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『生理痛は病気です』はじめにを特別公開|邱 紅梅(漢方専門医)


「日本では多くの人が生理痛を当たり前と思い、痛みを我慢したり、痛み止めを飲んでごまかしたりしている。しかしそもそも生理痛は異常事態であり、トラブルのサインです」――漢方専門医である邱紅梅(きゅう・こうばい)氏は指摘します。中国では生理痛はないのが当たり前、ある場合は迅速・適切に対処すべきという認識が、家庭にも社会にも存在しているのです。この記事では、新刊『生理痛は病気です』から、はじめにと目次を公開します。日本の女性の生理が社会の犠牲になっていること、そのために起きている事態を、実例を交えながら解説し、生理痛から自らを解放するためにできることを、中医学の知見をベースに伝えます。


はじめに――「生理痛はあって当たり前」という女性たち


「生理痛があるのは異常です。痛みがあるのが当たり前ではないんですよ」

中国で漢方専門医師として勤務していた私が来日したのは、1989年のこと。その後、東京・原宿の漢方薬局で健康相談を始めて一番驚いたのが、日本女性の生理痛の多さ、そして、それを放置している人がほとんどであることでした。

相談にやってくる女性たちが抱える不調は、冷え性や頭痛、慢性疲労など様々なものがありましたが、圧倒的に多かったのが、生理痛でした。そして、「生理痛はあるのが当たり前。病気じゃないんだから、我慢してやり過ごすもの」――そんな意識を持つ女性たちがほとんどであることに、私は驚きと違和感を持ちながら、日々、相談のカウンターについていました。冒頭の言葉を相談者へかけると、皆さん一様に「え……?」と戸惑ったり、「そうなんですか⁉」と驚いたりするのでした。

女性たちのなかには「ああ……やっぱりそうでしたか」と、安堵(あんど)する方もいました。そういう方は、それまで、「生理痛なんて病気じゃないんだから」とか、「みんな我慢しているのに、あなただけ我慢できないのはおかしい。甘えている」などと、心配されるどころか、家族や友人や職場の人たちから責められるような言葉をかけられてきた人たちです。

誰にも理解されないまま、弱音を吐くこともできず、私のところへ来てようやく「その痛みは異常なんですよ。我慢できなくて当然の苦しみなんです」と認められることで、「ホッとした」という方は少なくありません。



そんな女性たちに対して、私が強い戸惑いを抱いたのはなぜかというと、私の母国である中国では「生理痛があるのは異常のサイン」「生理中は痛みがないのが当たり前」「痛みがある場合は迅速に、適切に対処しないといけない」という認識が、家庭内でも社会的にも、当然のように存在していたからです。

漢方の考えが生活に根づいている中国では、体をいたわるための「養生」が、日々の生活習慣に大きな影響を与えています。

特に女性は、幼少期から、親や親族によって「冷たい飲み物、食べ物はとり過ぎてはいけない」「足は決して冷やしてはいけない。靴下は2枚履きなさい」「女性は血をたくさん消耗するのだから、血を養うものを日ごろからしっかり食べなさい」などと、生理を健全にするためのライフスタイルを、それはそれは厳しく、徹底的に教え込まれて育ちます。

特に、わが家は父が医師だったこともあり、健康に対する意識は他の家庭よりも比較的、高いものだったと思います。

そんな環境に生まれ育ち、さらに大学で漢方を専門的に学んだのちに、中国の大学病院で婦人科医として働いてきた私にとって、「生理痛があるのは当たり前」という日本女性たちの存在は、信じられないことでした。

私が日本の漢方薬局で健康相談を始めてから31年経った今、そうした女性たちはさらに増えていると感じています。というのも、女性たちが男性なみに社会のなかで働くことが当たり前の世の中になったためです。

生理痛があっても、オフィスで横になって休んだり、アポイントをキャンセルするなど、仕事をセーブすることはほとんどの場合できません。労働基準法で生理休暇は定められてはいるものの、先のような無理解が社会のなかで横行している以上、生理痛を耐え忍びながら勤務するしかありません。黙して痛みに耐えながら、ときには鎮痛剤で痛みを散らしながら、課された役割を懸命にこなしています。

それが「当たり前」という感覚なので、「なぜ生理痛があるのか」「自分の体に何が起こっていて痛みが発生しているのか」について、真剣に調べたり、根本原因を解決しようとすることはありません。


しかし、生理痛には、痛いだけではすまない様々な問題が紐づいています。

その1つが、様々な婦人科の病気です。機能性月経困難症や子宮内膜症、子宮腺筋症や子宮筋腫などは、すべて生理痛がその症状の1つとなっています。漢方でいえば、疲れやすさや冷え性、頭痛などの不調もまた、生理痛と深く関連しています。

