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カイワレ日記|パリッコの「つつまし酒」#86

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

カイワレの存在意義がわからない

 先日、ともに「酒の穴」という酒飲みユニットを組ませてもらっているライター、スズキナオさんらと、突発的「公開ZOOM飲み会」をやらせてもらいました。まぁ、いつもどおりにオンラインで飲んでいるところをそのままWEB配信するというもので、特にトーク内容にテーマがあるというようなこともなく、とりとめのないグダグダ話をただくり広げるだけという無益な時間。そのなかで、どんな流れだったかはすっかり忘れてしまったんですが、僕が「カイワレの存在意義がわからない」と発言したんです。そしたらナオさんが激昂しましてね。「私は野菜のなかでカイワレがいちばん好きかもしれません!」とまで言いだす始末。「え? カイワレが? いちばん!?」と、純粋に驚いてしまいました。
 カイワレって、独特の辛味があるじゃないですか? 子供時代、何かの料理に乗っていたカイワレを食べた瞬間「辛!」と思った。「辛いから好きじゃない!」と思った。それが原体験となってしまい、以来本当に、自分から進んでカイワレを食べたことって、人生で一度もないんじゃないかな? もちろん、サラダに混ざってたのを無意識に、とかはありますよ。きっと。あくまで自分の意思で「カイワレを食べよう」と思うことはなかった。

カイワレを知らず40年

 で、その日は「まぁそのうち食べてみてくださいよ」「いや〜、僕はいいっすわ〜」なんていって別の話題になった。ただ、話はそれだけで終わらなかったんですよね。
 翌日、僕がデスクをひとつ間借りして仕事場にさせてもらっている、地元石神井の出版社「スタンド・ブックス」へ行くと、営業のSさんが、いつになく興奮した様子で話しかけてきた。曰く、「パリッコさん、私は野菜のなかでカイワレがいちばん好きなんですよ!」。どうやら昨夜の配信を見てくれていたようです。「スーパーに行くと、必ず最低2袋は買います! ざっくりと刻んで、オリーブオイルとポン酢とか、ごま油と醤油とか、そんなんであえるだけで最高のつまみになるんです!」とのこと。ちなみにSさんは僕と同年代の男性。オイオイ、カイワレってそんなに我ら世代に人気の野菜だったのかよ……。まったく知らずに40年以上生きてきてしまった。
 人生にこんな奇跡が起こるなんて想像もしていませんでしたね。さまざまな要素が絡みあった結果、僕、急激にカイワレが食べてみたくなってしまったんです。
 その夜、スーパーでおそるおそる買ったカイワレを食べてみた僕が現在どのような状態にあるかというと、「家の冷蔵庫にカイワレのストックがないと不安で仕事も手につかなくなる」という、もはや「カイワレ中毒」。
 以下、個人的に書き残しておいた1週間ぶんの「カイワレ日記」を、メモ用に撮った写真と共に公開したいと思います。

カイワレ日記

・11/10(火)
スーパーにて2パック購入。人生初。ちなみに1パック58円。カイワレってこんなに安かったのか。もやしの影に隠れて気がついてなかった。
帰宅し、1パックを雑に刻み、なんとなくポン酢、マヨネーズ、たっぷりのゴマとあえてみる。失礼ながらカイワレってほとんど体積のないようなものだと思ってたので、けっこうなボリュームになることにまず驚く。酒のつまみとしてちょうどいい量。
食べてみる。まず肝心の辛味に関してだが、これが適度でむしろうまい。考えてみれば、子供時代から一気に40代までワープしてきてるんだもんな。その間にワサビも唐辛子も山椒も大好物に変わっているわけで、そりゃあそうか。シャキシャキ、ザクザクとした食感も心地いい。フレッシュな青さとマヨポンの相性も抜群。そして大好きなゴマがこんなにもたっぷり摂取できるのも嬉しい発見。「ゴマを食べるならカイワレ」という知見を得た。
結論として、カイワレ、めちゃくちゃうまい! 思わずもう1パックもまったく同じように調理して食べつくした。

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カイワレのマヨポンゴマあえ

・11/11(水)
朝、家の冷蔵庫にカイワレがないと思うとなんだかソワソワする。そこで夕方、ちょっと買いすぎか? とも思いつつ、4パック買う。別のスーパーだったが、同じく58円だった。
昨日、SNSを通じて「好きなカイワレの食べかた」を募ってみたところ、まねしてみたいレシピが続々と集まった。なかでも「ハムで巻く」はナオさんも推奨していたので、それをやってみる。なるほど、カイワレの辛味とハムの塩気がマッチし、シャキシャキの食感もおもしろい。ただシンプルゆえに、ほんのちょっとだけ辛味が立ちすぎてい気がする。そこで他の方のおすすめだった「ハムで巻いてカラシマヨをつけながら食べる」を試してみると、カラシまで加わっているのにあら不思議。さっきより食べやすく、つまみ力も上がった。カイワレ、うまい。

