3人の女性議員が告白 「私たちが直面した男性からのハラスメント」 | 野村浩子
今年3月末に世界経済フォーラムが発表したジェンダー・ギャップ指数をみると、日本は政治分野で156カ国中、147位と最下位層に沈む。現在の衆議院女性比率は9.9%(女性議員数46人)、女性閣僚がわずか2人であることも響いている。地方議会をみても、都道府県議会、町村議会の女性割合の全国平均は約1割にとどまり、女性議員ゼロの市区町村議会は全国で18%に及ぶ(2019年末現在)。なぜ女性は政治の世界に一歩踏み出せないのか。地方の女性議員が突き当たった壁から、課題を探ってみたい。今国会で成立した「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」改正法は、その解決の糸口になるのだろか。(前編はこちら)
カラオケでデュエット強要、SNSでの誹謗中傷……
「女の子が少ないと俺の顔が立たないからな」
「うちは女の子二人連れてきたよ」
40代前半で、ある町議会議員に初当選した康子さん(仮名)は「女の子扱い」をされて面食らった。行政区分を超えた議員懇親会での男性議長の発言だ。
カラオケではデュエット曲が次々入れられ、女性議員のマイクの手を男性議員が握ってきた。自分が口をつけた酒のグラスを「これ飲め」と迫る。酒を注いで回れとばかりに、目の前に瓶がどんと置かれた。
なかにはこうした「慣習」を受け入れて、深夜1時、2時まで付き合う女性議員もいた。しかし康子さんは我慢ができなかった。今ではそうした懇親会に誘われても「議員として出席する意味があるのなら教えてください」と断っている。
2019年から兵庫県稲美町で町議会議員を務める樋口瑞佳さん(42)の場合は、ある男性議員と異なる意見を審議の場で述べたところ逆恨みされ、攻撃を受けるようになった。「出稼ぎ議員」などとSNSで誹謗中傷されたり、車のナンバーを写真に撮られたりといった被害に遭っている。
女性議員を悩ますハラスメントは、同僚の男性議員からだけではない。いわゆる「票ハラ」、投票をちらつかせる有権者からの票ハラスメントもある。著名な女性議員が「パンツを見せれば票を入れてやるよ」と言われた話は有名だ。
「君によく似た人を知っている」――ポルノ雑誌を差し出される
新宿区議のよだかれんさん(49)も、選挙選のさなか、有権者の男性から「君によく似た人を知っている」とポルノ雑誌を差し出されたという。 有権者から夜中に呼び出されたり、SNSで標的にされたり、という話は、女性議員にとって「あるある」である。議会という公の場で「お前が結婚すればいいじゃないか」といった暴言を吐かれるのみならず、私的な時間までハラスメントの怖れにさらされている。
新宿区議のよだかれんさん
内閣府が行った女性の政治参加への障壁に関する調査(2020年12月~21年1月実施)でも、地方議員5513人が挙げた「議員活動を行う上での課題」の中で、男女差が最も大きかったのが「性別による差別、セクハラ」で、女性の34.8%が問題を感じているという。
こうした実態を受けて、今国会で改正された「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」では、「セクハラ・マタハラ対策」が新たに盛り込まれた。国・地方公共団体、そして各政党に、研修や相談窓口の設置などを求める。法律の専門家によると、衆参両院、地方議会でルールを定め罰則規定を設ける可能性も出てきたという。冒頭の康子さんが「男性議員も行政職員も、何がセクハラか全くわかっていないし、相談するところもなかった」というから、改善に向けての小さな一歩となるかもしれない。
議員活動と家事・育児との両立の難しさ――樋口瑞佳さんのケース
前出の内閣府による地方議員課題調査で、セクハラに続いて男女による回答差が大きかったのは、「議員活動と家事や育児との両立が難しい」という項目で、女性議員の33.7%が該当すると答えている。
前述の兵庫県稲美町議の樋口さんは、選挙までのほぼ3カ月、小学生の娘を姉の家に預けたまま、ほとんど一緒に過ごすことができなかった。朝5時に起きて、6時から8時まで「朝の挨拶」を行う。朝の8時から夜の8時までは選挙カーに乗って手をふりながら、数カ所で演説。車を降りてからは、事務作業や次の日の準備。日付が変わるころ、ようやくすべての仕事を終えた。初出馬のため、町議だった父親の選挙スタイルを踏襲して、SNSやホームページでの発信は一切行わなかった。選挙戦終盤のある日、娘のもらした言葉に思わず涙があふれた。「夏休み最後の1日だけでも、お母さんと一緒に過ごしたかった」。次回も出馬するのなら、まったく違う選挙方法にしたいと考えている。
選挙活動中の樋口瑞佳さん
選挙活動を変えたら共感を得た――櫻井雅美さんのケース
愛知県武豊町で、2期7年目を迎えた町議の櫻井雅美さん(50)は、2期目に挑戦するにあたり「選挙を変える」と心に決めた。子育て中の女性も若い男性も「これならできると思える選挙にしたかった。4年間の実績があるのだから、その仕事で評価してもらおうと思った」。
SNSを駆使して、選挙カーはなし、選挙事務所もなし。選挙活動は朝9時から夕方4時までと限定した。朝の辻説法は「子どもを学校に送り出してから」とSNSで呟いたところ、かえって有権者の共感を得た。かかった選挙費用はリーフレット印刷など2万円足らず。
周りからはやっかみの声も上がった。「女はいいよな、目立つから」「選挙をなめているのか」。櫻井さん自身、実は票が取れるか内心不安だった。蓋をあけたところ、16人中、5番目の当選、無所属であることを考えると大勝利である。
当選後は、近隣の自治体に住む子育て中の女性、そして若い男性から「議員になりたい、選挙での戦い方を教えてほしい」という相談が相次いでいる。
