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「コンテクストってどう読むの?」が分かる!2010年「JRPG宣言」ウラ話

こちらの記事より全6回にわたり、『伝え方は「順番」がすべて』(小沼竜太・著)の本文を抜粋してご紹介します!本書は「Fate/Grand Order」や「ペルソナ」シリーズなど人気作のプロモーションに携わる〝ゲームの宣伝屋〟が「伝え方」の極意を明かした一冊。※詳細はこちらの記事を…。
ビジネスの場で時折「そこはコンテクスト(文脈・背景)を読んだ上で…」なんてさらっと使われていますが…。実際、どうやって読むんですか!? 読んだ後はどうすれば…!?
そこで今回は、かつて日本のRPG(ロールプレイングゲーム)を変えたとされる2010年の「JRPG宣言」(※イメージエポックというゲーム会社が出した宣言。当時の筆者も関わっていた)を例に挙げて、筆者が身を置くゲーム業界での実践的な「コンテクストの読み方」について解説します。

再出発のプランニングを請け負う

 物語は2010年に遡る。
 当時、コンシューマゲーム業界で、ディベロッパーを営んでいたイメージエポックというゲーム会社が、パブリッシャーとして再出発しようとしていた。
 筆者は同社のマーケティング責任者として、パブリッシング事業の垂直立ち上げにおけるプロモーションプランの作成を命じられた。イメージエポックは、2010年までに請負契約における開発の度重なる失敗により、債務超過に陥っていた。パブリッシャー化は、イメージエポックにとっての逆転劇を目指した計画だった。債務超過の中での、まさに失敗できない博打であった。薄氷の上を歩くような、そんなサバイバルレースが始まった。

自社のコンテクスト分析

 ここで当時の筆者が、実際に何をどのように分析したのかを振り返ってみよう。
 まず、過去から現在までの自社に関わるコンテクストの分析を試みた。
 具体的には、自社ブランド・ゲーム業界全体・ゲームジャンル・商品・業界メディア、と5項目に分けて、過去から現在までを分析した。

(1)自社ブランド :「イメージエポック」

 イメージエポックというブランドは、当時、会社設立から日も浅く、新進気鋭の若い会社として認知されていた。ディベロッパーとしては珍しく、オリジナルの企画をパブリッシャーに持ち込み、製品化を目指すスタイルをとっており、10万本級の成功実績があった。ゲーム体験としての作り込みの粗さは否めないまでも、キャラクター造形など、当時のユーザーが求める「商品」を作る力があるとされていた。ただし、ゲームユーザー全体に対する強い知名度はなく、潤沢なプロモーション予算があるわけでもなかった。しかし、数千人程度の熱心なファンの存在は確認できていた。

(2)業界 : コンシューマゲーム業界

 続いて、業界の過去から現在に至るコンテクストをひもといた。 当時、コンシューマゲーム市場は、ニンテンドーDSPlayStation®Portable など、携帯用ゲーム機というカテゴリが主流を占めていた。
 据置機としては、PlayStation®3 が普及段階にはあったものの、PS3における開発コストの高騰から、各メーカーはDS、PSPという携帯用ゲーム機に注力する傾向があった。文字通りの過渡期であり、目立った動きも少なく、各メーカーはリスクを避けるように、こぞってDSやPSPというリスクの低いプラットフォームで、既存シリーズの続編や外伝、亜流タイトルなどを販売していた。
 DeNA やGree が代表するモバイルゲーム市場は、拡大を始めていたタイミングであった。その一方で、コンシューマゲーム業界は停滞感に包まれていた。コンシューマゲームとしての新しい動きが、業界全体で望まれているような機運があった。

(3)ゲームジャンル : コンシューマRPG(JRPG)

 続いて、イメージエポックが得意とし、また開発を予定していたRPGというゲームジャンルの、過去から現在までのコンテクストについて。
 当時、日本のRPGは、海外(北米・欧州)のユーザーから、JRPGと呼ばれていた。JRPGとは、Japanese Role-Playing Game の略称であるが、ここでのJRPGは蔑称である。自由度が低い一本道なシナリオ、低年齢な主人公、ターン制のバトルなど型にハマった古臭いRPGを指す言葉だった。
 ゲームメディアの記事や個人ブログなどを通して、海外ユーザーが我が国のRPGを揶揄してJRPGという蔑称を用いていることは、情報感度の高いユーザーを中心に知られていた。
 ユーザーの論調としては、「外国人には日本のRPGの良さはわからないんだ」など反発する意見が多かったように思う。同時に、外国のRPG(WRPGと呼ばれた)の良さを学び、JRPGも進歩しなければ、といった意見も見られた。
 いずれにせよ、国内RPGファンや業界人を中心に、忸怩たる思いが渦巻いていたのは間違いない。

(4)商品

 次は実際に発売を予定していた商品についてだ。
 複数のRPG作品のリリースが予定されていた。タイトルのうちいくつかは、まさに文字通りのJRPGであった。JRPGと呼ぶには少し意欲的な挑戦をしている作品もあったが、多少乱暴にJRPGとしてまとめることは可能であるように思えた。

