2500年前から「恋愛」はややこしい―鈴木隆美著『恋愛制度、束縛の2500年史』より
見出し画像

2500年前から「恋愛」はややこしい―鈴木隆美著『恋愛制度、束縛の2500年史』より

光文社新書編集部の三宅です。今回はやや古い本の紹介です。鈴木隆美著『恋愛制度、束縛の2500年史』。刊行は2018年12月ですが、いまだ根強いファンがいます。個人的にとても好きな本で、もっと多くの人に読んでもらいたいと常々思っています。ちなみに著者の鈴木さん、大学教員兼アルゼンチンタンゴダンサーという、ユニークな属性をお持ちです。

画像1

恋愛というのは、人間にとって大きな悩みの種です。どうすればうまくいくのか、親も学校も教えてくれません。しかし、惹きつけられて止まないものであり、失敗して大きな痛手を負うことも多々あります。

本書を読むことで、恋愛というものを相対化し、失敗を笑い飛ばすことができるようになれば、編集者としては本望です。というより、単純に面白く、学びの多い本ですので、ぜひ読んでみてください。

本記事では、長めのまえがきと目次を公開します。

イントロダクション

「ジュテーム」の衝撃

 フランスの古都トゥールで、60代のマダムの家にホームステイしていた時のことです。

 ある日、マダムの娘と孫が家に遊びに来ました。おばあちゃんであるマダムは、自分の娘を、全身の骨を砕かんばかりに抱きしめます。さすがはヨーロッパ、ジェスチャーが大袈裟だ、と思ったものです。

 弾けるような笑顔がマダムと娘の間に生まれます。続いてマダムは孫の頬を溶かさんばかりに長いキスをします。赤ちゃんの方はちょっと迷惑そうでしたが、それでも嬉しそうです。マダム、マダムの娘、孫の家族水入らずの会話が続きます。水入らずの言葉とは裏腹に、外国人である私が家庭の中にポツンといたわけですが。

 まだフランスに留学して間もない頃で、私のフランス語力では、その会話の内容はまるで理解できませんでした。しかしながら、場の雰囲気は間違えようがありません。孫と娘に会えたマダムは本当に嬉しそうでした。マダムの娘は遠方に住んでいて、たまにしか会えないのです。マダムは、これでもかというばかりに赤ちゃんの目を覗き込んで、抱きしめ、愛撫し続けています。娘も10秒以上続くハグをしています。まるで恋人同士であるかのような濃厚なスキンシップです。

 相変わらず何を言っているのかよくわからなかったのですが、そんな中、完全に聞き取れたフレーズが唯一ありました。母親が赤ちゃんに向けてことあるごとに繰り返していた「ジュテーム(愛してる)」、そして去り際にマダムが自分の娘を力一杯抱きしめて言った「ジュテーム」というフレーズです。

 衝撃的な体験でした。それまで「ジュテーム(愛してる)」というのは、恋愛映画などで恋人同士がロマンティックな夜景を背景にして、キスする直前に交わす言葉でしかありませんでした。その言葉が、親子の間で、あるいは祖母と孫の間で、真剣に交わされる言葉だとは思いもしなかったのです。こちらが勝手にこういうものだろうと思っていた「ジュテーム」は、かなりポイントがずれていたわけです。

 言われてみれば当たり前ですが、フランスでは、「愛」は、恋人になってから勝手に生まれるものではなく、子供の頃に親から「ジュテーム」という言葉とともに教わるものです。そうやって親から、祖父母から受けた愛情がいっぱい詰まった表現があり、大人になってから恋人に対して、その同じ表現を使うのです。こんなことを、私はその時初めて理解しました。

 そして、ふと気づいてしまいました。自分は一度も母親にも、祖母にも「愛している」とか「好きだよ」とか言われたことがない。子供時代、両親、祖父母から邪険に扱われていたわけではないと思います。むしろ大事に育てられた方でしょう。「可愛いね」とか「お利口さんだね」とかはよく言われていた記憶があります。