さらに、痛みを無視し続けたために、これらの病気や不調が進行し、子どもが欲しいと思ったときにできない不妊症へとつながっていきます。

もう1つ紐づけされるのが、経済的な損失です。これには個人的な面と、社会的な面の2つがあります。

個人的には、思うように働けなくなったり、ビジネスの重要な機会を見送ることになったり、キャリアからドロップアウトしたりすることで、収入を大きく損なうことがあります。

「たかが生理痛だけで大げさな!」と思うかもしれませんが、決して珍しいことではありません。私のところへやってくる女性たちは、あまりの生理痛の重さから、最初からキャリア形成をしたがらない方も大勢存在しています。

また、生理痛の先にある婦人科の病気やメンタル疾患、更年期障害、不妊治療を理由に、キャリアの機会を見送るだけでなく、離職を選ぶ方も少なくありません。

正社員で新卒から定年まで勤めた場合と、途中でドロップアウトした場合の生涯年収を比べたら、数千万から億単位の損失になるでしょう。

社会的な経済損失については、のちほど詳しく述べますが、人口の半分を占める女性たちが働かないと、世界でもまれにみる高齢化社会に突入した日本経済を支えることは不可能でしょう。実際に、現代の労働人口のうち、およそ40%は女性が占めています。

そのため、政府も女性たちへ、働きなさい、活躍しなさいとプレッシャーをかけてきます。それでいながら、結婚もして家事を担い、夫を支えなさい、子どももたくさん産んで育てなさい、親の介護もありますよ……と、昔ながらの家父長制的な役割も「そのままやってね」という社会的メッセージは変わらないままです。ですので、女性たちの肉体的、精神的負担が、ただ上乗せされることになってしまいました。

現在はそんな社会構造のなかで、女性たちの生理が犠牲になっていると、私はひしひしと感じています。「生理痛? そんなの知らないよ。仕事は山ほどあるんだから」というわけです。



女性の生理が犠牲になっている原因は、社会の無関心だけではありません。女性たち自身もまた、自らの健康に対して関心が薄い人が多いと、私は常々感じています。

というのも、私のところへやってくる人には、日本人だけではなく、中国、香港、シンガポール、台湾など、様々な国籍の女性たちがいるのですが、そのなかでも、ダントツで自分の体に対する意欲が高いのが、中国人女性。そして、ダントツで意欲が低いのが、日本人女性なのです。

その実際についてはのちほど語りますが、日本の女性たちはおしなべて、大人しくて遠慮がち、謙虚で自己主張が強くないために、「生理を理由に何かをさぼってはいけない」「病気じゃないから我慢しなくてはいけない」と考えがちです。

私はそれに対して「違う! 女性にとって生理はとても重要で、最優先で考えなければいけないものです!」と声を高らかにして伝えたいのです。生理痛から女性を解放すれば、いかに女性たちがもっと幸せになるか。結果として、いかに社会が明るく上向くか。

それをまずは理解していただくために、第1章では、個々人や社会が持つべき「月経リテラシー」についてお伝えしていきたいと思います。次に、第2章では中医学で考える生理と体質についての概要を解説しました。

そして、生理痛から自らを解放するためには、何をすればよいのかについては、第3章で詳しくお伝えしていきます。

本書でお伝えする女性の生理のメカニズムや体質について、そして生理痛をなくすための方法論のベースとするのは、私の専門分野である、中医学(中国の伝統医学)です。

中国では中医師、産婦人科医であり、日本国内では漢方の専門家として、たくさんの女性たちを診てきた経験をもとに、解説していきます。生理痛解消のための手立てについては、生活のなかですぐに実践できる養生法と、なるべく日本で入手しやすい、保険適用を受けている漢方製剤や、薬局で手に入る漢方薬を中心に、ご紹介していきます。



目次

第1章 日本社会の月経リテラシー 


(1)生理痛の軽視で多くのものを失う女性たち
(2)中国女性にはなぜ、生理痛が少ないのか?
(3)薬でごまかし続けない――西洋医学と東洋医学

第2章 生理でわかる漢方的体質

第3章 6つの体質別の養生法と漢方薬

(1)「養生」の意味と漢方薬
(2)6つの体質別の対策
(3)不妊治療と漢方

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著者紹介

邱紅梅(きゅうこうばい)

1962年中国生まれ。漢方専門桑楡堂(そうゆどう)薬局代表。北京中医学院(現・北京中医薬大学)医学部中医学科卒業後、同大学漢方専門外来で婦人科、小児科の医師として勤務。同時にWHO国際伝統医学協力センター(北京)の中医学基礎講師を務める。’89年に来日。’92年東京学芸大学大学院生理・心理学修士取得。現在は漢方相談の傍ら、中医学の普及のために日本国内、北京の母校で講義を行なう。著書に『わかる中医学入門』(燎原書店)、『生理で診断 体質改善法』(家の光協会)、『春夏秋冬 自分で不調を治す 漢方的183のアイディア』(オレンジページムック)、共著に『問診のすすめ 中医診断力を高める』(東洋学術出版社)などがある。


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