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酒場で飲む|パリッコの「つつまし酒」#64

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日17時、更新です。

焼きたての焼鳥が食べたい!

 コロナウィルスによる緊急事態宣言が全国的に解除され、それぞれに様子を見つつではありますが、営業を再開する飲食店も増えてきたようです。それにともない、例えば営業開始前の時間帯に行うなど、なるべく感染リスクを抑えられるよう最大限の注意を払うことを前提に、僕の本業ともいえる「酒場取材」の再開予定も、ぽつりぽつりと決まりはじめました。
 となると考えてしまうのが、どの店で最初に飲むか。確かこの状況になる前、最後に外で飲んだのが、3月27日に雑誌の取材で。もう2ヶ月半近く前だ。酒を飲めるようになって以来、こんなに飲み屋に行かなかったことは確実に初めてで、もうなんか、完全に感覚を忘れちゃってます。
 まだ事態が収束したわけではないし、これから大きな第2波が来る可能性だってあるわけで、僕としても、「やった~自粛解禁!」と毎晩飲み歩く気分にもなれません。けれども、再開するお店がいきなり取材というのも少し寂しい。せっかくなら、地元の好きなお店に行きたい。それだっていっぱいあるけどどこにしようか。
 そういえば、この自粛期間に強く感じたことのひとつに「焼鳥が食べたい!」というのがありました。煮込み料理や揚げ物、焼肉なんかは一応家でもできるけど、秘伝のタレと炭火で焼き上げた熱々の焼鳥、あのジューシーな幸福感は、やっぱり専門店ならではのもの。あ~恋しい恋しい、焼鳥が恋しいぞ! というわけで、令和2年6月8日月曜日、ついに久々の街の酒場である、地元石神井公園の大好きな焼鳥屋「ゆたか」に行くことを決意しました。あ~、ドキドキする!

日常って、なんて幸せなんだろう

 さて当日。実は数日前も、焼鳥が恋しいあまり、ゆたかのテイクアウトは利用させてもらっていたのですが、その時、「試しに午後4時くらいから営業を開始している」ということを聞いていました。普段は5時半からなので、営業時間を前倒ししているというわけですね。当然、人の少なそうな開店時間くらいを目指してお店に向かおうと考えたわけですが、その前に! 今日は確実に、僕の酒飲み人生に刻まれる日になる予定。絶対に最高の状態で臨みたい。まずはこのうっとうしくてしょうがないボサボサ頭をさっぱりさせてこよう!
 以前職場があった関係で、僕はここ数年、池袋にある同じ美容院で髪を切ってもらっています。だいたい1ヶ月ちょっとで、もう限界! となって予約するんですが、もちろんしばらく行けてない。確認すると、なんと前回行ったのは3ヶ月前! その間に一度、あまりのうっとうしさに自分で雑に切ってしてしまったんですが、それもあってよけいに髪の毛に変なクセがつき、ぐるぐるしている。それをリセットさせてもらおう。
 しばらく出かけていなかったぶん、今日はまとめて、やりたかったことあれこれを精算してしまおうというわけなんですね。もちろん、何か行動するごとの手洗いと、持ち歩いているアルコールジェルでの除菌は徹底しつつ。
 久々の池袋の街。街ゆく人ほぼ全員がマスクをしている以外は、活気があって以前のままのように見えます。久々の美容院。久々に会う美容師さんとの近況報告。最高に心地よいカット&シャンプー。そして、実感で1/5くらい軽くなった髪のさっぱり感! すでに天国。

 身も心も軽くなって地元に戻り、続いてなんと、これまた外飲みと並んで数ヶ月がまんしていた「銭湯」にも行っちゃおう。今日ばかりは神聖な日ということで、このとんでもない贅沢をお許しください。地元石神井公園駅前には2軒の銭湯があり、どちらも好きなんですが、「友の湯」はご主人が体調を崩されて一時休業中(心配)。というわけで、「豊宏湯(とよひろゆ)」へ。