 でも、一度も親や祖父母から愛の告白を受けたことがない。むしろ「愛している」や「好きだよ」という言葉を真顔で祖母や母に言われることを想像すると、奇妙な居心地の悪さを感じてしまいます。「愛している」という言葉は、決して母や祖母と自分の間では交わされなかったし、死ぬまでそうでしょう。

 そこからある疑問が浮かんできました。なんだか居心地の悪くなるような疑問です。自分は「愛」を親からちゃんと教わっていないのではないか、という思い。目の前で繰り広げられる、親と子の濃密なスキンシップと「ジュテーム」という愛の言葉に満たされた時間、これは自分の幼少期にはなかったものです。ここでの「愛」は私の知る「愛」よりもなんだか深くて重いような気がしてしまいました。

 目の前にいる赤ちゃんは、私と同じく言葉は何もわからないけれど、その「愛」の空間の中に浸されて、そして「ジュテーム」という表現が体に染み渡っていくのです。間違いなく自分はこんなやり方で「愛している」という言葉を獲得したわけではありません。少なくともヨーロッパの人たちの言う「愛」は自分と親の間にはなかったし、ないものは当然教わっていない、ということになります。

「愛してる」という表現の使用法

 同じことは、おそらく私だけではなく、多くの日本人に当てはまるのではないでしょうか。日々の生活の中で「愛している」という言葉は、現代日本の親子の間ではほとんど使われていないでしょう。

 フランスでは、「ジュ(私は)・トゥ(あなたを)・エム(愛している)」というフレーズとセットになって、親から子へと愛情が教えられ、そして子は誰かに恋をした時に、同じ言葉を言うのです。考えてみると、日本とはかなり状況が違います。

 誤解してほしくないのですが、日本の親子の間には愛情がない、とは全く思いません。現代日本で、子育てに奮闘する親の振る舞いの中に、母性愛、父性愛はいくらでも見つかるでしょう。

 しかし日本では、その愛情は「愛している」という言葉で表現されることはないのです。「○○ちゃんなんて可愛いの」とか「△△ちゃん大好き」とか言われることはあるでしょう。そしてそう言われて育った子供が将来恋人を見つけ、同じセリフを使うこともあるでしょう。しかし「大好き」や「可愛い」は「愛」を直接的に指示する言葉ではありません。もっと広く、曖昧な好みを表す言葉です(大好きなもの、可愛いと思うものを、その人が「愛している」とは限りません)。

 現代日本語の語感からすると、「愛してる」というのは重い響きをもつけれど、「大好き」「可愛い」はもっと軽いものだと思われます。

 もちろん、親が子供に対してもつ愛情は深く、重い愛情であることも多いでしょう。しかし、そうした愛情を直接指示する表現である「愛してる」は、親子の間であまり使われないのです。ましてや、ヨーロッパのように、親が子供に面と向かって、「私は・あなたを・愛している」とは絶対に言わないわけです。

 つまり、日本語に、「ジュ・トゥ・エム(続けて発音し『ジュテーム』となる)」に対応する表現はないと言っていいでしょう。「ジュ・トゥ・エム」は「愛してる」とは訳せない。後に見るように、明治、大正期の知識人は、これが訳せなくて苦しんだわけですが、今でも事情は大して変わっていません。

 言い換えれば、「ジュテーム(私はあなたを愛してる)」が表現するような「フランス的愛」、さらにはヨーロッパにおける「愛」と、日本における「愛」とは、言葉の用法が違い、使う場面が違うので、必然的にその意味もどこか違ってくる、ということになります。

 この差はどこにあるのでしょう。ヨーロッパの愛と日本の愛では、何がどう違うのでしょうか。なぜそのようなことになったのでしょうか。そして、どのような歴史的経緯があるのでしょうか。これが本書を貫く問題意識です。

恋愛輸入論の是非

恋愛輸入論というのがあります。

「恋愛」という言葉は明治時代に「love」や「amour」の訳語として作られたもので、それ以前に日本には言葉としては「情」や「色」しかなかった。だから「恋愛」は、舶来品の一つ、ヨーロッパからの輸入されたものだ、という説です(1)。

