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在位70年、エリザベス女王が国民から愛された理由|多賀幹子

英王室を知ることは、イギリスを知る早道でもある。イギリスの価値観、歴史、文化、伝統、慣習は、王室の中にこそ詰まっているーー。イギリス社会を長く見続けてきたジャーナリストの多賀幹子さんは、2021年7月に上梓した『孤独は社会問題』で「英王室」の役割について多くのページを割いて紹介しています。イギリスの君主として歴代最長となる70年にわたって在位してきたエリザベス女王。その活動とお人柄はどのようなものだったのでしょうか。本文の一部を抜粋してご紹介いたします。

国賓らのもてなし

エリザベス2世女王(以下、女王)の仕事の幅は広い。まずは、外国から訪れた国王、首相、大統領夫妻などをもてなす。たとえば、2019年6月初旬、2泊3日の日程で訪英した国賓トランプ大統領(当時)とメラニア夫人の場合は、バッキンガム宮殿の中庭での歓迎式典から始まった。エジンバラ公フィリップ殿下が高齢を理由に2017年に引退したので、女王は単独で臨んだ(殿下は22021年4月9日に逝去。享年99)。

ただ、整列した近衛兵を閲兵したのは、女王に代わってチャールズ皇太子だった。だが、その夜に催されたバッキンガム宮殿での晩餐会の主催者はあくまで女王で、堂々たるスピーチを披露している。

このような国賓を迎えての晩餐会はバッキンガム宮殿やロンドン郊外のウィンザー城で年に1、2回開かれる。女王が国賓を晩餐会に迎えるのは、トランプ大統領で113回に達する。在位69年(2021年5月現在)の英王室最長の在位期間を考えればもっともな数かもしれない。ちなみに、女王在位中に就任したアメリカ大統領は、バイデン現大統領を含めて14人を数える。そのうち女王に謁見したのは、ケネディ、クリントン、オバマ、トランプなど13人で、リンドン・ジョンソンのみ公式訪問がなかった。

女王は、2015年より公式外遊は行っていない。外国訪問は、チャールズ皇太子やウィリアム王子、ヘンリー王子らが代行している。それぞれカミラ夫人、キャサリン妃、メーガン妃を伴うことも多い(ただ、ヘンリー王子とメーガン妃は2020年3月末に王室離脱のため、それ以降の外遊はない)。

国内では、6月第二土曜日とほぼ決まっている女王の公式誕生日のイベントに参加する。他に、主な社交行事としてチェルシーフラワーショー、アスコット競馬、ウィンブルドンテニス選手権などがあるが、前の二つには決まって足を運ぶ。これらはイギリスの天候が安定して良好であることが期待できる5月、6月に集中している。

さらにバッキンガム宮殿の中庭では、年に3回ほどガーデンパーティーが開かれる。女王は毎年7月下旬から9月にかけてロンドンを離れスコットランドに滞在するが、エジンバラのホリールード宮殿で1回、友人、知人らを招いて、ガーデンパーティーを開く。合計4回のパーティーに約2万7000人がゲストとして招かれ、約3万杯の紅茶と約2万人分のサンドイッチとケーキが振る舞われる。なお、2021年はコロナ禍のために、すべてのガーデンパーティーは中止になった。

その他に、女王は学校、病院、博物館、美術館、企業などの除幕式や開所式、記念行事に出かけるが、それはロンドンばかりでない。地方都市であってもまめに足を延ばす。

誰よりも政治に詳しく、世界情勢に精通する

また、首相が毎週、謁見に宮殿を訪れ、政治情勢や議会運営などの説明を行う。女王は政治的中立を保ち、意見の違いがあっても首相の助言に従う必要があるとされる。また女王と首相の話した内容は、外に漏らさない決まりもある。

政治について女王が誰よりも詳しく、世界情勢について知り尽くしているといわれるのは、首相との長年の会談の積み重ねによるものかもしれない。女王が君主となってからの首相を振り返ると、まずチャーチルが戴冠式の時の首相だった。そして、サッチャー、ブレア、キャメロン、メイ、現在のジョンソン首相と続く(2022年9月からリズ・トラス首相 *編集部注)。ジョンソン首相は女王在位期間中では14人目の首相となる。これだけ途切れることなく毎週、政治関連の話をじかに聞いてきたのだ。蓄積は膨大といえるだろう。

女王は、このところ公務を減らしてきた。2016年は332件であったのが、2018年は283件となった。確かに50件近く減っている。それでも283件とは年齢を考慮すれば驚異的な仕事ぶりだ。2020年はコロナ禍のため、激減した。

コロナ禍で国民に与えた勇気

女王ばかりではなく、成人ロイヤルそれぞれが総数3000を超す慈善団体のパトロンを分担する。パトロンと聞くと、日本では、主に男性から女性への経済的援助と交換に性的な見返りを要求する〝パパ活〟のようなイメージを持つことがあるかもしれない。しかしイギリスで「パトロン」といえば、チャリティー団体への支援を意味することがほとんどで、その場合は悪いイメージはない。

