女性初のアメリカ副大統領、カマラ・ハリスの隠れたメッセージを読み解く
時代の転換点
女性初、黒人初の米副大統領候補となったカマラ・ハリス氏の演説が話題を呼んでいる。11月7日夜(日本時間8日午前)、ジョー・バイデン氏の大統領選挙での当選が確実となり、デラウエア州で行われた勝利宣言の集会に、ハリス氏は真っ白なパンツスーツ姿で登場し、紅潮した面持ちに時折笑みを浮かべて力強く演説した。その姿に、「時代の転換点が訪れた」と感じた人も少なくなかった。
ハリス氏の演説、そしてこれまでの軌跡からは、世界に共通する「女性リーダーへの道のり」のヒントが隠されている。
「自分は女性初の副大統領だが、最後ではないはず。この瞬間を見ているすべての小さな女の子は米国が可能性の国だと知ったのだから」
この映像のあと、あるテレビカメラは駐車場に集まった支援者のなかで、母親に抱かれた小さな女の子の姿を映し出した。女の子はきょとんとした表情を浮かべていたが、長じてこの言葉の意味を知るのではないか。ハリス氏がこの言葉に込めたのは、ロールモデルを示すことの大切さだろう。リーダーシップをとる人の姿を、後輩たちは、また子どもらは自然と頭に焼き付けている。
フィンランドでは昨年、30代の女性首相が誕生したが、もはやかの国では「女性」は話題にすらならなかった。逆に、長年ドイツで政権を率いるアンゲラ・メルケル首相の姿を見て、ある小さな男の子が「ドイツでは男の人でも首相になれるの?」と親に尋ねたという。男女の別なく力があれば国のリーダーになれるのかどうか、社会が受け入れるのか、その可能性と難しさを子どもたちはメディアを通して感じ取っている。だからこそ、ハリス氏が「ガラスの天井」を打ち破った意味は大きい。
女性リーダーの誕生は一朝一夕にしてならず
ハリス氏はまた、19歳でインドから米国に渡った母について、そして先人たちについて感慨深げに語った。
「何世代にもわたる黒人女性に、思いをはせる。この国の歴史を通じ、アジア人や白人、ラテンアメリカ人、そしてネイティブアメリカンの女性が、今日この瞬間への道を切り拓いた。平等と自由、正義のために戦い、犠牲を払ってきた黒人女性はあまりに過少評価されてきた。だが、それと同時に自分たちが民主主義のバックボーンであることも証明してきた」
乳がんの研究のためにインドから渡った母、そして経済学を究めるためにジャマイカから米国にきた父は、進歩的な大学として知られるカリフォルニア大学バークレー校で出会う。1960年代に公民権運動が盛んだったころ、大学院生だった二人はその活動を通して知り合ったと、ハリス氏は自著『The Truths We Hold』に記している。
人種差別をなくそうという公民権運動のうねりは、その後女性解放運動へとつながる。60年近く、地道に人権問題に取り組んできた先人たちのおかげで「今日この瞬間」があるという。国を率いるような、子どもたちの意識まで変えるような女性リーダーの誕生は一朝一夕にしてならず。名もなき人たちの一歩一歩の積み重ねにより、少しずつ社会が変化していく。倦まず弛まず取り組んでいくしかない。
ジョー・バイデンの「大胆さ」とは?