 一方、小谷野敦のように恋愛輸入論を否定する人もいます(2)。確かに恋愛輸入論も、いろいろ問題はあります。そもそも言葉は違えども、明治以前にも「恋愛」と似た感情はあった、『万葉集』や『源氏物語』から連綿と続く恋愛物語には、実際に「恋愛」が描かれている、と恋愛輸入論を否定することもできなくはないでしょう。

(1)例えば、柳父章、『翻訳語成立事情』岩波新書、1982、p.87―105/佐伯順子、『「色」と「愛」の比較文化史』、岩波書店、1998/柄谷行人、『日本近代文学の起源』、講談社文芸文庫、1988、p.98―126
(2)小谷野敦、『日本恋愛思想史』、中公新書、2012、p.4―28

 日本にも西洋的な恋愛に似たようなものはありました。恋人に対する愛着、情のほつれ、嫉妬、失恋の痛み、そういったものはいくらでも、ヨーロッパ文化の中にも日本文化の中にも見つかります。

 しかしながら、ヨーロッパはその中から「愛」なるものを、独特のやり方で作り上げ、制度化し実践してきました。その「愛」は日本の「情」や「色」と重なる部分もあれど、やはりだいぶ違う歴史と意味をもっているのです。

 日本の色恋も情も、ヨーロッパでの「love」「amour」と同じ使い方をされていたはずはありません。少なくとも明治の知識人が、ヨーロッパに追いつけ追い越せで、日本の文化レベルを上げようと躍起になって輸入しようとした、ヨーロッパ産の「愛」とは違うでしょう。

 恋愛輸入論は、その意味では否定しがたい説です。日本人は明治期に「love」や「amour」を西洋から輸入した。それまで日本の伝統が知らなかったもの、日本語の語彙にはなかったものを輸入した。そして苦労して「恋愛」という言葉を作ったのです。だがその輸入の方法はどのようなものであったのでしょうか。

 先回りして言ってしまえば、不完全で奇妙なものであった、と言わざるを得ません。やはり日本語の「恋愛」という言葉は、ヨーロッパの「love」や「amour」とは違う意味をもつのです。

 そこで、この違いを比較文化論の枠の中で、歴史を追いながら見てみよう、というのが、この本の目的です。ヨーロッパの「恋愛」と日本の「恋愛」はどう違うのか。どういう経緯でそうなってしまったのか。

日本文化は「雑種文化」

 恋愛の輸入の問題を考える前に、もうちょっと一般的に、日本人が海外の文化を輸入する際に、どんなことが起こるのか、ということを考えてみましょう。

 これは本書で展開する比較文化論の基本的な視座になりますが、この点については様々な日本文化論があります。強引にまとめてしまうと、日本人は外国文化を輸入する時に、それを変質させ、日本化させ、場合によっては無化してしまう場合が多い、ということです。いくつか代表的な論考を見てみましょう。

 加藤周一という昭和の大知識人がいます。医者だったのですが、文学にも非常に造詣が深く、批評家として大部の『日本文学史序説』という名著を書き上げていて、この本は様々な言語に翻訳されています。

 彼は4年間にわたるフランス留学を経て、ヨーロッパの文化はヨーロッパ産の文化だけで作られた「純粋種」であり、それに対し日本文化は日本土着の文化と西欧から輸入した文化が混在している「雑種文化」である、と規定します。引用してみましょう。

 伝統的な日本から西洋化した日本へ注意が移ってきたということでは決してない。そうではなくて、日本文化の特徴は、その二つの要素が深いところで絡んでいて、どちらも抜き難いということ自体にあるのではないかと考えはじめたということである。(加藤周一、『雑種文化』、講談社文庫、1974、p.25)

 伝統的な日本と、西洋化した日本、この二つが絡み合っているのが日本文化であり、その意味で日本文化は雑種なのだ、と加藤は考えるわけです。後に加藤は、この考え方を反省し、留学から帰ってきた当時、自分は非常に国家主義的だった、と言うようになります。

