グラグラ×ギンギン!温度差飲み|パリッコの「つつまし酒」#76
人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動!
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。
「ホル鍋」とは何か?
先日、僕とスズキナオさんがメインとなり、信頼できる酒飲みのみなさんに力を借りて作り上げた新しい本『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』(スタンド・ブックス刊)が発売されました。タイトルどおり、家飲みを楽しくするためのアイデアが、役立つものからくだらないものまで100個、延々と載っているという内容なのですが、そのなかのひとつに「それぞれの酒の裏技」という項があります。
裏技なんていうと大袈裟だけど、酒好きたるもの誰しもがひとつふたつ、自分だけの「誰もやってないかもしれないけど、こうやって飲むのが好きなんだよね~」なんてこだわりを持っているもの。それを、SNSを使って事前にアンケートをとり、まとめた記事なのですが、みんなよくいろいろ考えるよな~と関心しきりで、本当におもしろいんですよね。
たくさんのアンケートから厳選して50個乗せた裏技のひとつに、こんなものがありました。
「ホル鍋は卓上コンロでグラグラ言わせながら、酎ハイは冷凍庫で凍る寸前まで冷やして。熱いと冷たいの温度差が極端なほど晩酌が幸せになります」
いきなり「ホル鍋」なる謎のワードが登場しますが、これは、ローソン限定で販売されている、ナガラ食品の「ホルモン鍋」のこと。冷凍で、コンロで温めるだけで熱々のホルモン鍋が食べられるという、酒飲みの間では定番といってもいい商品です。この投稿をしてくれたのは、実は先輩ライターのとみさわ昭仁さん。とみさわさんとはたびたび酒の席をご一緒させていただいたりと大変お世話になっているのですが、僕の知るなかでも人一倍お酒を飲む喜びを純粋に追求し、人生を楽しんでいる方。自らを「マグマ舌」と称するほど熱いものが好きだということも知っていたんですが、なるほど、それと冷た~いお酒をキメちゃうなんて、さすがとみさわさん。「っくぅ~、まねせずにはいられない!」っていうたまらなさですよね。
よし、今日の晩酌は、グラグラホル鍋とギンギン酎ハイの、温度差飲みに決定だ!
ホル鍋とはこういうやつです。税込410円
ギンギンチューハイに必要なのは「あのコップ」な気がする!
9月に入ったとはいえまだまだ熱い日差しの照りつけるある夕方、僕は、あえてベランダのテーブルに、コンロとホル鍋を用意しました。せっかくのグラホル鍋なので、ガンガン汗をかきながら食べてやろうというわけです。
その前に、実はギンギンチューハイ、ギンチューに関してひとつ、思いついたことがあります。
僕、よくコンビニでアイスコーヒーを買うんですけども、他の季節ならば氷入りのカップを購入してレジ横の専用機で入れる、いわゆるコンビニコーヒーを選ぶことが多い。缶やペットボトルの市販品だと、ブラックか甘すぎるかの二択になりがちだし、そもそも、機械による全自動とはいえ、その場でドリップされるコーヒーのほうが美味しい気がしますからね。ところが、真夏にだけ無意識に、スクリュータイプで飲み口が一般的なペットボトルよりも大きめの、アルミ缶のコーヒーを冷蔵ケースから取りだしてきて買うことが多い。それはなぜかって、最近自分で気がついたんですが、よく冷えたアルミ缶を手に持ったとき、また、口につけたときのひんやり感、あれが、体感温度的に、プラカップで飲むコーヒーよりも冷たいのが心地いいんですよね。
せっかくなので、あのひんやり感をお酒に応用できないかと考え、思いついたことがあります。あの、タイ料理屋さんにご飯を食べにいくと、飾りの入った銀色の、ペラッペラのアルミ製のコップが出てきません? あれで飲む水、異様に冷たく感じません? つまり、よ~く冷やしたチューハイを、氷たっぷりのタイのアルミコップに入れて飲む。これこそが、最強にギンギンのチューハイなのではないか? そう考えたわけです。四方手をつくして手に入れましたよ。といっても、家から遠くない吉祥寺の「元祖仲屋むげん堂」でひとつ380円で売っていたんですけど、そこにたどり着くまでにあちこち電話しまくってね。
それではいよいよ、グラグラ×ギンギンの温度差晩酌を始めていきましょう~。
この世でいちばん冷たい飲み物
ホル鍋は、自分なりにカスタマイズして食べるのが最高に楽しいのは、酒飲み諸氏の知るとおり。というわけで僕はトッピングに、豆腐、唐辛子、たっぷりの長ネギを用意しました。
ホルモンがごろっごろ!
