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イーサリアムに人と金が集まる理由――『Web3とは何か』by岡嶋裕史 第2章 NFT⑧

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第2章 NFT⑧――不透明な分野で力を発揮

こうした文脈のなかで、アート分野で立ち上がったDAOがNFTだと考えることができる。

アートはとても不透明な分野であった。どんなふうに価格が決まっているのか、素人にはとてもわかりにくい。投機家たちが自分たちの自作自演で値を取り上げ、情報の非対称性を武器に高値でアートを売りつけているとまことしやかに囁かれるが、株価ほどには監視の目が整備されていない。マネーロンダリングに使われているという指摘についても同様である。

参入も難しい。新人画家がまともな価格で絵を売るためには展覧会に出展するか、オークションにかける必要がある。その門戸は驚くほど狭い。画力で勝負するよりも、まず画壇の有力者やオークションハウスの目にとまり、気に入られなければならない。経路も過程も不透明だ。

このように信用ならない場、信用ならない人が満ち満ちている環境で力を発揮するのがブロックチェーンだった。

NFTはアーティストにとって魅力的

NFTによって、アートをデジタル資産とすれば、ブロックチェーンが提供する透明、公正、永続の機能によって、今までブラックボックスだった美術市場に誰でもが(作家としても、買い手としても)平等に参加でき、不正なく適正な価格で取引ができ、贋作に悩まされることもなく、更には作品の価値を永続させることができる。

また、スマートコントラクトによって従来は難しかった付加サービスを構築することも可能になった。

たとえば、100点の絵画を売るプロジェクトであれば、プログラムによってデータを自動的に更新し、作家が作った元データは1点でも、その同じ複製を100人に売るのではなく、少しずつことなったバリエーション100点にすることなどができる。

データの追跡ができるのも、大きなインパクトだ。すでに多くのNFTサービスが実装しているが、転売時の利益を作家に還元することができる。

今まで作家が報酬を手にするのは一次市場(プライマリ:その作品がはじめて発表される市場)に限られてきた。

だから、自身が有名になった後で、いくら高値で転売されてもその利益を享受することはできなかった。有名になった事実をバックボーンに新たな作品を製作して一次市場で儲けるしかないのだ。

でもNFTであれば作品の流れもお金の流れも追跡・制御できる。二次市場(セカンダリ:プライマリで世に出た作品の転売が行われる市場)で売買が行われたとき、その売上の10%を作家に送るとスマートコントラクトに書いておけばよいのだ。これは作家にとって嬉しく、大きな出来事だろう。

海千山千の画廊を相手に権謀術数の限りを尽くして出品交渉や価格交渉を行わなくてよく、特に資格やコネがなくても作品を世に問うことができ、自身が著名になれば転売益まで入ってくる。

また、絵画などすでに認められた価値体系以外からの参入もあった。

NFTはデジタルデータに稀少価値を付加する技術であるから、これまでいかようにもコピーでき、高値など付かないと考えられていたもの、たとえばツイートやプログラムのコードそのものなど、にも値がつけられるようになった。ジャック・ドーシーのツイートなどは典型例である。

さらには潤沢な暗号資産が流れ込み高値がつきやすい市場としてのNFTはアーティストにとって魅力的である。だからこそ、多くの者がNFTに参入したのだ。NFTはすでに大きな市場を形成している。

イーサリアムに人と金が集まるのは必然

これら一連の魅力的な応用方法が多数提案、実装されたイーサリアムに人と金が集まったのは、したがって必然と言えるだろう。

ブロックチェーンに人が集まれば、もとからの弱点であるスケーラビリティ問題(その構造上、性能向上や規模拡張がやりにくい)が噴出するが、ブロックサイズの拡大や、L2、シャーディングなどで果敢に対応しようとしている。

新しい機能を盛り込んでいく過程にも、「らしさ」が現れている。イーサリアムはさまざまな決め事をERC(Ethereum Request for Comments)という形でまとめている。長くインターネットを使っている人はRFC(Request for Comments)を連想するかもしれない。そう、あれといっしょである。「ちょっと面白いものを作ってみた(考えてみた)ので、コメント求む」である。真面目な提案から単なるジョークまで、RFCには色々ある。

通底しているのは、「誰でも提案できる」こと、それに対して「誰でもコメントできる」ことである。民主的である。GAFAが支配すると言われるインターネットも、そもそもはそういうものだったのだ。

その、「ちょっと作った面白いもの」が世界を動かしているのがインターネットだった。

たとえば、Web通信の根幹技術であるHTTPはRFC7540として定義され、各種のWeb関連ソフトウェアがこれに従うことで、世界中でWebページのやり取りをすることができる。

ERCもこれと同じで、誰かがこんな機能があるといいのでは?と提案して、みんなでディスカッションをして揉んだのち、確定仕様となる。ふだんのビジネスで耳にする有名どころは、ERC20、ERC721あたりだろう。

ERC20、ERC721

ERC20は「トークンはこういうふうに作るんだ」という約束事である。より正確に表現すると、ここでいうトークンはファンジブルトークンだ。代替可能な、お札のような機能を果たすものだった。

自分で作るトークンなら、どんな内容を盛り込むのも工夫次第だが、最低限これは含めておけと指定されているのが、流通しているトークンの総量を表示する機能、指定されたアドレスのトークン残高を表示する機能、指定された量のトークンをあるアドレスから別のアドレスへと送る機能、トークンの送信可能量を表示する機能、トークンの送信が成立したときに記録を残す機能などである。

ERC721も同様なのだが、こちらがノンファンジブルトークンを作るときの約束事である。

イーサリアムのファンジブルトークンには、残高という概念があった。それに対してこちらは代替不能なものを扱うので、残高はない。ERC721のルールで作られたトークンで最も重要な情報はトークンIDである。

トークンIDは唯一性を証明したいブツとその所有者に紐付けられる。イーサリアムのコミュニティではERC721で表されるトークンをdeedと呼ぶ。deedは署名された法的文書(不動産の譲渡証書)のことなので、まさにそのような用途を考えているわけだ。

第2章の冒頭で試したように、私の下手な絵をトークンIDに紐付ける。この時点で下手な絵はまだ私のものだが、トークンをトランザクションによって誰かに渡すと、下手な絵に関する権利がその誰かに移転するのである。

このほかにも多くのコミュニティでERCやEIP(Ethereum Improvement Proposals)が議論されている。ブロックチェーンでいま開発者や運用者の熱量が高まっているのは、ビットコインではなくイーサリアムである。(続く)


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