 要するに、西洋はこう、日本はこう、と日本のオリジナリティを強調しすぎたのですね。そこから西洋は純粋種、日本は雑種という二分法が出てきます。西洋は全てを自前で用意している。だから純粋だ、ところが日本は東洋的なものと西洋的なものが混ざっている、だから雑種だ、という考え方です。

 西洋が純粋種、というのはかなり大雑把な説です。なぜなら西洋文化も詳しく見てみれば、アフリカやらアジアやらいろんなところから影響を受けてできた文化であるからです。

 まあそれはともかく、日本文化がごった煮であるのに対して、西洋文化には、連綿と続く伝統の上に築きあげられたすごい文化がある。その断絶にショックを受けた加藤は、上記のように言ったわけですね。

日本文化の「無構造」

 加藤の説が正しいかどうかは別として、それに続いて、日本を代表する昭和の政治思想家、丸山眞男は「無構造」ということを言いはじめます。

近代日本人の意識や発想がハイカラな外装のかげにどんなに深く無常観や「もののあわれ」や固有信仰の幽冥観や儒教的倫理やによって規定されているかは、すでに多くの文学者や歴史家によって指摘されて来た。…思想が伝統として蓄積されないということと、「伝統」思想のズルズルべったりの無関連な潜入とは実は同じことの両面にすぎない。一定の時間的順序で入って来たいろいろな思想が、ただ精神の内面における空間的配置をかえるだけでいわば無時間的に併存する傾向をもつことによって、却ってそれらは歴史的な構造性を失ってしまう。小林秀雄は、歴史はつまるところ思い出だという考えをしばしばのべている。それは直接には歴史的発展という考え方にたいする、あるいはヨリ正確には発展思想の日本への移植形態にたいする一貫した拒否の態度と結びついている…本来異質的なものまでが過去との十全な対決なしにつぎつぎと摂取される。(丸山眞男、『日本の思想』、岩波新書、1961、p.11―12)

 なんだか小難しいことを言っていますね。「無時間的に併存する傾向をもつことによって、却ってそれらは歴史的な構造性を失ってしまう」なんて、改めて考えるとよくわからない表現ですが、彼が言いたいのはこういうことでしょう。

 外国文化は日本にとっては異質で本来相容れないものなのですが、日本人は「まあまあ」とあまりその対立を気にせずに、全部受け入れてしまう。目に見えるところでは、いろんな時代に摂取した外国文化が並存している。西欧の社会思想やら、中国からやってきた仏教やら、そんな雑多なものが、ごちゃっと並べられている。それらが発展してきた歴史的経緯がそれぞれちゃんとあるわけですが、そんなのは日本人にとっては関係ない。全部ごちゃっと並べてしまう。そして裏では、相も変わらずアニミズムやら年功序列の習慣やら、日本的な感性が支配的である――、ということです。

 そんな日本的な精神は、神道に象徴的に現れている、と丸山は言います。

「神道」はいわば縦にのっぺらぼうにのびた布筒のように、その時代時代に有力な宗教と「習合」してその教義内容を埋めて来た。この神道の「無限抱擁」性と思想的雑居性が、さきにのべた日本の思想的「伝統」を集約的に表現していることはいうまでもなかろう。(前掲書、p.20―21)

 相容れない思想が「雑居」している――、このような考え方は加藤周一の雑種文化論の延長でしょう。「無限抱擁性」なんていうと堅苦しいですが、これも簡単に言えば、「まあまあ」と言って矛盾を気にせずに全てをなあなあにしてしまうということです。ちゃんとした土台もなければ、積み上げられているものもない。そんなことを指して「無構造」と言ったわけです。

 先回りして言ってしまうと、これは恋愛でも同じです。西欧には西欧の歴史があって「恋愛」というものがあるのに、日本はそんな歴史を無視して、西欧の恋愛をごちゃっと輸入してしまった、というのが本書の主張の一つです。

 本来、相容れない西欧の恋愛と仏教の慈愛と儒教的な倫理観が雑居してしまう。そんな恋愛事情も、丸山だったならば、日本文化には構造がない、無構造である、ということでしょう。

