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【74位】ジョニー・キャッシュの1曲―恋の炎に囲まれて、環っかになって焦がされて

「リング・オブ・ファイア」ジョニー・キャッシュ(1963年4月/Columbia/米)

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Genre: Country
Ring of Fire - Johnny Cash (Apr. 63) Columbia, US
(June Carter • Merle Kilgore) Produced by Don Law
(RS 87 / NME 318) 414 + 183 = 597 

カントリーおよびアメリカ音楽界の巨星、ジョニー・キャッシュの長きキャリアのなかで、最大級のヒット曲となったのがこれだ。ビルボードHOT100では17位止まりだったが、カントリー・チャートでは1位を7週独占した。デジタル時代になっても売れ続け、2010年にはRIAA(アメリカレコード協会)によって、当曲のゴールド認定および、すでに120万回ダウンロードされていることが発表された。

この曲は、恋の歌だ。恋することの「身を焦がすほどの歓び」を歌っている。Ring of Fireとは、一般的には「環太平洋火山帯」を指すのだが、ここでは違って、比喩的に用いられている。恋とは燃え上がるものだから、それは「情熱の炎の環」を作る。ワイルドな欲望に捕われた僕は「燃え盛る火の環っか」に落ちていく――という内容だ。

最初に耳を奪うのは、ホーン・セクションの華やかなフレーズだ。メキシコのマリアッチ楽団風の明るく楽しいそれが、まずはイントロに登場して、そのあとも随所で、歌への合いの手みたいに頻出する。このアレンジのアイデアは、キャッシュ本人によるものだった。とにもかくにも、フィエスタ風の祝祭感に隅々まで満たされている1曲だ。

が、そもそものキャッシュには「こわもて」のイメージがあった。『教養としてのロック名盤ベスト100』で65位だった彼のアルバム『アット・フォルサム・プリズン』(68年)は、タイトルどおり刑務所慰問コンサートの模様を収録したものだ。また彼はアウトローの人生を描くカントリー・ソングの第一人者であり、「黒い服ばかり着る」男であり、エルヴィスらと同じ時期にサン・スタジオにいたオリジナル・ロカビリアンでもあった。ゆえにマリアッチ調のこの曲の「明るさ」は、ひときわ目立つものでもあった。低い声で、岩みたいな顔した笑わないガンマンでも恋をするんだな……というか。

この曲は、のちにキャッシュ夫人となるジューン・カーターが主導して書いた。そもそも彼女はこの曲を「キャッシュとの関係性を念頭に置いて」書いたのだ、という説がある。とはいえ、2人はなかなか「その先」へと進展してはいかなかった。キャッシュがジューンに正式にプロポーズしたのは68年。カナダはオンタリオ州で公演中のステージ上で、観客の前で、すぐ隣にいた彼女に求婚した。このときの模様は、キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン』(03年)のなかでも描かれている。そんなエピソードも込みで、みんなこの曲を愛した。有名なカヴァー・ヴァージョンも、とても多い。

(次回は73位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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