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できる奴ほどよく休む?――休学する東大生が急増している理由とは?|中村正史

東大と東大生が転換期を迎えている。花形だった官僚志望は激減。就職先としても、外資系コンサルやITが人気を集める。加えて目を引くのが、この10年で倍増した休学者だろう。定型化された「エリート」志向に疑問を抱く東大生たちは、進んでそのレールから外れるようになっている。周囲や社会の期待を背負うからこそのジレンマ。東大生が抱えるその苦悩に目を向けることで、「失われた30年」来の日本社会に通底する不調の構造も見えてくる。

今、東大で何が起こっているのか? 知られざるその実態に迫った中村正史さんの『東大生のジレンマ』より、第1章「休学する東大生」の冒頭部分を公開します。

10年あまりで2倍近くに急増した休学者

 学生団体や会社を立ち上げた東大生に会っていると、複数の学生から興味深いことを聞いた。

「最近は休学して自分のやりたいことをする人が増えているんですよ」

 受験エリートである東大生と休学のイメージとは、すぐには結びつかない。本当だろうか。
 気になって、公表されている教育情報からその端緒がつかめないかと思い、東大のホームページを調べてみた。すると「学生数の詳細について」のなかに、在籍者数に続いて、内数として外国人学生数と休学者数が、学部や大学院研究科ごとに載っていた。データは2009年まで遡って掲載されている。
 2022年までの休学者の数字を学部ごとに抜き出し、見ているうちに驚いた。学部生の休学者は年を追って増え、2022年の休学者(5月1日現在)は387人。2009年の209人に比べて、85%も増えていた。休学者は2016年に300人を超え、2019年には375人になった。新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年以降は、行動が制限されたことで減っているのではないかと思ったが、それまでと同程度の増加傾向が続いていた(表参照)。


学部別に見ると、文学部や工学部、1〜2年次の教養学部前期課程の休学者が多い。一方で、大学院生は2009年以降でほとんど変化がない。大学院に進学すると、将来の方向性がはっきりするからではないか、学部生に何らかの変化が起きているのは間違いなさそうだ、と思った。


変わる「エリート」像

 後でわかることだが、東大の休学者がこの10年余りで2倍近くに急増していることは、東大の教職員や学生たちもほとんど知らないことだった。
 データを書き写した後、2008年以前のデータはないか、休学者が増えた理由をどうとらえているのか、広報課に取材を申し込んだ。だが、返事は期待外れだった。「2008年以前の休学者数は保存年限(10年)を過ぎているため、対外的に提示できる正確なデータはない」、休学者が増えている理由についても「大学としてその点を分析してはおらず、申し上げられる見解がない」ということだった。要は、休学者が急増していることやその背景について、把握、分析していないのだ。学生の動向やメディアへの発信に鋭敏な私立大学なら、気の利いたコメントを出すだろうに、と思った。
 一般的に、大学生の休学はネガティブにとらえられることが多い。病気やメンタル面の不調、経済的な事情などによるケースが多く、退学につながりかねないからだろう。確かに、東大でもこうした理由による休学もあるだろうが、これだけの増加傾向の背景には、何か他の要因があるに違いない。
 かつての東大には、優秀な学生ほど早く結果を出して卒業する風潮があった。在学中に司法試験に受かったり、法学部を卒業してすぐに助手になったり、あるいは3年生で外交官試験に合格し、中退して外務省に入るケースもあった。
 卒業を延ばす休学者の急増は、「早く結果を出す」という、これまでの風潮とは逆行する動きである。こうなると、実際に休学した学生に聞いてみるほかない。

以上、第1章「休学する東大生」の冒頭部分になります。以降、進んで休学を選んだ東大生たちのエピソードが並びます。どんな理由で、なにを考えて東大から離れるのか。気になるこのつづきは、ぜひ『東大生のジレンマ』本編でご確認ください。

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著者プロフィール

中村正史(なかむらまさし)
1958 年生まれ、大分県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。毎日新聞社を経て朝日新聞社に入社。毎日新聞記者時代から長年にわたって教育・大学問題に携わり、「週刊朝日」記者時代の’94 年、受験偏差値と大学神話に代わる新たな大学評価を求めて朝日新聞社刊「大学ランキング」を企画し創刊。2008 ~ ’15 年に編集長を務めた。「AERA with Kids」「医学部に入る」「月刊 ジュニアエラ」(以上、すべて朝日新聞出版刊)なども創刊した。’20 年4 月から朝日新聞社教育コーディネーター、教育情報紙「朝日新聞EduA」アドバイザー。大学教育、大学改革、高大接続、大学入試、文系・理系の壁、部活と勉強などを主なテーマに取材・執筆している。’23 年4 月からは大学進学を考えるウェブメディア「朝日新聞Think キャンパス」の総合監修者も務める。

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