日本文化の「並列構造」

 丸山の立論を受けて比較文学者の大嶋仁は「並列構造」という概念を提唱します。個人的にはこの言い方が一番好きです。ちょっと見てみましょう。

日本人の思考の中で、歴史を通して変わらないものは何でしょうか。もっとも注目すべきものは何なのでしょうか。それは「並列構造」です。すなわち、異なるイデオロギーが、隣り合わせに置かれてしまうのです。意味も由来も違う言葉が、同一平面上に並べられてしまうのです。それが「並列構造」です。そのようにして、古代では中国文化(漢と呼ばれる)と日本文化(和と呼ばれる)が並列しています(3)。中世では輸入された宗教としての仏教と、土着の宗教としての神道が並列しています。そして、近代では西洋近代思考と伝統的思考が並列しているのです。日本的思考の歴史について、明快で統一的な視点を得るには、何よりもこうした並列構造を見ることが重要となってきます(4)。
(3)日本の最初の書物である『古事記』と『日本書紀』は和の文化と漢の文化をそれぞれ表しています。日本語は、中国の文字である「漢字」と、日本語の音声表記である「かな」によって構成されています。前者は漢の文化を、後者は和の文化をそれぞれ表しています。
(4)大嶋仁、『日本思想を解く 神話的思惟の展開』、北樹出版、1989、p.22(この本はもともとスペイン語、フランス語で出版されたもので、英訳も用意されています。引用はフランス語版、英語版を参照して多少変更しています)

 日本人は外来のものが好きで、特に知識人は文化先進国の思想を輸入して、権威づけに利用する、ということをもう1000年以上続けています。そのように輸入された思想、概念は、古来日本的なものとあまり相性が良くないのですが、日本という文化空間は不思議なもので、それらがあまり反発し合うことなく、自然に同居してしまうのです。

 しかしながら、それは、ある意味では外国文化の拒絶の形式です。外国のものはあくまで外国のものにとどまるからです。戦後最も優れた批評家の一人である柄谷行人も、同様の文脈でこんなことを言っています。

外のものをどんどん受け入れながら、あくまでそれを外のものであると見なすやり方は、まさに漢字の音訓併読、あるいは漢字仮名併用によって可能なのです(柄谷行人、『日本精神分析』、講談社学術文庫、2007、p.78)。

 古来、漢字は中国産の概念を表すものでありました。今ではカタカナ表記が外国産、特にヨーロッパ産の概念を示すのに使われていますね。外国のものはそのままカタカナ表記で、例えば「ラブ」などと言われ、日本語の中に取り入れられてきたわけです。西欧の恋愛概念もこうした並列構造に捉えられ、日本に輸入され、消化される際に、異質なものとなり、場合によっては無化されていきます。

 ヨーロッパから恋愛がやってきたとき、これは「ラブ」あるいは「ラアブ」などとカタカナ語で書かれていました。他の輸入思想と同様に、外のもので、なんだかよくわからないけれど、カッコいい、という程度のものでした。それが次第に「恋愛」という言葉に置き換わっていきます。おそらくこの過程で、独特の「恋愛の日本化」が起こった、と考えるべきでしょう。大嶋仁の言う並列構造がここでも顔を出します。

 すなわち、恋愛ができあがった、その歴史的経緯を無視して、西洋的「恋愛」と、日本的な「情」と「色」が、ポンと並列に置かれるのです。論理的にはお互い相容れないのですが、とりあえずなんとなく、「まあまあ」といった感じで並列されてしまうのです。

恋愛制度の束縛史

 本書では、「まあまあ」と対立しているものを隠蔽する、日本文化の傾向にあえて逆らって、日本的な「恋愛」とヨーロッパ的な「恋愛」の対立をはっきりさせていこうと思います。

 この対立を正確に捉えるためには、やはりヨーロッパの恋愛観の歴史的な展開を捉えておく必要があります。ところがヨーロッパの恋愛観を捉えようとすると、どうしても話は古代ギリシャまで飛んでいきます。欧米文化の基層は、やはりギリシャのヘレニズム文化だからです。

