見出し画像

四文屋回帰|パリッコの「つつまし酒」#236

「ただいま……」

 吉祥寺の駅前で、しばらく呆然と立ちつくしていました。
 すごくおもしろそうな飲食店の情報を見つけ、やってきたんですよ。吉祥寺に。この連載のネタにもぴったりだろうと思って。ところがいつもの僕の無計画さで、ランチと夜営業の間の中休みの時間にきてしまったらしく、「すいません、ちょうどラストオーダーが終わってしまったところなんです……」とのこと。
 やばい。原稿の締め切りはもう目の前。大急ぎでなにか別のネタを考えないと。なんだかこんなこと前にもあったような気がするんですが、とにかく事態は急を要しています。とりあえず、歩いてみるしかないか。

JR吉祥寺駅公園口前

 すると、吉祥寺は昔からなじみのある街ながら、あらためて眺めてみるとずいぶん変わってますね。具体的に言うと、昼間っから飲める酒場がめちゃくちゃ増えてる。当然、新しめだったり、チェーン店が多かったりはするんですが、もはや上野や赤羽に匹敵する昼飲みタウンになってるじゃないですか。

選択肢がいっぱい

 そんななか、ある店を見つけた瞬間にこうつぶやいてしまいました。
「ただいま……」と。
 ある店というのは、ずばり「四文屋」。

「四文屋 吉祥寺店」

冷製肉祭り

 四文屋は、看板に「薬師」の文字があるとおり、1998年に西武新宿線の新井薬師前駅で創業した、焼きとんと焼鳥がメインの大衆酒場。以降、西武線や中央線沿線を中心に店舗を増やす、ローカルめなチェーン酒場です。

このメニューの感じこそが四文屋

 で、僕、主に20代のころ、ひたすらに高円寺で飲んだくれていたんです。住んでいたというわけではないんですが、そのあたりに友達が多かったので。
 当初は飲んで騒げれば良かったのが、高円寺のランドマーク的な老舗「大将」に入ってみたのをきっかけに大衆酒場の良さを知り、そしてやがて、入り浸るようになったのが、ガード下の「四文屋」。いちばん多い時期で、週に3〜4回は通ってたんじゃないかな。
 初めて入った時の衝撃といったらなかったですよ。理由はシンプルで、安すぎる&うますぎる。
 ただその後、あちこちのいろんなお店に行ってみることに興味がわきだし、30代以降はガクンと訪れる頻度が減っていたんですよね。なんだかこう、当たり前にある存在になりすぎてしまって、心の距離が少しだけ離れてしまっていたのかもしれません。
 ところが今日、このタイミングで再会してしまった。四文屋に。まるで打ちひしがれていた僕を、ずっと前からこの場所で待ってくれていたかのように。
 そうか、今日だったんだ。今日こそが、僕が四文屋に回帰するべき日だったんだ! ただいま、四文屋!

「生ビール」(550円)

 まずは生ビールから。見てくださいよ。いい生でしょう? グラスはキンキン。泡はクリーミー。みなさん、これが四文屋なんですよ!(しばらく来てなかったくせに)

冷製肉メニュー

 でまた、四文屋といったら冷製肉メニューの豊富さですよね。低温調理によって古の“肉刺し”の感動を疑似体験させてくれる、ありがたきメニュー。しかもそれが、爆安。
 当然、タン、ハツ、ハラミの「豚冷製三点盛(小)」(450円)はいきましょう。それから僕の大定番、なんと390円の「和牛レアステーキ」は……あ、今日はまだ未入荷だそうで、じゃあじゃあ「カシラ脂冷製」(300円)かな。お願いします!

「豚冷製三店盛(小)」

 ね? でしょ? いや、言いたいことはわかりますよ。みなまで言いなさんな。これが450円なんですもんね。
 付属のたれは、“味”界最強との呼び声も高い“ごま油塩”と、醤油の2種類。薬味はにんにく、しょうが、わさび。完璧すぎる……。
 さくっとした食感のタン、噛みごたえと食べごたえ満点のハラミ、ぷりぷりで風味爽やかなハツ、どれもうますぎるんですけど〜!

たまらん

 ぐいぐいと酒がすすみ、続いて「四文屋オリジナルハイボール」(390円)に移行。こちらは、通常のハイボールに梅シロップを加えた一品で、甘すぎず爽やかな風味がいいんですよね。

「四文屋オリジナルハイボール」

 おっと、カシラ脂冷製もやってきたぞ。脂身が多めの豚ばらにも近いような甘さと旨味が大好きすぎる。ただ意外にも、そこまで脂感が重すぎないのは、冷製調理のおかげでしょうか。

「カシラ脂冷製」

シメはもちろん

 久しぶりの四文屋。まだまだ楽しんでいきます。というのも、まだ“アレ”を飲んでいない。そう、「梅割り」ですよ。

「金宮焼酎25°梅割り」(390円)

 キンミヤのストレートにほんの少し梅シロップを足しただけの、言ってみればほぼ焼酎ストレート。メニューの横にも「一人三杯まで」と書かれているくらい危険な酒。ところがこれが、信じられないくらいすいすい〜っと飲めちゃうんですよねぇ。若かりしころ、こいつで何度撃沈したことか。

串ものもいきましょう

 四文屋に来たならば当然、串ものも味わっておきたい。そこで日替わりボードにあった「アゴミソ」と、「レバごま塩」「ナンコツ」(各120円)をお願いしましょう。

「アゴミソ」
「レバごま塩」
「ナンコツ」

 甘めのみそ味とジューシー感が素晴らしいアゴミソ。表面は香ばしいのに、噛みしめた瞬間にとろけるレバー。容赦ないコリコリ食感がたまらないナンコツ。あぁもう、なんでこんなにうまいかな、四文屋の串たち。

 と、かなり久しぶりの四文屋をぞんぶんに堪能し、あらためてその美味しさと安さに衝撃を受けたわけですが。……えぇ、ごぞんじの方はきっとやきもきしていることでしょう。「え? あれを食べないの?」って。ですよね。いやいや、シメにちゃ〜んと食べますよ。「煮込みライス」(390円)でしょ?

「煮込みライス」

 これなんだよな〜、四文屋といえば。ふだん酒のシメに炭水化物をとる習慣のない僕でも、つい食べたくなってしまう。お茶碗サイズのごはんの上に、煮込みをかけた一品。
 そもそも四文屋の煮込み、めちゃくちゃ美味しいんですよ。まぁ、見ればわかりますよね? それでもあえてお伝えすれば、くさみのないとろとろの豚もつの、いろんな部位がたっぷり。そして予想するに「白みそ」を使った汁が、すさまじいほどにクリーミーなんです。ちょっと他にない味。それがさ、ごはんにさ、じわ〜っと染み込んじゃってるんですよ。そりゃあうまいって(笑)。

むしろ米がメイン
と思いきや、もつも最高なの

 は〜、満喫した。回帰した。そして久々に思い知った。四文屋のすさまじさ。
 ちょいと店舗がある地域にかたよりはありますが、機会があればぜひ、訪れてみることをおすすめしたく思います。


『酒・つまみ日和』好評発売中です!

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

バックナンバーはこちらから!

これまでの連載


この記事が参加している募集

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!