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「アートをNFT化する」ってどういうこと?――『Web3とは何か』by岡嶋裕史 第2章 NFT⑩

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第2章 NFT⑩――NFTの懸念点(続き)

トークンにアートを埋め込むことはほぼない

最初にNFTを考え、使い始めた人たちはこうしたずれを飲み込んで、「将来リアルな社会での規範や法律と整合が取れるだろう。自分たちはその先駆けだ」と納得したり、「リアルとの整合性などどうでもよい。このコミュニティさえ上手く回ればいい」と考えて始めたかもしれない。

でも、こうして市場が広がってみると、「NFTでデジタルデータを所有できるようになった」「それを売り買いできるらしい」と、言葉が本質から遊離してやり取りされるようになった。知識も覚悟もない利用者が、「そうかお金を払うと、あのアートを(法的に)所有できるのだな」と勘違いして購入するような事態は、やはり避けねばならないだろう。

また、「アートをNFT化する」とよく一言で表現してしまうのだが、トークンの中にアートを埋め込むことはほぼない。実際問題として難しいのである。ブロックチェーンのデータが長大になっていることはすでに述べた。これはもう避けようがない。構造的にそうなのだ。

ブロックチェーンのデータはトランザクションを積み上げたものである。どんな取引が行われたか、すべてを見ることができる。ビットコインであれば、ビットコインが誕生した最初のトランザクションから、直近の誰が送受信したとも知れぬトランザクションまで、すべてがチェーンの中に記録されている。すべてがあるからこそ、何か不正が行われなかったか、いつでも誰でもチェックすることができ、その易監視性がブロックチェーンの大きな特徴だった。

それが積み上がって積み上がって100GBを超えている。少なくなることはない。伸びる一方である。いつかチェーンを分割したり、真っさらな状態からやり直さねばならない日が来るだろう。

かなりの荒療治である。新機能を追加するチャンスだとわくわくしている技術者もいるだろうが、ビジネスの視点で考えればトラブルが必ず出る処置であるから、総じてあんまりやりたくない作業である。そこでどのチェーンも「いつか来る日」をちょっとでも先延ばしできるように、ちまちま工夫するのである。

データとしては極めて小さな取引情報でさえその有様であるから、アートで使われるようなデータをブロックに格納すれば恐ろしいことになる。

たとえばそのアートが高精細画像だとしたら、1件のトランザクションのデータは簡単に百万倍ほどになるだろう。あっという間にチェーンがパンクする。複数のトランザクションに分散して無理やりブロックチェーン上に保存することは不可能ではないが、ガス代を考えると腰を抜かすほど高額な保存装置になる。

それでいいんだという思想の人もいるが、性能やコストとのバランスを考えてふつうはやらない。とうか、できない。

トークンに入っているのはURL

では、いま私たちが売り買いしているNFTアートのトークンには何が入っているのか。URLである。

URLはインターネット上のロケーションを表す規約だった。この技術を使えば、「このサーバの、このフォルダに、この名前でアートが保存されているよ」と示すことができる。このとき、悪い人がいるとURLを改ざんして、とんでもない場所にあるとんでもないファイルを指し示して、「これがあんたが買ったNFTアートだ!」と主張するかもしれない。

そう考えると、URLをブロックの中に収めて改ざんできないようにするのは、いいアイデアかもしれない。本当に?

もちろん、抜け道がある。

ブロックチェーンのなかでURLを改ざんするのが難しいのであれば、URLが指し示すサーバに不正侵入して、当該ファイルを改ざんしてしまえばいい。サーバはブロックチェーンの管轄外だ。あるいはファイルを消去してしまってもよい。作家CはデジタルアートをNFT化して顧客Dに売る。顧客Dは作品が買えたと喜ぶが、トークンに記載されたURLを見に行っても何も表示されない。作家Cはデータを消してしまって、同じアートを別の人に売っている。極端な例ではあるが、容易に起こりうる例でもある。そんな悪意がなくたって、作家が死亡して遺族がサーバを処分してしまうかもしれない。それではたまらないので、コピーを自分のコンピュータやスマホに保存するが、それは別にNFTを購入しなくてもできることだ。