 一般に欧米文化の基層は、ヘレニズム文化と、ユダヤ・キリスト教の世界観が複雑に入り混じり展開していったものです。恋愛も当然その文化の変動のうねりの中で練り上げられていくコンセプト、あるいは制度である、ということになります。やはりそこまで視野に入れてこそ、ヨーロッパと日本の「恋愛」の比較が可能になると思われます。

 ここで重要なのは、それが「制度」であるということです。「制度」とは陰に陽に私たちのあり方、気のもちようすらも規定してくるもので、ある種の規範です。平たく言えば、「~だと思わなくちゃいけない」というプレッシャーですね。それは無意識のレベルにも根を張る心理的束縛です。これは古代ギリシャから現代日本に至るまで、実に多様な形で存在してきました。

 本書はそのような恋愛制度の歴史、その囚われの歴史を、2500年のスケールで眺めてみよう、という試みです。

 これを新書のサイズでやろうとすると、当然無理が出ます。まあ、蛮勇を承知の上で、あえてトライしてみましょう。数千年単位の歴史のうねりの中で恋愛を見る、という視点で書かれた書物が、日本にはあまり見当たらないからです。

 著者の能力の限界から、断片的な見取り図になり、かなり大雑把な言い方しかできないことも多々あるでしょう。でもそこは、良い意味で開き直って、とりあえず論を進めましょう。ジェネラリスト的なことをやろうとするとスペシャリストから突っ込みが入る、というのは世の常です。本書が議論のたたき台になれば、著者とすればこれに勝る喜びはありません。

 そのような観点から、まずヨーロッパにおける恋愛概念の歴史的な変遷を見ます(第1章~第5章)。そしてそれが日本にどのように移植されていったのか、確認します(第6章)。そして最後に日本に恋愛が輸入された後、ヨーロッパで展開された恋愛のあり方(第7章)、日本で展開された恋愛(第8章)の具体例をいくつか分析します。

 このようにして、日本とヨーロッパの恋愛のあり方を比較し、恋愛についてより深く考えようとするのが、本書の狙いです。

目  次

イントロダクション 
「ジュテーム」の衝撃/「愛してる」という表現の使用法/恋愛輸入論の是非/日本文化は「雑種文化」/日本文化の「無構造」/日本文化の「並列構造」/恋愛制度の束縛史

第1章 古代ギリシャの恋愛 
ジェンダー論、クイア論/家族幻想/ジェンダー論と古代ギリシャ/アリストファネスの語る愛の起源/同性愛はなぜ生まれたか?/古代ギリシャの少年愛/立派な徳のある男性は少年を口説く/少年を口説く時は鶏が必須アイテム/エロス神の信仰/プラトンのイデア論/プラトニックラブの起源/哲人ソクラテスは誘惑の達人/現代の恋愛と比較して

第2章 古代ローマの恋愛   
ギリシャからローマへ/ローマの愛にまつわる神々/ローマの性愛/愛の詩人、オウィディウス/「サビニの女たちの略奪」/交互に表れる女性崇拝と女性蔑視/古代ローマにも草食系男子がいた?/詩人のインスピレーションと不死への憧れ/不死への想いで駆動する恋愛への欲望/ローマの奴隷制/ローマ人のジェンダー/現代の恋愛との比較――女性のモノ化

第3章 キリスト教と恋愛   
愛の宗教/原罪/浮気がダメな理由/性的なものの禁止と女性のイメージ/切り裂きジャックとミソジニー/堕落の歴史、罪の「次の機会」(Occasions prochaines du péché)/「浮気」についての日欧比較/処女性の重視と魔女/魔女裁判/アガペーとエロス/過酷すぎる神の愛/雅歌/キリスト教の世界的な影響力

