いてしまった淡い期待をよそに、まだまださまざまなことに気をつけないといけない日々が続きそうです。というわけで相変わらず、家飲みの新たなる可能性を探求中。何か楽しい家飲み向上グッズはないかな~? と、今日も100均に向かうのでした。
で、今回気になったのは、地元のダイソーで300円で売られていた「イモノのステーキプレート」。イモノ、鋳物、とは、金属を溶かして型に流しこむ方法で作られた、鋳造金属製品のこと。スキレットなんかに代表される、重い重い、鉄製の調理器具の類。そういえば近年、アウトドア界隈で「鉄板」が熱いと聞いたことがある。いや、熱した鉄板をさわると熱くて危ないよ、という話ではなくて、厚みのある鉄板で焼いた肉が、実は網焼きよりも美味しい! みたいな。なんでも、厚い鉄板というのは一度火にかけて熱々にすると冷めにくい。ぶ厚い肉を乗せても温度の変化が少ない。よって、熱が食材に均一に回り、旨味を逃さず柔らかく焼けるんだそうですね。考えてみればステーキ専門店なんかでは、たいがいこの鉄板に乗って肉が出てきますよね。そんなイモノのプレートがたったの300円で売られている。最近の百均は本当にすごいよなぁ。これ、買ってみっか。あ、いいことも思いついちゃったぞ。うふふ。よし、今夜は鉄板焼きステーキ晩酌に決定だ!
「超お手軽熱々プレート」作戦
その日、僕は仕事を終えるやいなや、仕事場にあるウッドデッキでステーキ晩酌の準備にとりかかりました。そう。せっかくワイルドにステーキを食らうならお外で、と考えたわけですね。用意したのは、まずはステーキプレート。初回使用時は、洗剤で洗い、火にかけ、多めの油でクズ野菜を炒め、冷まして水洗いし、再度火にかけて油を塗っておく「シーズニング」という作業が必要になるので、もちろんこれは昼間に済ませておきました。それから、固形燃料を乗せて使うポケットストーブ。ターボライター。肉を切るナイフにまな板。よく考えると、燃料もライターもナイフも以前にダイソーで買ったものだ。本当にありがたいなぁ、百均様は。で、このポケットストーブの上にプレートを乗せて固形燃料で炙る「超お手軽熱々プレート」で、直接ステーキを焼いてみようというのが今日の趣旨なわけです。
黒光りするプレートが存在感抜群
肉は、プレートを買ったその足でスーパーに寄り、ゲットしておきました。スーパーの精肉売り場でいちばんワイルドそうな肉。せっかくのこけら落としだ。奮発して予算は1000円! と選んだのが、九州産黒毛和牛のスネ肉角切り。煮込み用と書いてありますが、黒毛和牛なら焼いただけでも食べれられるに違いない。それに、少々歯ごたえが強かったとて、それが今日の気分なわけですし。
グラム100円前後を目安に肉を買う身としては超高級肉
こいつは想像以上だぜ
準備万端整いました。それでは肉を焼いていきましょう! と、ここでいきなりの致命的なミスが発覚。絶対にもらって帰ろうと思っていた牛脂をもらい忘れてますね。本当抜けてるんだよなぁ、自分。どうしよう、仕事場だから調理用の油もない。唯一油っぽいのはマヨネーズくらいか。しょうがない、これでいいかぁと、火にかけた鉄板に油がわりのマヨネーズをちゅー。燃料に着火すると2、3分で鉄板が温まり、マヨネーズが溶けだしました。うん、なんとかいけそうだ。
この厚切り肉の迫力、さながら山脈!
満を持してプレートへ、肉と、合わせて買っておいた地物野菜のプチトマト、青唐辛子を投入。若干心配していた火力も問題なく、鉄板からはジューッと景気の良い音がしています。肉の片面に焦げ目がついたら裏返し、順に側面も焼いていく。全面焼けたらニンニク風味のステーキ醤油をどばー。一気に曇るメガネ。やがて湯気が晴れ、僕が目の当たりにしたのは、まるで桃源郷のような光景だったのでした……。
完璧
これはもう、どこからどう見ても店のステーキ! それもとびっきりの! いったんまな板に移動させてカットし、再び鉄板に戻してみると、いかにも香ばしそうな表面の焦げ目と超レアーな断面のコントラストが神々しいばかりです。
もうたまらん
この荒々しいビジュアルと、焦げた肉に絡みつくニンニク醤油の香り。火がつきましたよね。僕の野生に。
たまらず一片の肉にかぶりつく。うわー、想像の10倍柔らかい! ぜんぜんステーキでいけるっていうか、もはやステーキのための肉としか思えない。そしてあふれるジュージーな肉汁。高貴なる牛肉の旨味。ニンニク醤油のパンチ。こいつは想像以上だぜ。あきらかに、明確に、自分が人生で焼いてきたステーキ史上いちばんうまい。てゆーかケタが違う。
ここでジョッキに注いだビールをぐびぐびー! はい。もはや理性も吹っ飛びました。次から次へと肉を口へ運んで成敗していく。ひときれたべてはビールをごくごく。燃料にはまだ火がついたままなので、ステーキがレアーから徐々にミディアムに変化していく。その飽きさせなさもまたいい。ふと思い出したように野菜を食べてみると、これがまたジューシーに焼けていてうまい。汗はダラダラ。頭はクラクラ。
いや〜、このお手軽熱々プレートセット、ちょっととんでもなかったですね。家ステーキの満足度が格段に飛躍する。控えめに言って、最高。普通に言って、神。過剰めに言うと、宇宙の誕生、ビッグバン。
たった300円で、良い買い物ができたな~。
いつまでも記憶に残りそうな晩酌となりました
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco