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【第39回】東電原発事故は「人災」だった!

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東電原発事故から10年で明らかにされた事実

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生した。福島第一原子力発電所は、地震による停電で外部電源を失い、非常用ディーゼル発電機が稼働した。ところが、13mを超える津波が発電所を襲って施設全体に損傷を与え、非常用発電機も浸水のため故障し、 発電所は「全電源喪失」の危機に陥った。

運転中の1~3号機の原子炉は地震を感知して自動停止したが、核燃料は停止後も崩壊熱を発する。しかし、電源喪失でポンプは動かず、原子炉への注水冷却ができなくなった。原子炉内部は「空焚き」状態になり、1~3号機の原子炉で核燃料が自熱で溶け出す「炉心溶融(メルトダウン)」が発生した。

原子炉内部には水素ガスが充満し、3つの原子炉で相次いで水素爆発が生じた。屋根は吹き飛び、放射性物質が大気中に放出された。この放射能汚染に起因する帰還困難地域は、名古屋市とほぼ同じ面積の337平方キロメートルに及ぶ。「国際原子力機関(IAEA)」は、福島第一原発事故を1986年4月のチェルノブイリ原発事故と同じ最悪の「レベル7(深刻な事故)」に分類した。

本書の著者・添田孝史氏は、1964年生まれ。大阪大学卒業後、同大学大学院基礎工学研究科修了。朝日新聞社に入社し、大津支局・学研都市支局・大阪本社科学部・東京本社科学部などを経て、現在は科学ジャーナリスト。著書に『原発と大津波』(岩波新書)と『東電原発裁判』(岩波新書)がある。

さて、地震発生の8年以上前、2002年8月1日、政府の地震調査研究所は、マグニチュード8クラスの地震が「三陸沖地震津波が今後30年に20%程度の確率」で発生するという予測を発表した。これを受けて、経済産業省原子力安全・保安院は、東京電力株式会社に福島第一原発の安全性説明を求めた。

保安院は原子力発電安全審査課の耐震課長・川原修司氏ら、説明に出向いたのは東電の高尾誠氏である。この時点で川原氏は「福島から茨城沖も津波地震を計算するべきだ」と要求したが、高尾氏は「論文を説明するなどして、40分間くらい抵抗した」と社内外関係者にメールで報告した。さらに「結果的には計算するとはなっていない」と誇らしげにメールに書いているそうだ。

川原氏が6月に耐震担当になったばかりであるのに対して、高尾氏は「東電の津波対応のすべてを知っている重要人物」だという。つまり、川原氏は高尾氏に「言い負かされてしまったのでは」というのが本書の推察である。

添田氏が綿密に調査した2002年以降の東電の危機管理対策を読み進めると、この種の傲慢不遜な事例ばかりが続く。要するに、東電原発事故は防ぐことのできた「人災」だったのである。事故後も政府と東電は「不都合な事実」を隠蔽し続けてきたが、裁判で次々と新たな事実が明るみにされつつある。

本書で最も驚かされたのは、福島第一原発事故の「後始末」にかかる総合費用が、2016年時点での政府試算で21.5兆円、民間シンクタンク試算で35~81兆円にも及ぶということだ。金額に幅があるのは、廃炉や汚染水の処理方法で計算が異なるためだが、いずれにしても、この莫大な金額を今後何十年もかけて私たち国民が東京電力の電気料金と税金で負担していくわけである。


本書のハイライト

事故に至った理由は単純だ。国や東電は「原発は絶対に事故を起こさない」と主張して、地元に建設・運転を受け入れてもらってきた。本当の「絶対安全」は難しいが、それに近つけようとするならば、地震や津波に対して通常の構造物より大きな余裕を上乗せして備え、最新の地震研究の成果を迅速に取り入れて備えを見直し、それらの情報は公開して透明性のある手続きで安全性を高いレベルに保ち続ける必要がある。しかし国や東電は「大きな余裕」「迅速な見直し」「透明性のある手続き」、すべてを怠っていたのだ(pp. 4-5)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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