”こんなはずじゃなかった”地方移住――田舎暮らしのノウハウとダークサイド
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

”こんなはずじゃなかった”地方移住――田舎暮らしのノウハウとダークサイド

誰もが憧れる田舎暮らし。そのイメージは、美しい景色、豊かな自然、きれいな空気と水、静かな環境といったものでしょう。私も憧れます。都会を離れて、そんな場所でのんびり暮らしたいと心底思います。

ところが、そんな田舎暮らしのイメージを根底から覆す一冊が刊行されてしまいました。東京から山梨に移住してすでに20年以上、小説家・樋口明雄さんの『田舎暮らし毒本』です。

こんな表紙です。「読」に×がついて「毒」となっています。

田舎暮らし毒本_帯付RGB

もちろん、田舎暮らしに関する書籍や記事などで、人間関係に関する難しさは散々語られてきています。現実に「村八分」的なこともあるようです。

ところが、著者の樋口さんは人間関係以外の部分、例えば「美しい景色」なども最初はいいけどそのうち飽きてしまうと書きます。「のんびり」についても、上のオビにあるように「スローライフはあり得ない!」とのこと。決定的なのは、樋口さんご自身が体験した、命の危機に晒された出来事について。

よくできた小説を読んでいるようにページを繰る手が止まらない毒まみれの一冊なのですが、フィクションではなくノンフィクションです。

では田舎暮らしのメリットっていったい……と思われるかもしれませんが、そこにもちゃんと答えが用意されています。

コロナ禍でテレワークが一般的になり、地方移住を考える方も増えているでしょう。軽井沢のようなミニ東京であれば問題は少ないかもしれませんが、人里離れた田舎への移住を検討している方にとっては、絶対に役に立つ一冊です。何より読み物として面白く、苦労を含めて田舎暮らしが疑似体験できます。樋口さん襲う数々の試練、手に汗を握りながらぜひ読み進めてください。

本記事では「はじめに」と目次を公開します。

(光文社新書編集部 三宅)

はじめに

東京から山梨県北杜市に移住して、ふと気がつけば二十年が過ぎていた。

それまで縁もゆかりもなかった土地に突然やってきて、家を建て、夫婦ふたりで老母とともに暮らしてきた。長女と長男が生まれ、すくすくと成長し、どちらも大学生になった。可愛かった雛たちも古巣から飛び立っていってしまった。

思えばこの二十年はけっして平穏ではなく、むしろ波乱に満ちた歳月だった。

楽しかったり幸せだった記憶よりも、艱難辛苦の記憶のほうが多い気がするのはなぜだろう。それでもここに来て良かったと心底から思っている。

動機は単純だった。都会暮らしに嫌気が差し、身近な場所で趣味の登山や釣りがしたくて田舎暮らしを始めた。あのまま、いつまでも都会にしがみつき、そこで無気力に生き続けていたら、きっと今頃、自分はつぶれていただろう。

さいわい職業は小説家。いわば元祖リモートワークである。

もともと原稿のやりとりはメールで行っていたし、基本的に誰とも会わずに書斎に引きこもることが仕事の基本形態であるがゆえ、自分がどこで暮らしていようと変わりはない。

『大草原の小さな家』じゃないが、鳥も通わぬまったき自然の奥地に居をかまえるなんていうのは現実的じゃなさすぎるから問題外として、とにかく電話が通じ、ネット環境が整い、近くにコンビニかスーパーがあり、病院があり、JRの駅があればいい。それに、できれば東京に日帰りで行き来が可能な場所。

そんな理由でこの土地を選んだ。

しかしながら、田舎暮らしスタート直後から始まった波乱は、予想もつかないものだった。それも次から次へと波状攻撃のように、あるいは同時多発的にいろいろな問題が立ち上がってきた。都会には都会の苦労があったように、地方にはまったく別の苦労がある。何しろ、ほとんど情報を持たないまま、異世界に飛び込んだようなものだからだ。