今のところNFTはリアルの世界では、「それを買ったのは自分で、権利を持っているんだ」と虚空に叫ぶ以上の実効性を持ち得てはいない。

ファイルを永続的に持ち続けるのは意外に難しいことだ。自分のパソコンに入れておけば、パソコンが壊れるかもしれない。不安を解消するためにUSBメモリにバックアップしても、災害に遭って燃えたり水をかぶるかもしれない。世界をまたにかけるオンラインストレージと契約しても、お金を払い忘れて消去されるかもしれないし、運営していた会社が倒産するかもしれない。絵画を収めていた静止画保存形式が力を失ったり、法律違反を犯して使えなくなることもあり得る。

InterPlanetary File System:惑星間ファイルシステム

こうした懸念を払拭するために、近年ではIPFSが人気だ。InterPlanetary File System:惑星間ファイルシステム。壮大な名前で個人的には大好きだ。古くからネットワークを使っている人は、またWinnyを思い出すといいと思う。同じではないが、アイデアは似ている。

ファイルをIPFSに預けると、IPFSネットワーク上につながれているどこかのコンピュータに保存される。特徴はロケーション志向からの脱却だ。

URLのLはまさにロケーションのLだった。ロケーションが指定されるから、欲しい情報がどこにあるかわかり、アクセスできる。でも、場所が決まっているということは、その場所を管理している者がデータの生殺与奪権を握ることでもある。グーグルに格納されている情報はグーグルの気分ひとつで使えなくなるかもしれない。

そこで、誰とも知らぬコンピュータに保存するのである。保存先の選定はシステムが自動的に行い、複数のコンピュータに保存する。そのとき、保存データからハッシュ値をとるので、改ざんがあればすぐに判明する。

データへのアクセスもハッシュ値を使う(ただし、ブロックチェーンではないので、その点は注意が必要だ。動画などのサイズの大きいデータにブロックチェーンと同じ処理を施していたら大変だ)。

同じハッシュ値を持つデータは原則として存在しないはずなので、ハッシュ値を指定すれば「このファイルだ」と指定できる。システムは保存先を覚えており、データを読み出してくれる。人気のあるファイルでも、複数のコンピュータに保存されて、リクエストを発した人に近いコンピュータが応答することで混雑を回避することができる。故障や検閲によってあるコンピュータが壊れたり、差し押さえられたりしても、どれかは生き残るだろう。

IPFSは今後一定の存在感を持って普及していくと考えるが、こうした民主的なしくみの懸念点はブロックチェーンやWinnyと同じである。コントロールしにくいのだ。もともと権力(=コントロール)からの脱却を目指しているのだから、仕方がない。ただ、それを自分が使いこなせるかどうか、思った通りの挙動を示すかどうかは重要だ。

まずIPFSはブロックチェーンと違って、参加しているコンピュータに全部のデータを保存したりはしない。動画や音楽も保存できるファイルシステムを目指しているので、それはそうなる。自分が撮った写真のアルバムだってあっぷあっぷしているのに、世界中の人がばんばん保存してくるデータを全部のコンピュータに保存できるものではない。

となると、IPFSにファイルを登録したとしても、世界が知るのはその目次情報だけで、差し当たって自分のコンピュータにしか実体はないことになる。そのファイルがすごく人気で世界中からアクセスがあれば、世界中にコピー(キャッシュ)が作られるが、使わなれければキャッシュは消されていく。幸運に恵まれて複数台のコンピュータにデータの実体が保存されていたとしても、故障や廃棄によってそれが失われる確率は低くない。

IPFSは便利なしくみだが、その構造上速度性能は低く、永続性を期待してデータを預けるものでもない。ファイルの更新や変更を管理する機能もない。また、ハッシュ値が知れれば誰でもそのデータにアクセスできるので、NFTで利用する場合は「作品の閲覧を独占したい」といった用途には使えない。(続く)


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