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馬場紀衣の「読書の森」

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書物の森は、つねに深いものです。林立する木々のあいだで目移りするうちに、途方に暮れてしまうことも珍しくないでしょう。新刊の若木から、自力では辿り着けない名木まで。日頃この森を渉猟… もっと読む
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#読書の冬

時間の終わりまで|馬場紀衣の読書の森 vol.34

誰かに教えてもらわなくても、とうに私たちは知っている。どんなものもやがては亡びてしまうし、自分の住処である惑星でさえ、いつかは滅びてしまうということを。私たちは知っている。永続するものなど何もないし、自分が消滅した後も世界は何事もなかったかのようにありつづけるということを。日常生活では、なんでもないように振る舞ってはいるけれど。 こうした認識は、自分がつかの間の存在であることを気づかせてくれる。失ったものを嘆いたり、人と交流したり、楽しいときに笑ったりすることが、どれほど驚

私の半分はどこから来たのか|馬場紀衣の読書の森 vol.33

まず、表紙に惹かれた本だ。透明な身体を抱き寄せるようにして、こちらを見つめる人がいる。読み始めると、表紙の人が自分を抱き寄せているようにも、水のように流れてしまいそうな自分をすくいあげているようにも見えてくる。 自分は何者なのかと問うとき、親や祖父母の存在を意識せずにはいられない。子どもは血縁という大きな流れの中で育つから、家族との関係を考えることは、私という存在を考えることでもある。私はたしかにここにいると実感させてくれたのは母であり、父であり、私はその知らない時間や巡り

香りの愉しみ、匂いの秘密|馬場紀衣の読書の森 vol.32

嗅覚のメカニズムを化学的な視点から解明しようとするルカ・トゥリンと私とのあいだに共通点はまるでない。しいて挙げるなら、彼も私も香水をコレクションしている、ということくらい。古道具屋で古い香水を探しまわっている、ところもおなじ。でもその先の、たとえば嗅覚のメカニズムや調合のレシピについては、彼に教えられてばかりだ。 香水にすっかり魅了された著者は「香水は、それになれると正確な時計のように機能する」と語る。匂いと記憶は不思議な力で結びついているから、懐かしい匂いがたちこめると、

アートとフェミニズムは誰のもの?|馬場紀衣の読書の森 vol.31

18世紀の後半に女性の政治参加を求めて始まったフェミニズムは、さまざまなトピックと結びついて社会に浸透しつつある。今や議論の中心にいるのは女性だけではない。子どもにも男性にも開かれたこの言葉を耳にしない日はないし、火種はあちこちにくすぶっているし、というわけで、それに対して好意的であれ否定的であれ、無視はできない状況にある。ただ、それが「何か」と問われると、ぼんやりとした印象があるばかりでよくわからないという人も多いのでは。現代アートもそう。どちらも分かりづらく、すこし窮屈で

索引 ~の歴史|馬場紀衣の読書の森 vol.30

こういう本を、ずっと待っていた気がする。 13世紀の写本時代から今日の電子書籍まで連なる、長い、長い情報処理の歴史。本の索引に欠かせないページ番号の登場、アルファベットの配列はどのように考案されたか。時代と共に増えつづける知識と人びとはどのように付き合ってきたのか。分厚い本なのに、どんどんページをめくる手が進み、あっという間に読み終えてしまった。 「索引」を書物の中の語句や事項を捜しだすための手引にすぎないと、あるいは本書をそれについて書かれた専門書だと思っているのなら、