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ウィズ・コロナ時代、アートの「読み方」と「買い方」

研究のテーマは「現代アートと、経済活動を中心とした社会との関係性」

「自著を語る」で大学教員の著者がよく書いておられるのが、「論文を書き慣れているので、書籍は勝手が違う……」というものですが、私は逆です。

30年以上サラリーマンを経験してきて、教員を専業とするようになったのは50歳を過ぎてからでした。もちろん、長く非常勤講師などを務めながら、二足の草鞋で教歴を積んでの転職、というか一大転換ではありました。ですから自らの仮説や予想を常体で語ることに、いささかの”上から”感を拭えず、敬体で書く書籍のスタイルが性に合っているのです。 

さて、私が長年研究テーマとしてきているのは、「現代アートと、経済活動を中心とした社会との関係性」です。

最近では大分減りましたが、お金と結び付けて語ることが芸術を汚(けが)す、あるいは冒涜すると本気で思い込んでいる人たちがたくさんいました。食べるのにも苦労し、四畳半一間の木造アパートで一心不乱に絵筆を走らせる」ような姿を礼賛し、「アーティストは、やっぱりハングリーでないとな」などと語りながら大学の教職に就き、百貨店では毒にも薬にもならない作品を販売する“大先生”も少なくありませんでした(今でもいるはずです)。 一方バブルで痛い目に遭いつつも、「芸術品の価格なんて、あってないようなもんだよ」と、したり顔で自説を述べる紳士(?)もまた、未だに健在です。

30歳で草間彌生作品を、夏と冬のボーナス全額をつぎ込んで購入 

私は今から27年前、30歳の時に、憧れの草間彌生さんが描いたドローイング作品《無限の水玉》(1953年)を夏と冬のボーナス全額で手に入れました。そして、それ以降、現代アート作品の魅力に憑りつかれてしまったのです。富裕な家に生まれたわけでも、ストック・オプションで大金を手にしたわけでもない私が、です。

32歳の時には、自らの税込み年収を遥かに超える草間さんの《無限の網》(1965年)に惚れ込み、勤務先に内緒で土日と夜間はホテルでアルバイトをしてお金を作っていました(若い頃のエピソードにご興味がある方は、是非、拙著『現代アートを買おう!』〈集英社新書〉をお読み下さい)。 

こうした経験を経て知り得たことは、「美術品に掘り出し物はほとんどないが、評価の定まっていないアーティストの優品は格安で手に入れることができる」ということでした。1996年当時の500万円が、32歳のサラリーマンにとって安いかどうかは別として、現在の相場で類例作品は10億円を下りません。そして、将来有望なアーティストを見抜く眼は、美術史、思想、美学などの広範な知識に加え、世の様々な動きや各種経済指標、さらにはアート界の多種多様な最新情報を集めて分析することでしか鍛えられないことにも気づきました。 

こうしたメソッドは作品を購入しないまでも、美術、特に難解であると敬遠されがちな現代アート作品鑑賞にも大いに役立ちます。しかも”世の様々な動きや各種経済指標”は、ビジネス・パースンなら誰もが毎日気を配っていることでしょう。それゆえに現代アートとビジネス・パースンとの相性は悪くないと考え、光文社・小松さんと最初の仕事である『現代アート経済学』を書き上げたのです。その後、世のスピーディーな変化に伴い、続編『現代アート経済学Ⅱ-脱石油・AI・仮想通貨時代のアート』を、今春ウェイツから刊行しました。 

新型コロナでアート界は一変した

もはや趣味といえるほど牧歌的でもなく、私費を投じてのアート・マーケットに対する実践的リサーチ・研究と化した私のコレクション活動ですが、ここ数年日本では現代アートを巡る状況が確実に変化しはじめていました。以前と比べアートをテーマにした書籍が多く出版され、その中にはベスト・セラ―になるものも現れています。また、IT企業の若き幹部社員や成功した起業家の中には、コレクションを楽しむ方も散見されるようになってきました。 

こうしてバブルの呪縛からようやく解き放たれ、ミレニアル世代によるブームの兆しを迎えつつあった2020年1月、そのすべてに急ブレーキをかけたのが、新型コロナウィルス感染症の全世界的な流行でした。 

図7_ピーテル・ブリューゲル・父_死の勝利

ピーテル・ブリューゲル父《死の勝利》1562年頃、パネルに油彩、117×162cm、プラド美術館蔵

2000年代中盤以降、アジア最大のアートフェアであるアートHKとそれがアートバーゼル香港に変わってからも、私は毎年3月に必ず同地を訪れていました。しかし今年は、バーゼルのみならず、ほとんどすべてのフェアや展覧会が中止あるいは休止となってしまったため、スプリング・シーズンに向けた航空券やホテルのキャンセルで大わらわでした。

また、国内に目を転じれば、自ら担当する授業や研究室のカリキュラムのみならず、大学全体の運営、特に学生や教職員の安全と後者については雇用の安定に日々心を砕き、眠れない夜が続いていました。もちろん、国内でも美術館やギャラリーは軒並み休館・休廊となり、1年以上前から開幕を心待ちにしていた東京都現代美術館「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展や、東京国立近代美術館「ピーター・ドイグ展」も、残念ながら休止となってしまいました(その後、会期を変更して無事に開催)。

歴史に学ぶ:中世、人々は感染症とどう対峙したのか?

