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渡瀬裕哉が解き明かす、日本が「失われた30年」から脱却できない理由

ああ、僕は政治に何もできることなく終わっていくんだ

この本『税金下げろ、規制をなくせ』を書こうと思ってから、実に20年以上の月日が経っている。世の中には「機が熟す」という言葉があるが、それが今だったのだろう。 

まずは、若い頃の思い出話をしたい。 2000年当時、僕は自民党本部の学生グループの会長だった。大学に入って5月病にかかった僕は、1年生の頃から大学をサボって毎日のように代議士のポスター張りに出かけた。そして、代議士の代わりに街頭で演説したり、様々な政策会議に出たり、関係団体の手伝い先に行ったり、選対の裏側の仕事までしたりと、秘書同然の扱いでありとあらゆる仕事をした。 

当時はインターンという言葉が少しだけ表れ始めた程度で、学生は「書生」として呼ばれていた。当時の事務所には、一度踏み入れたら堅気の世界には戻れない雰囲気すらあった。もちろん、どこの馬の骨とも分からないサラリーマン階級の息子である僕は、最初は名前すら覚えてもらえなかった。まずは自分の名前を覚えてもらうために、ボロボロになりながら奉公した。1日の睡眠時間は3時間、毎日の激務の中、当時付き合っていた彼女の自宅のトイレで(過労で)何度もゲロを吐いた。彼女にはよく怒られたものだ。 

そんな毎日を過ごしていたある冬の日、夜空を見上げて「ああ、世襲の政治家一家や経営者の一族でもない僕は、このまま何者でもなく、政治に何もできることもなく終わっていくんだ」と痛感した。泥まみれ、汗まみれ、ゲロまみれ、死ぬ気で働いても、所詮は平民生まれの僕の人生の行き先は、運がよくて市議会議員などで終わりだろう。僕の未来が明確に見えた瞬間だった。 

政治家や役人は税金や規制にたかるタックスイーター(国民の税金を食い荒らして富を奪い取る者)のほうばかりを見ている。そして、僕がこの業界に入ったところで、彼らにゴミのように扱われて一生を終えるのだ。僕は、真面目に働いて納税した者が豊かな生活を送ることのできる政治というものを目指していたが、父がサラリーマンとして体を壊すまで働いたように、それは若者の甘い幻想だったのだと痛感せざるを得なかった。僕の中に、諦観と怒りが同時に沸き起こるのを感じた。 

本書は、その諦観と怒りが20年間かけて結晶した書である。 

有権者による、税金に巣くうタックスイーターを駆逐する方法に目覚める

当時、どうしようもない憤りの中で、僕が求めた「納税者のための真面目な政治」が米国にあることを見つけた。インターネットも十分に機能しない時代、必死に海外の文献を漁って見つけた光明は、共和党保守派の人々が成し遂げた「納税者による保守革命」だった。特に参考になったのは、久保文明教授が翻訳した、1994年の保守革命を扱った本『「保守革命」がアメリカを変える』(中央公論社)だった。そこには、有権者が立ち上がって税金に巣くうタックスイーターを駆逐する方法が記されていた。

「いつか、この日本版を出したい」――。古き日の、本書を執筆しようと決意した瞬間である。 

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大学院修了後、お世話になろうと思っていた代議士事務所が代議士のスキャンダルでなくなったこともあり、当時の僕は直接的に政治の道は歩むことはなかった。 

その代わり、やはり1日3時間の睡眠で、365日死に物狂いで働き続けた。役所の事業仕分けを手伝うNPO法人、マニフェスト・選挙戦略の立案を手伝う会社、さらにはIT会社も立ち上げて上場会社に買収されて取締役を務めたこともあった。ぼろ雑巾のように働きながら、疲れで左胸が痛くなっても、鼻血でPCのキーボードが赤く染まるまで大丈夫、というペースで日々を送った。今となっては若いうちだからできた無茶だったと思う。少しでも僕が思った世の中に近づけるようにしたいと願った。それはほんの一部だけはかなったこともあったが、大きく見れば既得権の厚い壁に阻まれて、大海に小石を投げ込んだようなものだった。 

ただし、僕はそのような中でも大学研究所の末席でも研究を続けた。すると、燃え尽きそうな日々の中、当時ご縁があった代議士の政策秘書の方の紹介で、学生時代に調べた米国の保守派関係者の方を紹介していただくことができた。これは本当に偶然のことであり、僕は二つ返事で米国に行ってみたいと返事をさせていただいた。 

正直、そこに至るまでが本当に大変だった。日本で諸々の仕事をこなしながら、米国への渡航費・渡航時間をねん出し、なおかつ最初の頃は野良英語そのもの、右も左も分からない中の渡米であった。すでにおっさんだった僕には読み書きや聞き取りはできても流暢に話すのは難しく、今でも当時現地で取材を受けた際、緊張して言葉が出なかった頃の恥ずかしい動画が出てくる(笑)。