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こがれ続けた「ゆ」ののれん

 地下水をくみ上げ、薪でガンガンに沸かす熱い湯が特徴の、昔ながらの街の銭湯。番台のおばあちゃんも元気そうで何より。15:30の開店直後に行くと、すでに常連のご老人たちが数名、気持ちよさそうに体を洗っておられます。みなさんのソーシャルディスタンスを意識した位置取りを邪魔しないようにカランを選び、全身を洗って湯船にドボン。家の風呂にはない水圧が心地いい。水色のアーチを描く高い高い天井にある窓から、さんさんと日が注ぎこむ。体が温まって顔がゆだってきたら、今度は水風呂へドボン。無念無想。しばし椅子に座って休憩し、これを3セット。全身のコリや疲れとともに、2ヶ月半の間に積もり積もった「銭湯に行けないストレス」も、確実に放出されきりました。
 あぁ、日常って、なんて幸せなんだろう……。

そうだ、これだった

 いよいよそのときがやってきました。2ヶ月半ぶりの「酒場解禁」。16時少し過ぎにゆかたに向かうと、おぉ、のれんが出てる! これがくぐりたくてくぐりたくてしょうがなかったんだよな。と、店内へ。

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のれん、ちょうちん、木製の引き戸、何もかもが愛おしい

 普段は特徴的な「J」の字のカウンターにお客さんがぎゅうぎゅうに肩寄せあって飲む人気店。ところが今は、席を1/3ほどに間引いて営業中だそうで、なんともいえない違和感がありつつ、その営業姿勢に安心感も感じます。入り口の扉は換気のために少し開けてあり、カウンターには等間隔で「消毒済」の札。「当店は感染症対策を万全の状態で行っております」という立札には、「手指消毒」「うがいの徹底」などなど、お店で行われている対策が箇条書きしてあり、もちろん店員さんは全員マスク着用。焼き場担当のお兄さんなんか、相当暑いだろうなぁ……。本当にありがたい。
 何はともあれ「生ビール」と、大好きな「自家製キンピラ」「ほうれん草納豆」を頼んでおいて、専用の用紙を前に焼鳥の注文をじっくり検討。
 すぐに生ビールが到着。いやね、家でだってビールは飲めますよ。キンキンにジョッキを冷やしてよく冷えた缶ビールを注いで飲めば、そりゃあうまい。だけど正真正銘、この生ビールってやつはしばらく飲んでいなかった。ジョッキの重みを右手に感じつつうやうやしく持ちあげ、口元へ持っていって、いざ、ごくっごくっごくっごくっ………………あぁ、心の底の底の底から、うますぎる! 僕、飲み屋にやってきたら、その懐かしさにホロリと涙してしまうと思ってたんですよ。ところが逆。もう、あまりのうまさに、テンションが上がりまくりです。
 続いてシャキシャキ食感がたまらない自家製キンピラに、他のお店ではあんまり見たことがないほうれん草納豆も到着。そうそうこの味。ゆたかならではの。本当にうまいな~。再び生ビールごくごく。

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納豆とホウレン草がすごく合うんだけど、このお店でしか見ない組み合わせ

 そしていよいよ、焼き場から直送されてきた熱々の焼鳥も到着しました。届く前、女将さんと「やっぱり焼鳥はお店で焼きたてを食べるのが美味しいからねぇ」「いやいや、こないだテイクアウトして家で食べた焼鳥もじゅうぶん美味しかったですよ」なんてやりとりをしてたんですが、いざやってきた焼鳥はもうオーラからして違う。大好物の、途中にピーマンがひと切れあしらわれた鶏皮にがぶりとかぶりつくと、誇張でもなんでもなく、鳥肌ものの美味しさです。すかさず喉に生ビールを流しこむ。……もうね、感動×100じゃ足りない。ボリューミーなつくねも、とろけるレバーも、甘~いシロも、はじける食感のタンも、ジューシーな豚バラも、どれここれもうますぎる。うっおおおおおおおお! って感じ。

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神々しいまでの光景

 そうだ、これだった。以前なら何気なくヘラヘラしながら楽しんでいた、街の普通の焼鳥屋の味。僕の大好きな大衆酒場の味。久々にじっくり味わってみたところ、そこには感動的なまでの美味しさがありました。これ、記事だからってドラマチックに書いているとかでは絶対にありません。100%の本音。
 あらためて、以前は普通だと思っていた生活がいかにありがたかったかを感じ、そしていつまでも、我々庶民がこういう幸せを噛みしめられる社会が続いてほしいと願うばかりでした。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco


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