ネット上にはフェイク・ニュースが溢れ、マスクから消毒液、果てはティッシュやインスタント・ラーメンまでもが、店舗やネット通販サイトから消えてしまいました。加えて「自粛警察」がはびこり、通勤電車の中までピリピリした雰囲気に包まれていました。さらには銀座の目抜き通りからは灯りが消え、東日本大震災に伴う計画停電の時よりも暗く沈んでいたように思えました。

感染者数、死亡者数がともに増え続け、不安な気持ちを抱える中でふと思いついたのは、「科学も未発達で、今より衛生環境が悪かった中世において、人々は当時大流行した黒死病(ペスト)と、いかに対峙していたのか?」ということでした。早速資料をあたってみれば、興味深い事実や、時代は変われどもコロナ禍との少なくない共通点を見い出すに至り、まずは担当する授業「現代アート経済論」で取り上げるべくパワーポイントの資料にまとめました。5月に入り半年近く途絶えていた講演依頼も、月に1~2本はオンラインでの依頼がくるようになりました。

そこで、多くの方々がウィズ/ポスト・コロナのアート界動向に高い関心を持っていることを感じたのです。すぐに小松さんに連絡を入れ、コロナとアートをテーマにした書籍に関する本書の提案をしました。タイミングこそが重要という認識は強く持っていたので、結果的に2か月間で書き上げました。その後も数多くの画像掲載許諾や校正をかつてない程のスピードでこなすことで、今回の刊行へと漕ぎ着けたのでした。

世界中のキー・プレイヤーたちから話を聞く

さて、ダ・ヴィンチの絵画1点が、平均的な地銀の時価総額に相当する500億円以上の値がつくのも、現存アーティストであるクーンズによる彫刻が100億円を超えるのにも、美学、美術史上の価値に加えて、政治・経済力学、そしてアート・マーケットの状況に則した明確な理由が存在しています(気になる方は、前出の『現代アート経済学Ⅱ』や本書でお確かめ下さい)。

図19_ダヴィンチ

約508億円という史上最高の価格で落札された、レオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバドール・ムンディ(世界の救世主)》1490〜1519年頃、くるみ板の油彩、45.4cm×65.6cm

アート作品のコンセプトはもちろん、作品価格を含めてアート界で起きているあらゆる事象は、ロジカルな説明が可能であるというのが私の持論です。近頃流行りの”アート的思考”といったような直観は、(仮にあったとしても)理論を積み上げた上での残り1~2パーセント程度にしか過ぎません。ですから、本書のテーマであり、タイトルにもなっている『新型コロナはアートをどう変えるか』に関しても、あらゆる報道やデータを引用し、可能な限り定量的に論じたつもりです。

もっとも、個人的な付き合いから世界中のキー・プレイヤーたちから聞いた”ここだけの話”も、文中に数多く散りばめられています。彼らとSkypeやZoomあるいはSNSで紡いだ会話が、本書の骨格形成に大いなる示唆を与えてくれました。それと同時に、緊急事態宣言下での閉塞感漂うステイ・ホーム生活を、ひととき活き活きとしたものに変えてくれたことも事実です。

若手アーティストの作品は「今が買い時」。なぜ?

アートに関する事象に限らず、本書では「これからの働き方や住居を含む暮らし方」「若者の消費・所有離れ」、そして「脱東京一極集中 → 地方創生?」さらには「世界的な金融センターの地位」まで、アートを切り口にしながら様々な問題についても言及しています。

最後に、一言。経済状況や生活環境も、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあります。ひょっとしたら少し遅きに失したかもしれませんが、もしも若手アーティストの作品に興味があるなら”今が買い時”です。リーマン・ショックの時も、今回も私は押しつぶされそうな不安と戦いながら、休むことなくコレクションの充実を図っていました。なぜかって?それは是非、本書の第2章と第3章をお読み下さい。

今度は担当編集の小松さんと、『現代アートを買おうⅡ-ポスト・コロナ、SNS、フィンテック時代のコレクション術』(仮)でも世に出せたらと願っています。

新型コロナはアートをどう変えるか◆目次

はじめに
第1章 芸術は疫病をどう描いてきたのか
第2章 新型コロナとアート市場
第3章 アートは死なず
終 章 ウィズ/ポスト・コロナ時代のアート作品
おわりに

著者プロフィール

宮津大輔(みやつ だいすけ)
1963年、東京都出身。アート・コレクター、横浜美術大学学長、森美術館理事。広告代理店、上場企業の広報、人事管理職、大学教授を経て現職。1994年以来、企業に勤めながら収集したコレクションや、アーティストと共同で建設した自宅が、国内外で広く紹介される。台北當代藝術館(台湾・台北)の大規模なコレクション展(2011年)や、笠間日動美術館とのユニークなコラボレーション展(2019年)などが話題となった。『現代アート経済学Ⅱ――脱石油・AI・仮想通貨時代のアート』(ウェイツ)や『定年後の稼ぎ力』(日経BP)、『アート×テクノロジーの時代』(光文社新書)など著書や寄稿、講演多数。



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