逃げ出すか、立ち向かうかの二者択一。

けっきょく後者を選ぶしかなかった。土地を買い、家を建てて、ここを終の棲家と決めていたからだ。

おかげでずいぶんと心身が鍛えられたし、多少は度胸も身についた。それまで気づかなかったいくつかのものが見えてきたこともたしかだ。

「平凡な生活とは戦って勝ち取るもの」

昔、ある作品の主人公にそんな科白をいわせたことがある。今にして思えば、作者自身がそれを実践してきたことになる。いわばこれは開拓である。
地方移住は人生において最大の転換期だといってもいい。

だから、それなりの覚悟とモチベーションが必要なのだ。

そこに行けば雄大な自然がある。

きれいな空気と美味しい水がある。

だが、それだけでは幸せとはいえない。なぜならば、それらはあって当たり前のことばかりだからだ。

本当の価値とは何か。そのことに気づかねばならない。

田舎暮らしを希望する人の多くは夢を持つ。それはいいことだと思う。何よりもその夢の実現こそが、最大の原動力であり実行力でもある。ところがその夢が、ややもすれば自分の足を引っ張る原因になることだってある。
心に描いていた理想とはまったく違う。

こんなはずではなかったと思う。

行き詰まったあげく、田舎暮らしをあきらめ、傷心を抱えて都会に戻っていった人も多くいた。

試練を乗り越えてこそ、初めてその土地の良さがわかってくる。

そんな覚悟がなければ新天地での暮らしはやはり無理だろう。

自分にとってのこの二十年という時間は、苦難の連続であったにせよ、けっしてむだではなかったし、おかげで田舎暮らしに関してはそれなりにスキルアップもできたと思う。

何よりもわかったのは、心身ともに器用でなければならないということだ。
自分がどこまで器用になれるか。

田舎暮らしとはそのための試練であるといっても過言ではない。

4 コピーIMGP2405

二〇二〇年、突如、世界を席巻したCOVID‐19という名の恐るべき病禍によって、現代人の生活は一変してしまった。

感染が爆発的に拡大し、あっという間にパンデミック状態。死者も多く出た。

それから一年以上が経過して、まったく収束する気配もない。やれワクチンだ何だと世間が騒いでいるうちに、ウイルスはデルタ株にラムダ株と自らの形態を変え、巧みに先手を打ってくるのだから。

結果、経済は沈滞し、景気が落ち込み、職を失った人も少なくない。

政治は迷走し、疾病対策に関しては常に後手後手に回り、何をやっても無残な醜態をさらけ出すばかり。おかげで多くの国民は、お上は頼りにならないから、自分の命は自分で守るべきだという必要性を学んだのではあるまいか。

一方でステイホームが広がって物流が活発となり、インターネットを駆使したリモートワークが日常化してきて、それまで毎日、満員電車に揺られて会社に通うという常識が大きく変化し始めた。高度にインフラが発達しているため、社内のデスクにかじりついていた仕事が自宅でもできるということに、ようやく人々が気づき始めたのである。

そうなると、大勢が密集する都会で常にソーシャル・ディスタンスを気にしながら生きていくよりも、いっそ地方に居住を移したほうがいい。光回線さえあれば、どこでだって仕事ができるのだ。

そんな理由で思い切って地方移住を考える人々が増えている。

我が山梨県北杜市に関していえば、たしかに移住者が増えたと実感する。

地元の不動産業の担当者に取材を入れると、下は三十代から上は六十代以上まで、移住やデュアルライフ(都会と田舎の二重生活)を考えて、頻繁に相談の電話があるという。「ネットで物件を見つけたので、実際に現地で見てみたい」と具体的なことをいってくる人も多い。

「実は最近、うちが出していた物件がすべて売れて、お客様が〝待ち〟の状態なんです」

そういってきた不動産業者もいる。

ちょうどコロナ禍がいったん収まりかけた二〇二〇年十月頃がピークだったそうだ。こんなことは、ここ何十年で初めてだという。

友人の建築士も、ここのところ新築ラッシュが続いて大忙しだそうだ。

ウッドショックと呼ばれる、とりわけ外材の品不足による価格高騰が昨今の問題となっているが、それもいずれは落ち着くだろう。木材の需要があるかぎり、供給が止まることはないからだ。