第4章 中世宮廷恋愛
騎士の徳と精神的な恋愛/恋愛観の革命/絶望的な恋愛/トゥルバドール(吟遊詩人)/女性の神格化、崇高なる存在/レディファーストの伝統と、新たなジェンダー観/結婚の否定、真の恋愛は浮気である/ル・シャプラン司祭の恋愛論/恋愛において人は理性的であるべき/理性的恋愛としての中世宮廷恋愛/理性的恋愛は、論証のゲーム/ル・シャプラン司祭の恋愛否定論

第5章 ロマンティックラブとは?
日本文化の中に定着した? ロマンティックラブ/ロマンティック=ロマン主義――現実よりも幻想を、理性よりも感性を/文芸におけるヨーロッパの知的交流/ヨーロッパの文化的共通項としての「ロマンティック」/文学史の編纂とナショナリズム/ナショナリズムを超えたロマン主義/革命と個人主義とロマン主義的恋愛観/キリスト教の支配力、その振り子運動とロマン主義的恋愛/ロマンティックラブ=恋愛至上主義の成立/ユーゴーの愛の定義/ロマンティックラブの諸性質1――「愛」という絶対領域/ロマンティックラブの諸性質2――「私」という絶対領域、革命と個人主義の発達/イデア論の伝統/日本人には縁遠い過激な個人主義/『青い花』/ロマンティックラブの諸性質3――崇高と無限、永遠の彼方に/崇高――精神世界の中で最も価値があるものに対する感情/ロマンティックラブの諸性質4――夢見るヘタレ、恋愛系引きこもり、世紀病/暴走するロマン主義/ロマン主義的恋愛の具体例――ユーゴーの「森にて」/世界化するロマンティックラブ・イデオロギーと、そのジェンダー

第6章 明治期から大正期にかけて――日本における「恋愛」の輸入
「恋愛」の不完全な輸入/『近代の恋愛観』の出版/明治、大正期の西欧コンプレックス/言葉の問題/意味不明だった「個人」「人格」という考え方/恋愛と仏教の混同/厨川の信念、幻想、思い込み/反理性主義と理性の否定/漱石との師弟の情に搦めとられる/厨川の問題、あるいは恋愛輸入の実情

第7章 西欧における恋愛肯定論と否定論、精神分析のヴィジョン
スタンダールの『恋愛論』/恋愛は結晶作用/第2の結晶作用/プルーストと恋愛/恋愛を生むのは「信仰」にまで高められた憧れ/不安と恋愛幻想の膨張/恋愛は無駄な時間/嫉妬と恋愛、不安の本質とは就寝の悲劇/精神分析という衝撃/性のエネルギー=リビドー/「転移」の発見/転移と人間関係一般/恋愛のプロセスの精神分析的解釈/恋愛の見方をガラリと変えた精神分析/ジェンダーと精神分析

第8章 現代日本の恋愛
ガラパゴス化した日本の恋愛/個人主義なき恋愛/甘えの理論、縦社会の人間関係/自我概念の輸入と恋愛の輸入/恋愛輸入の最終形態――村上春樹という現象/真摯な挫折/個の立ち上げと恋愛の成立/ヨーロッパかぶれの批判/セカイ系の元祖/キャラというコミュニケーション手段/創作がコミュニケーションのあり方を規定する/キャラ萌え/キャラに接ぎ木されるロマン主義的な恋愛表象/キャラとポストモダン/日本におけるポストモダン、主体の消失とキャラ概念の怪しさ/「重い恋愛」とキャラ/西野カナ『トリセツ』/ロマンティックラブの影/暗黙のルール化した共依存=建前/椎名林檎『幸福論』/従属的なキャラ/ジェンダーの問題



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
光文社新書

よろしければサポートをお願いいたします。もっと読んでいただけるコンテンツを発信できるように、取材費として大切に使わせていただきます!

アランちゃんも喜んでいます!
光文社新書の公式noteです。2021年10月17日に創刊20周年を迎えます。光文社新書の新刊、イベント情報ほか、既刊本のご紹介や注目の連載をアップしていきます。お気に入りの一冊について書かれたnoteを収録するマガジン「#私の光文社新書」は、投稿をお待ちしています!