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馬場紀衣の「読書の森」

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書物の森は、つねに深いものです。林立する木々のあいだで目移りするうちに、途方に暮れてしまうことも珍しくないでしょう。新刊の若木から、自力では辿り着けない名木まで。日頃この森を渉猟… もっと読む
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#アート

唇が動くのがわかるよ|馬場紀衣の読書の森 vol.40

舞台の出しもののひとつとして娯楽になるずっと前、腹話術は魔術のたぐいと信じられていた。これを古い時代の大いなる誤解と笑い飛ばしてしまえないのは、腹話術をしてみせた人たちが監獄に放りこまれたり、最悪の場合、死罪になったりしたからだ。そういうことが、中世の暗黒時代にはしばしば起こった。 「腹話術師」という言葉は、ラテン語の「腹の話し手(ventriloquus)」を意味する。その歴史は聖書にも言及があるほどに古い。書かれていることをそのまま信じるのなら、腹話術師は「穢れた悪魔に

パレードのシステム|馬場紀衣の読書の森 vol.39

不思議な懐かしさに覆われた小説だ。それでいて、なんだか床が抜けてしまったみたいに心もとない。終わりまでずっとそこはかとない不安にくるまれている気分だった。 うら若い現代アーティストの「私」は、亡くなった祖父に一目会うために10年ぶりに生まれ育った町に帰って来る。そこで会った従姉妹の「ねえ、知ってた、おじいちゃんってガイジンだったんだって」という言葉から、物語はゆっくりと動きだす。 自死だった祖父の部屋からでてきたのは、古い写真、絵葉書の束、どこの国の言葉なのか分からない記

アートとフェミニズムは誰のもの?|馬場紀衣の読書の森 vol.31

18世紀の後半に女性の政治参加を求めて始まったフェミニズムは、さまざまなトピックと結びついて社会に浸透しつつある。今や議論の中心にいるのは女性だけではない。子どもにも男性にも開かれたこの言葉を耳にしない日はないし、火種はあちこちにくすぶっているし、というわけで、それに対して好意的であれ否定的であれ、無視はできない状況にある。ただ、それが「何か」と問われると、ぼんやりとした印象があるばかりでよくわからないという人も多いのでは。現代アートもそう。どちらも分かりづらく、すこし窮屈で