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3年ぶりの夏休み|パリッコの「つつまし酒」#127

9月の良さ

 この歳になって突然気がついたことがあるんですよ。それは「9月ってもしかして最高の季節なんじゃないの?」ということ。
 新緑が芽吹きだし、梅雨入り前で気候爽快な初夏、5月。それが僕のいちばん好きな月というのはもうずっと変わらないんですが、ではその次は? と考えると、どこか特別な感じがして、なにかスペシャルなことが起こりそうな(と言いつつなにも起こらないんだけど)、夏。つまり、7、8月の魅力に引っぱられがちでした。そんな夏が終わってしまう寂しさから、僕はずっと、9月のことを恨んでさえいたような気がします。
 ところが今年、ふと思った。9月に入ったとたん、律儀に落ちはじめる気温。朝起きて窓を開けると、あんなに元気だった蝉たちがだんまりを決めこみ、代わりに聞こえる、リリリリ……という寂しげな秋の虫たちの声。あきらかに真夏とは表情の違う空。だけどかすかにまだ夏の香りも残っていて、それらが入り混じった寂しさが、なんとも言えず“くる”んですよね。そうか、積極的にその空気を味わおうとすると、9月って最高の季節じゃないかと。恨んでいたら損なんじゃないかと。5月の次にいいのって、9月なんじゃないだろうか? と。今年、突然に気がついたわけなんです。
 そしてまた、こんなことも思いだしました。
 そういえば僕がまだ会社員だったころ、仕事の都合で毎年8月はどうしても忙しく、時期をずらして9月に夏休みをとるのが恒例だった。まだ娘が生まれる前は、妻とふたり、全国のあちこちに旅行に行って、夜はその街の酒場で飲んだりしたもんだ。あの、なんとも爽やかな気候と、新鮮な景色。それが近年の僕にとっての「夏休み」の空気そのものだった気がする。
 ところが3年前に会社を辞めてから、そもそも毎日が夏休み、毎日が大人の自由研究のような日々を送っており、休みというものを意識してとったことがありませんでした。というか、とてもありがたいことに、楽しくない仕事、嫌いな人との仕事というものが一切なくなってしまった昨今なので、フリーになって以来ほぼ毎日、細かいことも含めたらなんらかの仕事をしてしまってる気がする。これはちょっと良くないぞ。今年こそは、たった1日だけでも「今日はな〜んもしない日!」を設けなければ。
 というわけで、数日前から仕事のスケジュールをやりくりし、9月半ばのとある1日、僕は、3年ぶりの夏休みをとることにしたのでした。
 とはいえ、コロナの影響で、気軽に家族旅行に行ける状況ではありません。なので、娘が保育園に行っている午前中から夕方までの、自分だけの自由時間。まぁ、今年はそのくらいが限界でしょう。また、あんまり遠出をするわけにもいかないから、家の近所でどうにかしなきゃいけない。けれども、いつもとは違う非日常感は味わい、それをつまみにお酒が飲みたい。
 となれば今日のテーマは、「ノスタルジー」と「夏の残り香」成分の補給だな!

駄菓子とファミコンをつまみに

 そこでまずやってきたのは、我が家から自転車で10分ほどの「南田中団地」。ここに子供時代、それぞれ3つ違いの兄弟、たかしくん、ゆきちゃん、ゆうくんといういとこたちが住んでいて、僕はゆきちゃんと同い年だったので、それはそれはよく、この団地で遊んだものです。
 で、そのなかの35号棟の1階に小さな駄菓子屋があって、当時は店名も知らずに「35行こうぜ!」なんて言ってはおやつを買いに行っていた。最近、その店がまだ残っているという噂を友達から聞き、ぜひ行ってみなくてはと思ってたんでした。よし、いい機会だ。

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よくこの貯水タンクを眺めながら遊んだな〜

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35号棟に到着。はたして駄菓子屋は……

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うわ、あった!

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当時のままだ!

 現地へ到着すると、当時のままの団地の風景が広がっており、郷愁で胸がいっぱいに。そして肝心の「35」は……なんとこれまた当時のままの姿で、そこに存在していました! 手書きの店名表示が一部はがれていてけっきょく店名はわからないままだけど、とにかくここは、僕にとっては「35」。いや〜、いきなりタイムマシーンにのせられ、無理やり“あの夏”に連れ戻された気分です。た、たまらねぇ。

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裏手の石神井川もすっかりきれいになったもんだ

 ここでおやつ(というかおつまみ)を買いこんだら、さっそく家に帰って駄菓子飲みを始めましょう。帰り道に近所のコンビニで買った「ガリガリ君」を焼酎ハイボールにつっこんで、ガリガリ君サワーと駄菓子でノスタルジック飲みスタート!

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好きなだけ買って160円だった

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けっきょく酒は飲むんだけど

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初代「コーラアップ」タイプのグミを発見

 いや〜、たまにやるとやっぱり楽しいですね。駄菓子飲みは。そしてガリガリ君サワー、居酒屋で年に1度くらい戯れに頼んでみることはあったけど、あらためて飲むとうまいな〜。
 さらに、とことん懐かしさに浸りたくて思いついたのが、ファミコン。そういえば主に妻子が「あつまれ どうぶつの森」をやる用に家にあるニンテンドースイッチで、懐かしのゲームがあれこれできたはず。と、起動してみると、お、「アルゴスの戦士」あるじゃん! これ、当時持ってた雑誌に情報だけが載ってて、憧れてたんだよな〜。

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これは夏休みだぞ

 が、ワクワクしたのも束の間、ムズすぎ&1機死んだら即ゲームオーバーという鬼仕様で、すぐに飽きる。続いて懐かしの「魔界村」をやってみると、さらに難しくて1面の最初の画面から先に進めません。どうなってんだ昔のファミコン。よくこんなのを1日中やってたな。

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誰が先に進めるんだよ

 その後、スーパーファミコンに移行して「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」を始めてみると、とたんにバランスが良くおもしろい! うっかりゲームの進化を追体験しつつ、けっこうな時間、夢中になって遊んでしまいました。

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と、父さん……!

蝉時雨、銭湯、ちょっといいビール

 しばらく昼寝をした後、夏の残り香を求めて近所の公園を散歩。広い公園にきてみると、まだ蝉たちも元気ですね。
 それからのんびりと駅前の銭湯に向かい、熱〜いお湯からの水風呂でクールダウン。
 本来ならここで、どっかお気に入りの酒場へ行って生ビールでも飲みたいところだけどそうもいかず、品揃えがちょっと小粋な地元の酒屋で大好きな「VERTERE」のビール(なんと1缶1000円弱)を、今日くらいはと奮発して買い、家のベランダでのんびりと。
 あぁ、いい夏休みだな……。
 なんてことをしていたら、お、そろそろ家族たちが帰ってくる時間だ。

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蝉よ、もう少しがんばってくれ

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銭湯からの

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ちょっといいビール

 というわけで、今年の僕のつつましき夏休みはここで終了。よ〜し、今日は一切仕事をしなかったぞ! と思っていたものの、その体験を今こうして原稿に書き残している時点で、つまりはこの日、1日中仕事をしていたとも言えるんですよね。つくづく、自分って勤勉だなぁ。
 さてさて、来年こそは家族旅行にでも行けると嬉しいけど、どうなることやら。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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