空き家バンクも大きく動いた。

地元で誰も住んでいない家を、売買や賃貸のために持ち主が登録するシステムだが、コロナ禍以後、いろんな物件が成約し、移住の前段階として仮住まいに暮らしてみたいという人や、実際に移住してくる人も少なくない。中には就農のためと、明確な目的を持ってやってくる人もいるそうだ。

むろんただで移住や仮住まいができるわけがない。

家を建てるにしろ、借りるにしろ、それなりの資金が必要なため、ある程度、生活に余裕がある人々が真っ先に動いている。が、民間金融機関の無利子融資、貸出金利ゼロパーセントが続いている今こそチャンスと、資金の一部あるいは大半を銀行から借りる人も少なからずいる。

とにもかくにも、脱都会、地方移住を考えるなら、夢を実現させるための具体的な計画を練る必要がある。そのためには、やはり移住経験者の貴重な体験から学ぶことをオススメする。

そうした意味において、本書はきっと役立つはずである。

しかしながら世の中、いいことばかりじゃない。

むしろつらいことのほうが多い。こと田舎暮らしにおいては、想像を絶する苦労を強いられるはずだ。そのことをぜひとも知っていただきたいと強く思っている。

だから本書のタイトルは『田舎暮らし毒本』とした。

第一部は自分の経験を語りつつ、移住や生活についての一般論。

第二部からは、まさにタイトル通り、作者自身のさまざまな事件や出来事を振り返り、田舎暮らしの表と裏を本音で書かせていただいた。

あらかじめ何が〝毒〟であるかを知っていれば、あえてそれを口に入れることもない。

二十年の移住経験が、読者の皆様の心に何かうったえるものがあれば幸甚である。

13 コピーpb070201

目  次

はじめに  

第一部

第一章 移住前の段階   
夢を持つ/イメージする/費用がかかる/車は必需品/移住先を捜す/土地を決める/家の話/スローライフは幻

第二章 ログハウス   
ログハウスでの生活/セトリングについて/定期的な塗装が必要/音が筒抜け/部屋が少ない/暖気の循環が難しい/屋根がなくても床暖房/デッキを広く作ろう/やっぱり屋根は重要/動線を考える/寒さに強く/地下室と庭を有効利用する/風呂とトイレ/軽トラックは必需品?/すべてに器用であれ!/草刈りこそが人生さ/設備屋は慎重に選ぶ/家を建てると不幸が起きる?

第三章 薪ストーブの話   
薪ストーブとは?/薪ストーブに関する法律や注意事項/薪ストーブはエゴロジー?/それでも地球に優しい/薪ストーブの基本/薪ストーブの一日/薪について/薪を作る、薪を貯める/チェンソーの話/薪ストーブは不便?/シーズン終了

第二部

第一章 狩猟問題
ここは十九世紀のアメリカ西部か!/田舎の田園地帯はハンター天国/狩猟に関する法律/住民運動/テレビ取材/絶望/猟師と友人になる/突然の銃猟禁止区制定/狩猟問題、その後/まとめ

第二章 電気柵問題
突然の通達/諸問題/情けない結果に

第三章 水問題   
地面の下は目に見えない/水企業が集まる土地/地下水条例/企業担当者たちと話し合う/二度目の会見/問題は解決したわけではない

第四章 他にも問題が山積み
いきなりゴルフ場?/悪臭問題/灰溶融炉建設計画/町村合併と土建王国/天ぷら豪雪/クマも出ます/放射能薪

第五章 移住者と地元民
閉鎖性の強い土地/きっかけが大事/困った移住者たち/何よりも大切なこと

むすび  


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
光文社新書

よろしければサポートをお願いいたします。もっと読んでいただけるコンテンツを発信できるように、取材費として大切に使わせていただきます!

アランちゃんも喜んでいます!
光文社新書の公式noteです。2021年10月17日に創刊20周年を迎えました。光文社新書の新刊、イベント情報ほか、既刊本のご紹介や注目の連載をアップしていきます。お気に入りの一冊について書かれたnoteを収録するマガジン「#私の光文社新書」の投稿をお待ちしています!