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一軍監督になって、すぐに変えられたこととは?――髙津臣吾著『一軍監督の仕事』より本文、目次公開

東京ヤクルトスワローズ、髙津臣吾監督の新刊『一軍監督の仕事 育った彼らを勝たせたい』よりプロローグと目次を公開します。昨シーズンの戦いぶりは言わずもがな、今シーズンは主力の離脱が相次ぐなか、貯金3で3位をキープ(4月30日時点)。もちろん、選手の頑張りもありますが、監督の采配が随所で光ります。野球にあまり興味がない方も、髙津監督のリーダーシップや指導力は仕事などでも大いに参考になるはずです。本記事で興味を持たられたら、ぜひご一読ください。※今季から監督の登録名は「髙津」とハシゴダカになっています。

刊行直後に増刷が決まりました。ありがとうございます。

2018年刊行で、現在5刷です。

プロローグ

すべてを変える


疲れたけれど、楽しかった。

それが監督として初めての日本シリーズを戦ってみての実感だった。

1点差が5試合。2点差が1試合。日本シリーズを6試合戦い、スワローズがあげた得点は19、バファローズは16。本当にわずかな差が勝敗を分けたと思っている。

2020年のセ・リーグ最下位から、どうやって日本一のチームを作ったんですか? とよく質問を受けたが、当然のことながら、ひと言で言い表すことは出来ない。

「魔法」のようなものはないし、どれかひとつの要素が飛びぬけて成長したから優勝出来たわけでもない。すべてのエリアで数パーセント、ほんのわずかな向上、改善が有機的に結びついて勝ちにつながった。

たしかに、2020年に監督を拝命したときは、スワローズはどん底だった。その前年、2019年のシーズンは、まだ二軍監督の職にあったが、一軍は16連敗を喫するなど、59勝82敗2分けの成績で、首位のジャイアンツには18ゲーム差をつけられ、クライマックスシリーズ(CS)進出ラインの3位争いにもまったく絡めず、変な言い方をすれば、ぶっちぎりで最下位になってしまった。

僕は日本、アメリカ、韓国、台湾と世界各国でプレーしてきたが、16連敗というのは、なかなか聞いたことがない。プロだから、どこかのタイミングで「勝ってしまえる」のだ。若手の育成を担当するスワローズの一員として、忸怩たる思いを抱えていた。

そんなタイミングで一軍監督の話をいただいたわけだが、最下位となったチームを預かるにあたっては、まずは「何かを変えなければいけない」と考える。ところが、優勝するために何が必要なのかを考えていくと、それはそれは膨大な数に上った。

特に先発、ブルペンの構築については一軍投手コーチ、二軍監督を務めていただけに、具体的なプランをもっていた。だが、チームを根本から作り直すためには細かいところ、ディテールにこだわっていてはダメだと気づいた。全体的な質の向上が必要なのだ。だから、手始めにここから変えていこうとか、そうした小手先のことではなくて、すべてを変えていくと決めた。

技術、メンタル、環境、もう本当にすべてを変える。

「これは時間がかかるな……」とは思った。技術を向上させるのにはそれなりの時間を必要とするし(たとえば投手でいえば、新しい変化球を実用化するのは一朝一夕に出来るわけではない)、最下位に終わったチームの選手のメンタルは、勝つことで変化させていくしかない。

ただし、すぐに出来ることがあるとも思っていた。雰囲気はキャンプ初日からでも変えられる。僕としては、みんなで楽しく野球をやりたいと思っていた。「プロが何を甘いこと言ってるんだ」と先輩方からはお叱りを受けそうだったが、選手たちがプレーしやすく、球場に行くのが楽しみになるような雰囲気は、監督、コーチの言葉やふるまいで作っていくことが出来るのだ。しょんぼりしているダグアウトよりも、活気のある方がいい。ポジティブなムードを作っていけば事態も好転するし、ファンのみなさんも喜んでくれると思っていた。

2020年シーズン

そして迎えた2020年のシーズンは、コロナ禍のなかで開幕が6月にずれ込んだ。シーズンが始まってもスタンドにファンの姿、声援がないのはなんともさびしかったが、それでも少しずつチームが変わっている手ごたえを感じていた。

6月、4勝5敗。

7月、13勝9敗4分け。7月12日にはジャイアンツに勝って一分けを挟んで4連勝とし、スワローズは449日ぶりに首位に立った。正直、「これは行けるかもしれない」と思ったほどで、8月上旬の段階でもなんとか勝率5割のラインで踏ん張り、2位をキープしていた。

