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コロナ・ショックと非正規独身女性の「声なき声」

「社会のインフラを支えているのは私たち」

パートで生計を立てているひとり暮らしの祐子さん(仮名、61歳)は、コロナ禍で厳しい状況に置かれている。

祐子さんは4年ほど前から病気を患い、フリーランスの本業だけでは生活が厳しくなってパートを始めた。日中は本業の仕事を続けつつ、ドラックストアで週2日は夜12時から朝6時までの品出し勤務、週4日は朝7時から11時の早朝勤務で働いている。深夜・早朝は時給が1・25倍になるからだ。

朝6時過ぎ、仕事を終えて郊外に向かう下り電車に乗ると、マスクも買えず疲れた表情を浮かべる日雇い労働者の姿が目に入る。「社会のインフラを支えているのは、私たちだ」――。「STAY HOME」という言葉を聞くたびに、祐子さんは心のうちでそう呟きたくなる。

この3月、原因不明の発熱があったものの、咳をこらえて休まず働いた。

ある日、職場の責任者に「(コロナ感染で)もしも休んだらどうなりますか」と聞いたところ「そういうことをイチイチ聞くな」と怒鳴られた。パートの同僚は口をつぐんで働く。みな、今の仕事にしがみつかないと「生きていけない」からだ。

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非正規女性は約1465万人、パート女性は約917万人

コロナ禍のなか、非正規で働く人が厳しい状況に追い込まれている。日本の全労働者の約4割が非正規で働いているが、女性だけでみると、6割弱がパート、アルバイト、派遣社員など非正規労働者である。

医療や福祉の最前線で、またスーパーやドラッグストアなど小売りの現場で、エッセンシャルワーカー(生活を営む上で欠かせない仕事に従事している人々)でも、もちろん多くの女性が働いている。だが、その中には非正規雇用の人が少なくない。

非正規女性というと、家計補助のため働くパート主婦を想像する人がいるかもしれないが、自ら生計を立てている独身の非正規女性は1990年代以降増えている。

いま、非正規で働く女性は約1465万人、パートで働く女性は約917万人(2017年「就業構造基本調査」)。2016年の「パートタイム労働者総合実態調査」をみると、およそ4人に1人が配偶者のいない人である。未婚、もしくは夫と離別・死別した人たちだ。

このうち、「主に自分の収入で暮らしている」人は6割弱。2つの統計から筆者が推計したところ、配偶者のいない約130万人の女性がパートで生計を立てている。

コロナ禍は、こうした非正規女性の生活を揺るがしているのだ。

雇い止めとなったり、休業要請で収入が大幅に減少したり。不安定な雇用のなか健康不安を抱えながら働かざるを得ない人も少なくない。

2017年の「就業構造基本調査」によると、非正規で働く女性の約7割が年収150万円未満だから、独身ひとり暮らしだと生活はかなり厳しい。

東京都立大学の阿部彩教授の分析によると、勤労世代にあたる20歳から64歳の単身世帯の女性の3人に1人が2015年時点で相対的貧困(*)にあたる。さらに相対的貧困率が高いのは母子世帯(未婚、離別・死別の女性と20歳未満の子)で、57・9%に上る。いずれも同じ世帯形態の男性より貧困の度合いは高い(阿倍彩(2018)「相対的貧困率の長期的動向:1985‐2015」)。

コロナ感染の不安があっても、そう簡単に仕事を休むことはできないのだ。

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正社員に偏る日本の雇用保障

日本の雇用保障がいかに正社員に偏っているか、コロナ・ショックは改めて浮き彫りにした。派遣社員が正社員と同様の仕事をしながらも「情報漏えいのおそれがある」などとして在宅勤務を認められないケースもある。これに対しては、4月から施行された働き方改革関連法「同一労働同一賃金」に照らしても「合理性を欠く処遇差だ」と指摘する専門家もいる。

今回の新型コロナ特例での雇用調整助成金は、従業員に対して企業が休業要請をした場合、雇用保険に入っていない非正規労働者も対象として支払われる。ただし、企業側の申請が必要になる。こうした情報がどこまで行き届いているか、企業が動いているかも不透明だ。

一人あたり一律10万円の現金給付も決まったが、生活困窮者には不十分であることは明らかだ。政府が最低限の所得を保障するベーシック・インカムも検討してはどうか。慶応大学客員教授の小林慶一郎氏は、自己申告した人には毎月10万~15万円の現金給付を1年ほど継続し、3年後から年末調整や確定申告の際に追加課税をして複数年度にわたり回収する案を提案する(日本経済新聞「経済教室」2020年4月15日付)。こうした大胆な施策も必要だろう。

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新しい仕組みを考えるとき

非正規の経済的困窮は、2008年のリーマン・ショックで男性日雇い労働者が職も住まいも失うまで見過ごされてきた。90年代後半から増えてきた男性の非正規労働者が、リーマン・ショックで派遣切りにあって「派遣村」騒動が起こり、ようやく社会的に認知されるようになった。女性のパートならば主婦の家計補助だから賃金が安くて当然だが、男性非正規となると問題だとされたのだ。

「(派遣村騒動は)まことにジェンダーバイアスに満ちた事態であった」。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎所長はこう指摘する。それから十数年、今もなお非正規で働く困窮女性は、冒頭で触れた祐子さんの職場を見ても分かる通り、声を上げることなく必死に働いている。

コロナ禍で改めて浮かんできた非正規のセーフティネット問題。自らの収入で家計を支える非正規女性の状況も見据えて、社会全体の格差縮小を目指して新しい社会の仕組みを考えていくべきだ。女性活躍推進が、正社員やプロフェショナル女性のための掛け声になってはいないか、危機下にあっても、その後を見据えて目をこらしてみていきたい。

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(*)相対的貧困とは、OECDによる定義で、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)の中央値の半分未満の世帯員を「相対的貧困者」という。


「『経済より命』。新型コロナ対策で明暗を分けた女性リーダーの決断力。」はこちら↓


野村浩子(のむらひろこ)ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より公立大学法人首都大学東京(20年4月より東京都公立大学法人)監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。近著に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)がある。


 

 


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