他方、ハリス氏は、大統領選で勝利宣言を行ったジョー・バイデン氏について、どう語ったのか。
「ジョーは最大の障壁を一つ打ち破り、女性を副大統領に選ぶ大胆さを持ち合わせている」
これを字面通り受け取るのはナイーブ過ぎるだろう。ブラック・ライブズ・マター運動が盛り上がるなか、黒人の副大統領候補で選挙戦を戦う、多様性の尊重を打ち出すためにも女性の起用がプラスになるとの戦略の下での人選だと、多くの人が知っている。しかし大統領選という特別な事情を差し引いてみても「トップが女性を大胆に登用する」ことの意義は、どの世界でも通じるものだ。意思決定層が同じルーツを持つ男性ばかりでは、もはや多様性のある社会に対応できないからだ。
ハリス氏は自著のなかで、自身は「声なき声の代弁者」であり、「不公平の構造に光を当てて変えていく」と述べている。黒人とアジア系にルーツを持ち、さらには女性の視点も持つハリス氏が国政NO.2に就くことで、白人マジョリティからマイノリティ集合体へと転換しつつある米国社会の新しい舵取りへの貢献も期待されている。
ジョーの「大胆さ」とは、もうひとつ、次の大統領候補となることを前提として副大統領候補の指名をしたという意味もある。バイデン氏の大統領選勝利により、ハリス氏はいま最もアメリカ大統領に近い女性となった。男性トップが、自身の後継者として、あるいは遠くない将来のトップ候補として女性を据える意義は大きい。日本でもある上場企業の社長が「10年後には女性社長が誕生していることをイメージしている」と語り、男性管理職らに後継者に女性を登用することを想定して育成するよう促していた。ジョーの「大胆さ」は日本でも、政界のみならず経済界でも求められるのである。
「力強い女性リーダー」は嫌われる?
ただし4年後、バイデン氏の後継として大統領候補を目指すとしたら、ハリス氏にはさらなるハードルが待ち構えている。いまハリス氏が支持されているのは「副」という地位であり、トップではない。トップ・リーダーたる米国大統領には、並々ならぬ力強さが求められる。しかし、これまで「力強い女性」は多くの人から反発をかった。直截に言えば、「力強い女性リーダー」は嫌われるのだ。
その典型が、前回の大統領選でドナルド・トランプ氏と大統領選を戦って敗れたヒラリー・クリントン氏(以下、ビル・クリントン氏との混乱を避けるためヒラリー氏と呼ぶ)である。ヒラリー氏の野心的な振る舞い、他を寄せ付けない強さは、男性ばかりか女性からも敬遠された。前回の大統領選では白人女性の半数以上がヒラリー氏ではなくトランプ氏に投票したともいわれている。2回の大統領選で敗れたヒラリー氏は、社会で求められる力強さと女らしさというダブルバインド(相反する二重の縛り)のなかで、その調整に失敗したともいえる。こうしてヒラリー氏が嫌悪感を抱かれた経緯を、若き社会学者ケイト・マンは『ひれふせ、女たち――ミソジニーの論理』で綴り、米国で話題書となっている。
2回の大統領選で学んだヒラリー氏は、ハリス氏に「調整する」ことを助言したとされる(ニューヨーク・タイムズ、2020年9月15日)。実際、ハリス氏は副大統領候補になってからは、それまでの舌鋒鋭く相手をやりこめる態度を封印し、柔らかな女性リーダー像を打ち出すようになった(ように見える)。共和党のマイク・ペンス副大統領との討論会では度々話を遮られたものの、やんわりと「副大統領、私が話しているのです」と微笑みながらたしなめた。前回のトランプ・ヒラリー対決で、話を遮るトランプ氏を無視して自説を展開したヒラリー氏の強硬な姿勢とは対照的である。
ハリス氏がトップ・リーダーを目指すなかで、「力強さ」と「女らしさ」をいかに両立させて反発をかわすのか。女性リーダーへの道には、ダブルバインドの克服という難問が、今なお横たわっている。
問われる「女性の覚悟」
最後に、ハリス氏の著書からひとつ教訓を導き出したい。それは、女性の側にも覚悟が必要だということだ。ロースクールを卒業して検察官を目指そうとしたハリス氏は、こんな思いを抱いていた。
「権力内部にいて、意思決定がなされる場に同席することも重要だ。活動家たちがデモ行進して権力の扉を叩くとき、私は内側からその扉を開いて彼らを招き入れたかった」
意思決定がなされる場を目指す。そうして社会を変革していこう――。性別もルーツも関係なく、それぞれが力を発揮できる社会をつくるには、女性にも覚悟が問われる。ハリス氏の登場は、そんなメッセージに思えてならない。
著者プロフィール
野村浩子(のむら ひろこ)
ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より公立大学法人首都大学東京(20年4月より東京都公立大学法人)監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。著書に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)、『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)などがある。