ところが、それほど甘いものではなかった。

8月 7勝17敗1分け
9月 9勝16敗1分け
10月 5勝17敗4分け
11月 3勝5敗

8月から、驚くほど勝てなくなっていった。

終わってみれば41勝69敗10分けで、優勝したジャイアンツからは前年度以上の25ゲーム差、CS進出ラインである3位のドラゴンズにも16・5ゲーム差をつけられていた。

それこそ、ぶっちぎりの最下位になってしまった。本当に1勝をあげるのが難しかった。

そのなかでも明るい材料がなかったわけではない。エースの小川泰弘は8月にはノーヒットノーランを達成し、苦しいチーム状況のなかで10勝をあげた。打者ではシーズンを通して4番に定着した村上宗隆が打率・307、本塁打28、打点86と、シーズンが120試合に短縮されたなかで見事な数字を残し、セ・リーグを代表する打者へと成長した。

では、何が問題だったのか?

「分厚さ」だった。選手層の薄さは否めなかった。投手陣で小川に次ぐ勝ち星をあげたのは、リリーバーの梅野雄吾の5勝。先発陣ではスアレスが4勝、高梨裕稔が3勝。打者ではベテランの青木宣親が打率・317、本塁打18本と気を吐いたが、主砲の山田哲人は94試合の出場にとどまった。

想像はしていたが、二軍と一軍ではまったく野球の質が違い、シーズンを通して戦うことの難しさを思い知らされた。

開幕前に考えていた「すべてを変える」ことは簡単なことではなく、自分として変化を起こせたのは、ひとつかふたつだけだった。振り返ってみると、ジャイアンツをはじめとする上位の球団に対しては、すべての面においてまったく歯が立たなかった――というのが正直な感想だった。

育てながら勝つ

2018年に上梓した『二軍監督の仕事』(光文社新書)では、「育てるためには負けてもいい」と明確に書いた。本気でそう思っていたからだ。たとえば、若手投手がファームで先発するときには、立ち上がりで打たれたとしても5回までは続投させる。目の前の勝ち負けではなく、5回を投げてゲームを作ることを覚えさせるのが目的だからだ。

しかし、一軍の監督というのは目の前の勝利にすべてを集中しなければならない。一軍は勝たなければならない。それがプロの世界だ。

2020年のシーズン、上位球団と差をつけられていくなかで、自分は二軍監督を経験したせいもあるのか、負けが込んできた状況であっても「育てながら勝ちたい」という思いが消せなかった。それは必要のないことだったかもしれないが、どこかで二軍監督のマインドをもったまま、一軍監督の指揮を執っていた(それは2022年を迎えたいまも同じ思いだ)。メディアのみなさんには消化試合と映っていたかもしれないが、僕にとっては未来のスワローズにつなげるため、喉から手が出るほど勝利が欲しかった。

2020年11月10日、神宮球場での最後のホームゲームとなったカープ戦では、ルーキーの奥川恭伸を先発させた。それこそ、来季へのメッセージを込めた先発登板である。結果は3回もたずに9安打5失点を喫し、敗戦投手になった。2020年のスワローズにまたひとつ、黒星がついた。

それでも振り返ってみれば、この敗戦には大きな意味があった。1試合だけだったが、奥川は公式戦の神宮のマウンドに上がることで、一軍で投げることのプレッシャーや、相手打者の力量など、二軍では学べないことを肌で感じたはずだ。

忘れられないのは、試合終了後の出来事だ。

その試合はホームゲーム最終戦ということもあり、ファンの方々への感謝のセレモニーが開かれた。僕は「ひとつでも多くの勝ちをみなさんにお届けしたかったんですけれども、なかなかそれが出来ず、監督として責任を感じております」と挨拶した後に、いきなりこう言った。

「ただ、来年に向かってひじょうに若手で有望な選手が今日先発しました。奥川!」

奥川との打ち合わせも何もなく、まったくの即興で奥川にスピーチをするように促したのだった。結構な「無茶ぶり」だったかもしれない。

奥川はたしかに驚いたようだったが、僕に質問してきた。

「何を話せばいいですか?」

本人も驚いたかもしれないが、戸惑ってはいなかった。

「自分が思っていることを素直に話せばいいよ」

すると、奥川はマイクの前で堂々と話し始めた。

「1年目の奥川です。今日の試合の反省をしっかりと生かして、来年以降は、しっかり活躍出来るように頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします」

無茶ぶりをしておきながら、僕は驚いていた。ついこの間まで高校生だった選手が、神宮に残ってくれているファンの前で、しかもスワローズの先輩が居並ぶなかでさらっとスピーチをしたのだ。

