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島田裕巳さんが「いつまでも親がいる社会」を生きる私たちに伝えたいこと

実の母親と仲が悪い娘は意外と多い?

 人生には隠された真実がある。
 ある時、それに気がついた。

 娘というものは、実の母親と意外なほど仲が悪いということだ。
 もちろん、今でもないわけではないが、昔は嫁姑の関係が大きな問題になった。嫁と義理の母親との関係である。
 嫁は夫を選んだかもしれないが、義理の母親を選んだわけではない。その義理の母親がどういう人であるかによって、結婚生活のあり方も変わってくる。

 私が子ども時代を過ごした東京の杉並区和田というところには、立正佼成会という新宗教の本部があった。1964年の東京オリンピックの年には大聖堂という、屋根の上にインド風の塔が立ち並び、壁はピンク色という奇抜な建物が完成した。
 完成すると、全国からバスに乗って、立正佼成会の信者がやってきた。大聖堂に行くためだ。
 私たち子どもは、いったいそこはどういうところなのだろうと思ってはいたが、さすがに中に入ってみる勇気はなかった。だから、長い間、信者の人たちが大聖堂のなかで何をしているかを知らなかった。
 知ったのは宗教学を学びはじめてからである。そこでは「法座」という集まりが開かれているという。その法座で頻繁に取り上げられるのが嫁姑の問題だった。
 大学で教えるようになってから、学生と一緒に法座を見学させたもらったことがあった。実際、そこでの話題は嫁姑のことだった。
 嫁姑の問題に苦しんでいる人たちが少なくないから、立正佼成会には存在意義があり、それで多くの信者が集まってきたのである。
 だが、その一方では、実の母親との関係に苦しんでいる女性たちも少なくない。なぜか私の周囲には、そうした女性たちが数多くいる。
 繁華街に出かけてみると、母親と娘が仲良くショッピングをしている姿をよく見かける。電車のなかで、仲が良さそうに話している母親と娘も多い。
 そんな光景に接していると、母親と娘というのはかなり仲が良いのだと思ってしまうが、仲が良い二人だからこそ、街に出かけ、楽しげにしているのであって、関係がまずければ、一緒に出掛けたりしないだろう。だから、仲の良い母親と娘ばかりが目立つのだ。

親との仲がよろしくない人にはむずかしい社会

 昔なら、母親は適当なところで亡くなった。60歳代、70歳代で亡くなるのが普通で、80歳を超えれば相当に長寿と見なされた。
 それが、寿命が延びることで、事態は大きく変わった。
 母親は、80歳どころか、90歳、100歳まで長生きするようになってきた。それはめでたいことではあるのだが、母親との仲がよろしくない娘にとっては、なんとも鬱陶しい事態である。

 いつまでも親がいる。
 いつの間にか、そんな社会になってしまった。


 80歳の女性の場合、100歳の母親が存命だということは、決して珍しいことではなくなった。
 そうなると、娘の方が母親よりも先に亡くなるということが起こり得る。
 昔は、「親に先立つは不孝」ということがよく言われた。調べてみると、これは源氏と平家の争いについて書かれた軍記物の『源平盛衰記』に出てくるようだから、物語の成立は鎌倉時代に遡る。
 その時代には戦乱があり、まだ年の若い者が亡くなることがあった。それは、親に対する孝行ではなく不孝になるというのが、ことわざの意味するところである。
 しかし、現代では、相当に老いて亡くなっても、親に先立ってしまうことがある。それはもう到底不孝とは言えない。

 人間はその誕生以来、長寿ということを目標としてきた。けれども、なかなかそれは実現されなかった。第二次世界大戦が終わった時点でも、平均寿命は男女とも40歳代だった。
 それが、経済の発展とともに、寿命がどんどんと延びてきた。現在では、男女ともに80歳代になっている。日本は世界でもトップクラスの長寿国である。100歳を超えた人たちも8万人を超えている。
 2020年には新型コロナウイルスが流行したものの、どうやら年間の死者数は2019年より2万程度減少したらしい。となれば、平均寿命はさらに伸びることになるだろう。

私たちは「死生観B」にまだ慣れていない

 現在の私たちは、超長寿社会に生きている。少し前まで、自分たちはいつまで生きられるか分からないと考えてきたが、今や、ほとんどの人は自分が80歳、さらには90歳を超えて生きることを前提にするようになってきた。もちろん、不意に死が訪れることはあるわけだが、その実感も乏しくなっている。

 そうなれば、死についての考え方である「死生観」も変わる。
 私は、いつまで生きられるか分からないと考えていた以前の死生観を、「死生観A」と呼び、長寿を前提にするものは「死生観B」と呼んで区別しているが、今の日本は明らかに死生観Bに転換している。
 私たちは、いつの間にか死生観に根本的な変容が起きてしまったことに、まだ戸惑いを感じている。要は、死生観Bの世界に生きていながら、それに慣れていないのだ。
 いつまでも親がいるという事態も、死生観Bの世界ならではのことで、そこから新たな問題が次々と生まれるようになっている。

子育てのプレッシャーが増すなかで

 その一方で、少子化という流れは変わらず、家族の規模はどんどんと小さくなっている。そうなると、親子の関係が今まで以上に重要な事柄になってくる。子どもの数が少なくなれば、一人の子どもと親との関係は、どうしても密接なものになる。
 昔は、子育てに多くの人間がかかわった。同居している祖父母だけではなく、近所の人もそこに加わった。養子に出されるようなこともあり、実の親に育てられないということだって珍しくなかった。
 それが今は、実の親が少数の子どもを自分の手で育てるようになってきた。そうなれば、親と子の関係はより深くなる。これほど、親と一人の子どもの距離が接近したことは、実は今までになかったことではないだろうか。
 そのために、親になることの意味も変化してきた。より重要性を増してきたと言っていいだろう。
 子どもの数が減ったことで、親にとって一人の子どもを育てる機会も少なくなった。子どもが一人なら、人生でたった一度の機会である。二人でも、2度にしか過ぎない。
 その分、子育てに失敗してはならないという意識も強くなる。また、子育てをより充実したものにしたいという願望も強くなる。

 親になるということは、「通過儀礼」でもある。通過儀礼は、人生のなかで訪れるさまざまな節目を意味するが、親になるという通過儀礼は、相当に重要なものになってきた。
 親になることで、はじめて大人になる。そんな意味合いもある。通過儀礼には、さまざまな試練が伴い、その試練を乗り越えていくことで当人は成長を果たしていくのだが、親になれば、そこには数々の試練が待ち受けている。
 一度親になれば、そこから逃れられない。逃れられないからこそ、試練を避けることができず、そのために通過儀礼を経験することになるのである。
 実の娘との仲が悪い母親は、どこかでこの通過儀礼に失敗したのかもしれない。
 無事に通過儀礼を果たすためにどうしたらいいのか。
 私が『いつまでも親がいる 超長寿時代の新・親子論』で考えたのは、そのことなのである。

著者プロフィール

島田裕巳(しまだ ひろみ)
1953年、東京都生まれ。76年、東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、84年、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了(宗教学専攻)。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師。著書に、『お経のひみつ』(光文社新書)、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』『葬式は、要らない』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(以上、幻冬舎新書)など多数。



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