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カイワレのハム巻き カラシマヨ添え

・11/12(木)
朝、常備菜として作ってあった鶏ムネ肉のゆで鶏があったので、細く裂いて刻んだカイワレとあえ、ごま油、醤油、ゴマとあえてメシのおかずにする。信じられないほどうまい! ※写真撮り忘れ
夜、昨日のハムとの組み合わせを自分なりに改良してみることに。ハム巻きはうまかったが、いちいち巻いて楊枝でとめるのが若干面倒だ。そこで、ハムをカイワレと同じ長さくらいの細切りにして、マヨネーズを加えてあえてしまう。そこに好物のゴマと唐辛子もプラス。これまた絶品! 自分はハム巻きじゃなくこっちでいいな。とにかく、カイワレはうまい。

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カイワレとハムとゴマのマヨあえ

・11/13(金)
一昨日4パック買ったカイワレも最後のひとつだが、見た目はまだまだ新鮮。モヤシはたいていカイワレより安いけれども、足が早いので3日めまで持たないだろうことを考えると、トータルではむしろカイワレのほうが安いのでは?
今日はこれまたSNSのおすすめから「おでん」を試してみる。というのも、昨夜たっぷりおでんを仕込み、それがまだまだ残っていたので。作りかたは、カイワレ適量をマグカップに入れ、そこにグラグラに沸かしたおでん汁を注ぐだけ。こんな簡単なのに、カイワレがとろとろかつシャキシャキでこれまた良い。温めたことで風味が増したせいか、「お前、野菜だったんだな」とあらためて実感。カップ酒と合うなー。カイワレうまいなー。

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カイワレのおでん

・11/14(土)
冷蔵庫にカイワレのストックがないことが原因で、何をやっても上の空。日常生活に支障をきたすレベルなので、午前中に買い出しに行く。今回も58円。2パック購入。
合わせてマグロの刺身も買ってきて、SNSで教えてもらったなかでも屈指の食べたさだった「湯引きしたマグロ、菜種油、ワサビあるいは柚子胡椒、醤油とあえる」をやってみる。カイワレ料理にここまでの労力をかけるようになるなんて、かつての自分からは想像もできなかったことだ。
で、食べてみるとなるほど、こりゃあごちそう! マグロの刺身は自分の晩酌のつまみの定番だけど、買ってきた量の半分くらいをこうして食べたりすると、幅が広がってより酒が進みそうだ。カイワレ is うまい。

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カイワレと湯引きマグロのワサビ醤油あえ

・11/15(日)
今日は本気を出す。カイワレがどうもクリームチーズと合う予感がしている。それから、昨日の刺身との相性も気に入った。そこで、カイワレたっぷりカルパッチョを作ってみようと思う。
スーパーで、サーモン、クリームチーズ、レモンを買ってくる。サーモンをカイワレによりなじむよう細切りにし、カイワレとざっくりあえる。そこにちぎったクリームチーズを散らし、オリーブオイルと塩胡椒、レモンをたっぷり。
実際、こんなものがうまくないわけがなかった。一瞬、おれって天才? と調子にのりかけたが思い直す。天才なのはカイワレだ。カイワレは天才。

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カイワレとサーモンとクリームチーズのカルパッチョ

・11/16(月)
日々の楽しみスーパー通いだが、カゴを手に取り、まず向かうのはすっかりカイワレ売り場、じゃなかった、野菜売り場になった。そこで腰を抜かす。なんと、全国的に58円均一だと思いこんでいたカイワレが、38円で売られている! 「モヤシの立場は!?」と心配になる気持ちとは裏腹のニヤケ面をマスクで隠しつつ、ラス1だったのを購入。もう大泉学園のスーパー「カズン」には一生足を向けて眠れなくなった。
夜。そういえばカイワレと出会う前、自分が頻繁に、なにかとあえてつまみにしていた食材といえば、納豆だった。面目ないことにしばらく存在を忘れ、冷蔵庫の奥でいじけていた納豆を取りだしてきて、今日はカイワレとあえてみることにする。新旧スター夢の共演だ。刻んだカイワレと納豆、付属のタレにごま油とゴマを少々。
衝撃だった……。納豆に何を混ぜてつまみにするのが正解か? 僕が一生かけて探し求めようと覚悟していたその問いの答えは、なんと「カイワレ」だったのだ! 納豆と混ぜたことによる、火を通したときにも似たカイワレのとろとろ感。かつ、しっかりと残るフレッシュなシャキシャキ感。そのふたつのいいとこどりなのが「カイワレ納豆」だ。適度な辛味も納豆との相性が悪いはずがない。うまい、うますぎる! カイワレ、うますぎる!

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カイワレ納豆
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
この9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco


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