(5)ゲームメディア

 周辺メディアのコンテクスト分析も忘れてはいけない。
 2000年代のはじめにはゲームメディアの凋落が始まっていた。2010年代に入り、ゲームメディアが勢いを盛り返すことはなかった。第三者の意見としてのゲームメディアにおける記事は重要であったが、爆発力はなく、頼り切ることはできなかった。
 一方で、当時のニコニコ動画はイノベーティブなゲームユーザーが注目するメディアであり、最盛期を迎える寸前だった。発表を予定していた商品の一つは、ニコニコ動画生まれのIPタイトルであった。

自社の課題と業界の課題

 読み解いたコンテクストからは、当時のイメージエポックが抱える2つの課題が読みとれる。

課題1:知名度の欠如
イメージエポックのオリジナル作品を評価してくれる「ファン」と呼べる層は一定数存在していたものの、一般ユーザーに対しては知名度が圧倒的に足りていなかった。

課題2:少ない予算
パブリッシャーとして再スタートを切るにあたって潤沢なプロモーション予算があるわけではなく、手段は限られていた。

 また、イメージエポックが身を置くゲーム業界が抱える課題も、コンテクストの整理から見えてきた。

業界の課題1
業界全体を覆う停滞感(技術的に過渡期の状態。大きな変化は訪れない)

業界の課題2
JRPGへのワールドワイドでの逆風

課題をできるだけ多く解決した状態を描く

 これらの課題を踏まえ、課題をできるだけ多く解決した状態について考えていく。
 パブリッシャーとしてのイメージエポックを、業界の停滞感を打ち破る「新しい動き」と受け止めてもらえれば、停滞感に対する業界全体からのニーズに応えることになる。広く応援してもらえることで、業界の課題である「停滞感」の打破と同時に、自社の課題である「知名度向上」も叶えられる可能性が高い。
 またイメージエポック社が、コアなファンだけでなくRPGファンにとって無視できない存在となるために、JRPGの再定義を行う必要がある。当時、蔑称として海外で使われていたJRPGという言葉をブランドの中核に持ってくることで、強い注目(と反発)をもとに、話題を最大化できる可能性が高いと考えた。
 国内RPGファンが抱えている「JRPG」という蔑称への相反する感情(反発と容認)のどちらにも刺さる宣言をすることで、多くのファンの耳目を集め、またJRPGへの世界的逆風に向き合う自社のスタンスを、国内RPGファンに対して打ち出すことができる。
 業界内の課題である「JRPGへのワールドワイドでの逆風」に一石を投じ、ファンを獲得し、自社が求める「話題の最大化」も叶えられると考えた。

2010年の「JRPG宣言」

 2010年11月24日、「JRPG宣言」はニコニコ生放送で放送された。実際に発表した「JRPG宣言」のメッセージ全文は、以下のようなものだ。

JRPGは不要なのか?     Is JRPG unnecessary?
JRPGは古臭いのか?      Is JRPG old fashioned?
JRPGにはもう飽きたのか?  Did you get tired of JRPG?
私たちは、そう思わない!    We do not think so!

2010年11月24日、JRPGは2nd Stage へ

 今見ると青臭いし、煽りに煽っているのが鼻につくが……、言いたいことはストレートに伝わるので、悪くはないと思う。

「JRPG宣言」はパブリッシャー始めます宣言、でもあったため、流通関係者や既存のイメージエポックファン、メディア関係者、業界関係者などを含めて、600名ほどを招待したと記憶している。
 発表会の放送は、当時のニコニコ生放送としては破格の視聴者数を生み出し、ブランドの知名度は一挙に向上した。当時の業界人やゲームファン(特にRPGファン)は記憶に残っているかもしれない。

知名度向上、流通が商品を仕入れてくれた

 コンシューマゲームは業態上、製品をユーザーの手に届ける前に、流通に仕入れてもらわねばならない。流通に仕入れてもらい小売店に卸してもらわねば、製品を買ってもらう機会を失うからだ。流通のバイヤーは、これまでの実績をベースに仕入れの数を考慮するのが通例であり、実績などない新規パブリッシャーの製品を流通に仕入れてもらうということが、まず難しい。
 だが当時のイメージエポックは、実績がない状態で、期待値のみで商品を仕入れてもらう必要があった。
 そして「JRPG宣言」の後、パブリッシャーの実績がない会社ながらも、流通はイメージエポックの製品を仕入れてくれた。
「JRPG宣言」は成功したと言っていい。

 以上が、イメージエポックが「JRPG宣言」を行うまでの流れであるが、この実例を「商業的成功を収めた話」として理解してほしくはない。
 また、この実例は「施策の成功例」を述べたものでもない。
 適切にコンテクストの分析を行い、順番を考え、アクションに落とし込んだ具体的な例として、読んでもらえたらと思う。

『伝え方は「順番」がすべて』より一部抜粋・再編集しました。書籍内では「JRPG宣言」当日までの施策の順番やその後の施策についてなど、詳細に舞台裏を描いております。ご興味ありましたら、ぜひ。次回はコンテンツの「海外進出」のお話です。お楽しみに!


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