しかし、それでも米国保守派の人々は、このわけが分からない東洋から来た若者を仲間として迎え入れてくれた。 

彼らが最も重視したポイントは「自由」だった。つまり、僕が「税金を下げること」「規制を廃止すること」に同意しているか、という点で人物を判断したのだ。他の判断ポイントは一切関係なかった。これは驚くべきことであったが、「自分が求めていたものはこれだ!」と確信した。

「なんで、ここにジャップがいるんだ!」

今でも鮮明に覚えているエピソードを紹介したい。保守派重鎮の定例会合である「水曜会」に初めて出席した際のことだ。水曜会はワシントンD.C.に集う保守派のドンたちが減税や規制廃止に向けて、毎週行う作戦会議の場であり、200名程度の人々が出席する重要な会議だ。自分は日本人としては珍しく彼らと話が合ったのでゲストとして招かれて、なんとゲストスピーカー(余興)として話をさせられることになってしまった。

当時は外国人の参加者を珍しく、彼らの大会議室の中には、外国人は1人だけだった。日本人としては数年ぶりの出席で、しかも僕は若いうえに、何者だか分からない兄ちゃんである。

突然、カウボーイハットの初老の人物が「なんで、ここにジャップがいるんだ!」と悪態をついた。すると、会議を仕切っていた全米税制改革協議会のノーキスト議長がその人物を一喝した。「彼は自由の考え方を理解できる。だから、この場にいて構わない」。たとえ誰であっても話を聞き、そして相手の理念を確認して話をする。僕は、これが米国の強さだと実感した。

そうこうしているうちに、僕は米国保守派との交流で得た情報やノウハウを用いて、2016年大統領選挙ではトランプ勝利の可能性を指摘したことで、米国政治の専門家としてメディアで扱われることになった。2016年当時、日本の大手のテレビ局は「トランプが勝てると言っている頭のおかしな研究者がいます……」というような感じだったけど。 

「日本はどうして没落すると分かっているのに愚かな政策を継続するのか?」

2017年大統領就任早々、トランプ大統領は減税と規制廃止の政策を断行した。これは保守派が長年求めた政策だった。日本ではリベラルな識者らがトランプ大統領は「世界恐慌を引き起こす」「第三次世界大戦だ!」などと述べていたが、現実は真逆だった。トランプ大統領の政策でコロナ危機を迎えるまで、米国は好景気、低失業率、そして平和の配当を享受した。 

トランプ

規制に関する赤い束の前で赤いテープをカットするトランプ大統領。赤いテープは規制の象徴。同政権は、1000以上の規制をキャンセル、または延期したことを記者会見でアピールした(2017年12月14日)。THE DAILY SIGNAL.December 15,2017.  ‘‘4 Big Signs of a Trump Economic Recovery’’

一方、日本では直近の政権によって5%から10%への消費税引き上げが行われた。これは三党合意という当時の与野党による談合によるものであり、強力なタックスイーターと弱体かつ真面目な納税者という日本の政治環境による必然的な帰結でもあった。そのため、現在に至っても、世界中で新型コロナウイルスによる経済危機に対応して大規模な減税が行われていても、日本ではニセの減税派ばかりが蔓延るばかりで、一向に「本物の減税」が行われることはない。 

強力なタックスイーターと弱体かつ真面目な納税者という構図は、偶然ではない。何度も言うけれども、必然だ。 

日本には少なくとも自分が政治に関わりを持って以来20年間、「納税者」のための政治など行われたことはない。なぜなら、米国を含めた海外先進国・中進国で普通に存在する「目に見える形で減税を主張をする政治勢力」が存在しないからだ。税や規制で腐敗した連中には「減税」や「規制廃止」は無理だという単純な話である(ちなみに、世界中の自由主義者の国際会議などに呼ばれると、「日本はどうして没落すると分かっているのに愚かな政策を継続するのか」と真顔で質問される)。

税金や規制を削減・廃止する政治勢力を存在させることで、日本でも「税金を下げ、規制をなくす」ことができる。

本書には、それらの政治勢力を作り上げていくためのコンセプトが僕の静かな「諦観と怒り」とともに盛り込まれている。心の中での企画から刊行が20年も遅れてしまったことは慚愧の念に堪えないが、それでも今からでも政治を変えていくことは遅くないと思う。 本書には、本当に日本を変えたいと思う有権者が一人からでもできることをまとめたつもりだ。その一人ひとりの国民が起こす変革への息吹が大きなウネリとなって、既存の汚濁と化した政治を洗い流すことを期待してやまない。

税金下げろ、規制をなくせ◆目次

はじめに
序 章 すべての税金は下げられる
第一章 復活したアメリカと沈む日本の差
第二章  「税金を下げろ連合」全員集合!
第三章 政治を変える戦略
第四章 一票の力
おわりに 

著者プロフィール

渡瀬裕哉(わたせゆうや)
1981年東京都生まれ。国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか--アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。

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