これは並大抵の選手ではないと感じた。そして奥川は2021年、開幕からローテーションに入り、スワローズの主軸となった。手前味噌かもしれないが、2020年の神宮での一戦が、奥川になんらかの成長のきっかけを与えたと思っている。

そして1年後の2021年11月20日、奥川は日本シリーズのマウンドに立っていた。

この1年間にスワローズに何があったのか、僕が見てきたこと、感じたことを書いていきたいと思う。

目 次

プロローグ
すべてを変える/2020年シーズン/育てながら勝つ

第1章 2021年かく戦えり

3人の残留が最大の補強/「バッテリー力の強化」が急務――古田臨時コーチ/オープン戦最下位/開幕3連敗の衝撃/初勝利、しかし……/2番中村/オスナ、サンタナの合流/クローザー交代、苦渋の決断/後ろから逆算してのブルペン構築/ホークスに敵地で3連勝/選手のマインドセットに変化をもたらす/シーズンの正念場/「絶対大丈夫」が生まれた発想/野村克也監督の言葉/10連戦と初の首位/「G」と「T」との6連戦/マジック点灯のマジック/ペナント制覇
クライマックスシリーズ・ファイナルステージ 
試合間隔が空きすぎる不安/ジャイアンツというチーム/奥川の完封勝利/明暗を分けた川端勝負/日本シリーズ進出

第2章 日本シリーズかく戦えり

日本シリーズ、ローテーションの考え方
第1戦 京セラドーム大阪 
プラン通りの試合運び/奥川の見たことのない表情/マクガフ、痛恨のミス/勝利へのシナリオ/試合後のコーチ会議/今日打たれたって、明日抑えればいい
第2戦 京セラドーム大阪 
流れを変える/根性のヒット/プラン変更――高橋続投
第3戦 東京ドーム 
ガラリと変わる戦い方/シーソーゲーム/石山の「4アウト」/7回の重要性
第4戦 東京ドーム
石川の真骨頂/ブルペン勝負
第5戦 東京ドーム
山田の同点3ラン/消えた「誕生日日本一」

第3章 運命の第6戦、涙の日本一へ

極限の疲労と神戸への移動/7戦目以降を見据えてのゲームプラン
第6戦 ほっともっとフィールド神戸 
見事役割を果たした高梨/山本投手のすごみ/2021年シーズン初の延長戦突入/マクガフの思い/第8戦も見据えての先発/おかしなルール/12回表2アウト、代打川端/決勝点/20年ぶりの日本一へ

第4章 2021年を戦い終えて

 ひたすら眠る/勝つことによる高揚感/バッテリー力の向上/規定投球回数に達した投手がゼロでも勝てた理由/ローテーションの基本的な考え方/中4日・中5日ローテの可能性/ケガ人をいかに少なくするか/三勤一休/遠征時の負担を軽くする/先発投手の調整法/つながる打線/セとパの野球の違いとその対応

第5章 スワローズのⅤ戦士たち

野手編 
山田哲人――守備にも正当な評価を/村上宗隆――不動の4番/中村悠平――日本一の立役者/塩見泰隆――「切り込み隊長」に成長/青木宣親――チームリーダー
投手編 
奥川恭伸と高橋奎二――若手投手の成長/小川泰弘と石川雅規――ベテランの味わい/清水昇、マクガフ――信頼出来るブルペン

第6章 育てながら勝とうじゃないか

「二兎」を追う/選手のマインドセットを変える/二軍の待遇/負けず嫌いであれ/「チャレンジ」枠の考え方/言うべきことと、言うべきでないこと/全員が戦力になる必要性/球団全体で「プラン」を共有する/求めるのは、常に全力プレー/問われる一軍と二軍の連携/2021年の連携

第7章 スワローズ・ウェイと、野村監督の遺伝子   

理想のスワローズとは?/野村監督を偲ぶ会で考えたこと/野村野球の現代性/カウント3―0からの勝負/野村野球の共通言語/ストライクゾーンのチャート/新たな作戦の可能性――データ・アナリストの役割/可視化できるようになった野村野球/コーチの意見を積極的に取り入れる/議論の活性化と意思統一

第8章 スワローズ・ウェイの完成に向けて

安定した強さとは何か?/ジャイアンツ/ライオンズ/1990年代のスワローズ・ウェイ/古田さんの視点/守備シフトの考え方/外野のシフトは研究途上/制球力と知恵の組み合わせがスワローズ・ウェイに/投手の指標/投手は「ジコチュー」でもいい/勝負の分かれ目は5回、6回/雰囲気作りのマネージメント/外からは分からないこと

エピローグ 

2021シーズン 全試合戦績 

(了)


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