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ケバブ気分の日

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

気になるお店がオープンしたものの

「ケバブ」の存在を意識するようになったのはそんなに昔のことじゃありません。少なくとも自分が子供の頃はまだ知らなかったはず。
 それがいわゆる、「ドネルケバブ」というやつですよね。縦に1本通った鉄串の周りに謎の肉がすごい厚みで巻きつけてあって、それを回転させながら焼いて、削ぎ落として、ドラえもんのポケットみたいな形のパンにサンドイッチ風に詰めて出してくれるやつ。10〜15年くらい前くらいからかな? トラックなんかを改造したドネルケバブの屋台をよく見るようになった。ただ、「あれなんなんだろ? 美味しそ〜」とは思えど、まったく未知の料理。すごく積極的に食べるということはありませんでした。今までの人生でも、気まぐれに食べたこと、5回もないかもしれません。

 ところがですね、僕の住む石神井公園の隣、大泉学園という駅近くに、数年前に気になるお店ができたんですよ。「HORUS KEBAB(ホーラスケバブ)」という、ずばりケバブ屋さん。しかも、屋台ではなくてテーブル席のある普通のお店。しかも、ここが最大のポイント! なんと店頭の看板に「お酒の持ちこみ自由!」と書いてある。その横に「ソフトドリンクは用意があるから店内で注文してね!」とも添えてある。なんちゅ〜酒飲みびいきな店だ。むしろ、お酒を飲まない人がかわいそうですらあるシステムじゃないか。
 当然「よし、こんど行ってみよ」ということになりますよね。「近々、ケバブ気分の日がやってきたら、ケバブ飲みしよ」と。
 ところがちょっと考えてみてください。ケバブ気分の日って、そうそうやってきます? 「今日は焼鳥の気分」「今日はお刺身の気分」って日は、いくらでもありますよそりゃ。でも「今日は絶対、ケバブ!」っていう日が定期的にやってくる人って、こと日本においては多数派じゃないと思うんですよね。
 気がつけばお店がオープンしてから何年か経っちゃってた。ふと、こんなことではいけないと思い、先日、起き抜けに布団のなかで「ケバブケバブケバブケバブケバブ……」と300回ほど唱えてみた。すると、夕方に仕事を終える頃には、きちんと「ケバブ気分」になっていたというわけなんですね。

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「HORUS KEBAB」

もう完全にケバブ気分だし

 お店へ向かう前に、まずは駅前のコンビニでお酒を仕入れておく必要があります。「宝極上レモンサワー」というのが目に入る。「おうちで乾杯! レモンサワーフェスティバル気分」なんて文字が踊っている。まさにケバブフェスティバル気分な今日のためのお酒だ。500ml購入。
 南口を線路沿いに1分も歩けばお店に到着。ところがなんと、久しぶりにやってきてみたら、例の、お酒持ち込み自由の看板がなくなってるじゃないですか。え〜どうしよう。まいっか、とりあえず入って聞いてみれば。だって、こっちはもう完全にケバブ気分だし。

 こじんまりとした店内には、時間が早めだったからか先客なし。席に着いてメニューを検討する。あれ? 表にはあったのに、店内には日本語のメニューがないんですね。値段もよくわかんないな。
 まぁいいや、と、写真的にいちばんおつまみ力が高そうな一皿を指差し、外国人の男性店主に「これ」と伝えます。すると、「トッピングハドウシマス? チーズ、アボカド!」とのことで、せっかくなので「どっちもください」と注文完了。おっと、ここで肝心の質問をしておかなければいけません。

「前にお酒の持ち込み自由って書いてありましたよね?」
「……?」
「お酒、持ってきた。飲んでいい?」(軽くジェスチャー)
「ア〜 OK! ダイジョウブ」

 ……ほっ。なんとか無事にケバブ晩酌を始められそうです。

見慣れた景色と見慣れぬ料理

 すぐに厨房から、ジャーッという音とともにものすごくいい香りが漂いだします。同時にひとり、店主さんと同郷と思しき外国人の方がやってきて、ものすごい勢いでふたりで何やら喋ってます。ケバブはトルコ料理らしいので、トルコ語なのかな? 注文する様子はないので、知り合いなのかな? よく見ると、店内のテレビでもあきらかに向こうのドラマみたいなのがかかってる。もはやこの空間、完全に異国です。が、ふと外に目をやると、大泉学園は僕の出身地。子供の頃から何度となく利用した西武池袋線のホームが見える。ここでプシっとレモンサワーを開けてひと口。なんだろうこの不思議な感じ。笑っちゃうな。

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お店を出てから確認したところ「チキンケバブプレート」でした。トッピング込みで900円

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見慣れた景色と見慣れぬ料理

 さて、プレートがやってきました。塊から削ぎ落とされたチキンケバブに刻まれたアボカドとチーズが乗り、千切りのキャベツとカットトマト。全体にオーロラソースっぽいものがかかってます。お椀型に盛られたご飯の上にはドーンと頼もしいピーマンソテー1/2個。なかなか見たことない料理ですね。ボリュームもたっぷり。
 まずは生野菜を食べてみる。やっぱり見た目どおり、オーロラソースっぽい味なんだけど、そこにスパイシーな辛味が加わっているのがおもしろいです。大丈夫。お酒、ちゃんと進む。
 次はケバブ部分。スプーンでごそっとすくってもぐもぐ。へ〜、こうきたか! なんていうか、すごくマイルドで優しいんですよ。ちょっとココナッツミルクの風味もするかな。そこにチーズとアボカドのまろやかさ、焼かれた鶏肉の旨味と香ばしさが混ざりあい、なんとも滋味深い味わいです。もっと攻撃的な味を想像してたんで、ちょっと意表をつかれたな。日本人向けに派手にチューニングされた味というよりは、現地の味って感じ。あくまでイメージですが。
 ご飯と少しずつ混ぜながら食べすすめ、たまに肉厚のピーマンをかじり、すっきり系レモンサワーをぐびぐび。なるほど〜、ちょっとクセになりそうな組み合わせだな〜これは。

 はい。間違いなく今後は定期的にやってくるでしょうね。「ケバブ気分」の日。

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ラスト近くの渾然一体がたまらない

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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
この9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco


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