女性が政治参画しやすい環境を整えることは、男女問わず若年層、また世襲でない新人の参入を促すことにもなる。ひいては男女問わず、幅広い年代が住みやすい社会をつくることにつながるのではないか。
「子どもちゃんと育たなかったら、あなたどうするの?」
選挙の方法を変えるとは、すなわち有権者の意識を変えることでもある。
「政治は男性が行うもの」「リーダーは男性向き」、こうしたアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)との戦いでもある。 バイアスは、女性自身の中にもある。今では毅然とした姿勢で議員を務める櫻井さんだが、1期目のときにつらかったのは、年配の女性から投げ掛けられる厳しい言葉だった。「子育てしないで、そんなことしていていいの?」「子どもちゃんと育たなかったら、あなたどうするの?」「旦那さん、かわいそう。旦那さん、本当にいいって言ったの?」。ハイヒールをはいて、きれいにネイルをして、という姿にも眉をひそめられたという。
夫を立てる妻こそ女性の鏡、子育ては女性の仕事という意識が垣間見える。ここにはミソジニーの心理が潜んでいる。「女らしさ」のステレオタイプから逸脱する女性を嫌う、女性を蔑視するといった心理だ。米国の前回の大統領選で、ヒラリー・クリントン氏が男性のみならず女性の有権者からも嫌われて敗れた理由も、ここにあるといわれている。
無意識の深層にまで刻み込まれたバイアスは手ごわい。冒頭で紹介した、女性議員へのセクハラの根底にも同じバイアスがある。女性議員を増やすために、今すぐにでも打てる手がいくつもある。しかし、その根っこにあるアンコンシャス・バイアスを変えるには時間がかかる。
クオータ制(割当制)で社会を変える
そこで、まず数を増やすことで、意識の変化を促そう、社会の変化を加速しようというのが、クオータ制(割当制)だ。議席の一定数や候補者の一定割合を、女性または男女に割り当てるものだ。法的に義務付けるもの、また政党が自主的に行うものがある。
例えば名簿式投票の場合、各政党の候補者を男女交互とする、各政党に候補者の一定基準、3~5割女性とすることを求め、基準に達しない政党には政党交付金を減額するといったものだ。
政治分野では、女性議員を増やすために世界約6割の国・地域が導入している。2000年にパリテ(男女半々の候補者)を実現するための法律を制定したフランスでは、下院の女性比率が既に4割近くに達している。
歴史をさかのぼると、1970年代まではフランスも北欧諸国も、女性議員比率は10%前後かそれ以下にとどまり、日本と大差はなかった。ところがその後、諸外国はクオータ制などポジティブアクションを活用して女性議員比率を大きく伸ばした。
日本は積極的な格差是正策をとらないまま、大きく後れをとってしまった。
女性候補を立てる「空気」をつくるのは、有権者でもある
2018年、日本でようやく「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」が制定された。パリテを目指すという理念は盛り込まれたものの、女性議員比率は各政党に取り組みを促すのみで罰則規定はなく、実行性に乏しいものだった。そこで、今国会に出された改正法にクオータ制を盛り込もうという動きもあった。
しかし、クオータ制導入には遠く手が届かなかった。続いて各政党に自主的に女性割合を設定・公表するよう求めようとしたが、これもまた叶わなかった。女性候補者の数に応じて政党助成金を増減させる案もあったが、これも政党助成法に抵触するおそれがあるとして合意が得られなかった。最大の抵抗勢力である自民党は内規として「選挙では現職議員を優先する」とするため「女性候補に差し替えることは不可能」だとする。内閣府の調査によると、3月末時点で自民党、公明党、維新の会の3党は、女性議員の数値目標すら公表していない。
では、今回の改正による小さな前進とは何か。それは、先述したセクハラ・マタハラ対策である。そのほか、出産を想定しての「議会における欠席事由の拡大」という文言が加わり、妊娠、出産、育児、介護等と議員生活を両立させるための「環境整備」を促すこととなった。議連事務局長として各党の調整に奔走した国民民主党の矢田わかこ参議院議員は「男女雇用機会均等法も理念法と言われてきたが、改正を重ね実効性を増してきた。この法案も改正により少しずつ前に進めていきたい」と語る。
女性議員を増やすためには、打つべき手があまたある。まずは、人生の選択肢として政治家という道を思い描けるようなジェンダー教育や有権者教育、政治家をめざす人のために知識スキルを伝授する育成塾、地盤・看板・資金の不足する女性候補を支援するための基金、選挙の在り方の見直し、セクハラ対策、出産・育児・介護と両立できる議会運営などだ。
どこから始めてもいい、できることから始めればいい。
当然ながら女性の立候補者が増えないと、女性議員も増えない。そのためには各党が擁立する女性候補者を増やすべきだ。各党が競い合って女性候補を立てないと、有権者から支持されない――、そんな空気がつくれるかどうか。そんな仕組みをつくれるか。女性政治家の前に立ちはだかる壁を突き崩すのは、有権者一人ひとりでもある。
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著者プロフィール
野村浩子(のむら ひろこ)
ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より東京都公立大学法人監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。著書に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)、『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)などがある。