まず女王だが、600を超えるチャリティー団体のパトロンを務める。アンケート調査によるロイヤルの人気ランキングでは、女王はいつもウィリアム王子やキャサリン妃などよりも上で、第1位を誇る。名君としての地位は揺るぎない。それだけに、女王「後」を心配する声も高い。

ここに降って湧いたのが、新型コロナウイルスだ。

高齢の女王は、2020年3月感染者数が際立つロンドンを離れた。ロンドン中心部に位置するバッキンガム宮殿を後にして、郊外のウィンザー城に移った。フィリップ殿下は引退後、主にサンドリンガム宮殿で生活していたが、女王に合流して、ご夫妻がウィンザー城で隔離生活に入った。ともに90代なので、もっともな対応といわれた。2人の世話をするスタッフも精鋭20人ほどに絞り、執事、秘書、料理係などとともに暮らした。スタッフは休暇を取って家族に会うことも控え、文字通り細心の注意を払った。「女王が新型コロナに感染した姿など、想像しただけでぞっとする」「それだけは絶対に避ける」との強い使命感を持った人たちに守られた。

しかし、そのまま国民から遠ざかってしまう女王ではなかった。4月には、ウィンザー城から国民を慰め鼓舞する演説を行った。

撮影は、PCR検査と2週間の隔離を済ませたカメラマンと女王だけで大部屋で行われた。女王はメイクも自分で行った。「家族とも、友人ともまた会えます。また私たちは会うのです」と結んだ時は、国民から感動の言葉があふれた。「圧倒的な存在感」「94歳の女王の励ましに、頑張らねばと思った」「国民を一つにまとめる力をお持ちだ」などの声が続いた。この後、女王の「また会うのです」を国民は何度も互いに言い合った。恐怖と不安に押しつぶされそうな時に、女王のスピーチは希望を与えた。

女王の特別スピーチは、第二次世界大戦時に親と離れて疎開を余儀なくされた子どもたちに勇気を与える14歳の時に始まって、ダイアナ妃の突然の死を悼むものなど数は多くない。派手なパフォーマンスもなく、淡々と語りかけるだけなのだが、誠実な姿勢に多くの人が胸を打たれる。

また、2020年6月には、初のZoomでの公務を行った。家族や友人を無償で介護する約700万人を支援する「ケアラーズ・ウィーク」(6月8日~14日)にちなんで、女王が介護者と話をした。チャリティー団体のパトロンであるアン王女も加わり、4人の女性たちの話に耳を傾け、質問をして理解を深め、ねぎらって感謝の言葉で結ぶ。さらに二度目のオンライン会議では、女王は世界各地の軍人らと交流した。女王は、画面の向こうの参加者の話を一言も聞き逃すまいと耳を澄ます。そしていつものように、このひとときを持てて「喜ばしい」と笑顔を見せた。

女王の、顔を見せ、話を聞き、感謝して励ます姿勢は在位69年となっても、変わらない。危機の時こそ、国民のそばにいたい、心を寄せたい、という気持ちがあふれ出る。

また、いつまでも室内にこもる女王ではなかった。7月、緩和が一部進んだころ、女王は退役軍人トム・ムーアさんにナイトの爵位を授与した。これで、彼は今後「サー」の称号の使用が認められる。100歳のムーアさんは、医療従事者のために約44億円の寄付を集め話題になった。国民から敬愛されるムーアさんへの爵位授与の式典を自主隔離後初の女王の対面公務に位置付けるとは、女王の判断はいつも的確だ、と称賛された(ムーアさんは2021年2月、新型コロナウイルスに感染して亡くなった)。

同時にこの日に、孫娘ベアトリス王女の結婚式が行われた。女王が結婚式の時に着用したティアラを王女に貸与している。父アンドルー王子のスキャンダルとコロナ禍による結婚式の二度の延期で落ち込んだ王女の気持ちを一気に明るくした。

目次

はじめに
第一章 孤独担当大臣の創設
第二章 孤独を救う一歩
第三章 英王室の役割
第四章 ノブレス・オブリージュ
第五章 ロンドンを歩けば
第六章 弱者を切り捨てない社会
おわりに

著者プロフィール

多賀幹子(たがみきこ)
東京都生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。企業広報誌の編集長を経てフリーのジャーナリストに。元・お茶の水女子大学講師。1983年よりニューヨークに5年、’95年よりロンドンに6年ほど住む。女性、教育、社会問題、異文化、王室をテーマに取材。執筆活動のほか、テレビ出演・講演活動などを行う。著書に、『ソニーな女たち』(柏書房)、『親たちの暴走』『うまくいく婚活、いかない婚活』(以上、朝日新書)などがある。

多賀幹子さん


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