コンロに乗せて火をつける。とたんに、自宅のベランダが大衆ホルモン屋の香りに包まれます。照りつける日差しも暑いが、顔も熱い。だが、それがいい。
3分もすればホルモンは食べごろに。まずはスタンダードな状態で、ホルモンをひとつふたつつまんでみます。ぷりぷり、シャキシャキ、脂身のところがたまにふわふわ。くさみなく、甘みを抑えた濃いめの醤油味に染まったホルモンの旨みがたまりませんね。そしたらそこにネギと唐辛子を投入。火が通るのを待つ間、アルミコップチューハイを試してみますか。
氷をたっぷり入れたコップに、トクトクトクとタカラ「焼酎ハイボール」のドライを注ぐ。とたんに汗をかくコップの表面。そっと手に持つと、触れた指が冷たい! ゆっくりと口へ運ぶ。あ、こんどは口が冷たい! ごくりとひと口。これはすごいぞ。歯に染みるぐらいのギンギンさ。かき氷を食べたときみたいに、キーンと頭が痛くなる。いつも氷を入れたグラスで飲んでいるのの10倍くらい冷たく感じますよ、本気で。
久々にいい買い物をした
さて、ネギがすっかりクタクタになり、ホル鍋のほうも本気を出してきました。グラグラと湯だつ鍋に直接箸を突っこみ、唐辛子ネギホルモンを口へ運ぶ。熱っつ! うま。それを10冷チューハイで迎え撃つ。ち、ちべてー! さ、最高……。
汗だくになりながらホル鍋を半分くらい平らげたら、汁がちょっと少なくなってきたので水とめんつゆを足して、大好物の豆腐を追加。もちろん、熱したときに木綿よりもずいぶん熱い気がする絹をチョイス。グラグラと煮たててほおばる。うお~、あっつい! いやむしろ、あっふい! 冷やせ冷やせ、口のなかをチューハイで! あ~、楽しすぎるなこれは。
豆腐は正義
僕、この世で純粋にいちばん美味しい食べ物って、「カレーライス」か「鍋のあとの雑炊」のどちらかだと思ってるんですよね。はい、いっちゃいましょう。ひととおり堪能し、しかしあえてほんの少しだけ具を残してある鍋に、白米と溶き卵を。グツグツグツ。とたんに茶色く染まる米と、半熟に固まりだす卵。罪深いなーこれは。何年かの懲役をくらっても文句が言えないほどに罪深い。
パーフェクト・ワールド
と、ここでチューハイがなくなり、お酒のおかわりがしたい。で、冷凍庫のなかのとある存在を思いだしたんですよね。これも先ほどの「酒の裏技」きっかけで今年思いついたんですが、最近、カップ酒を冷凍庫にほうりこんでおいて、シャリシャリのフローズン状になったやつで晩酌するのにハマってるんですよ。あったよな? ストック。
ありました
おもむろにフタを開け、空になったアルミコップにばしゃりと注ぐ。するとなんと、コップの表面にみるみる霜がはりだすじゃないですか。まるでそこだけが雪国の風景。へ~こうなるか! さっそく飲んでみようと持ちあげると、その冷たさは、手や唇がコップに貼りつくんじゃないかってほど。やっばいな、これ、この世でいちばん冷たい飲み物の飲みかたなんじゃないの?
相変わらずグラグラの濃厚ホルモン雑炊と、この世でいちばん冷たい酒。どちらも米と米なので相性もばっちり。はは、もしかして天才なんじゃないかしら? 自分。そんなことを思える数少ないシーンって、生きていて酒を飲んでいるときだけですよね。
いや~、幸せな晩酌だったな。今すぐに、もう一度同じコースをやり直したいくらいです。
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco