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不動産投資に見るタイ人の楽観主義|「微笑みの国」タイの光と影 vol.30

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回のテーマは、タイの不動産事情。バンコク都心への一極集中が進むタイでは、都心の地価が大きく上がっています。それはある種のバブルを生みだし、投資用不動産の悲喜こもごもが起きることに。そしていつの時代、どこの地域でも同じように、こういうとき割を食うのは不労所得の夢を見た中間層だったりして……。


これまでの連載はこちらから読めます↓↓↓

バンコク都心と郊外のいびつな住宅事情

 タイは20年前と比較して随分と住宅費用が上がった。特にバンコクは物価高、地価高騰もあって、購入でも賃貸でもとにかく高い。日本より多少安い物件も多いにしても、20年前と比較したらかなり高くなった。

 バンコクの住宅の形態というと、アパートやコンドミニアム(日本でいうマンション)といった集合住宅、平屋のように隣と壁を共有するタウンハウス、そして一戸建てだ。外国人は土地そのものの購入ができず、不動産所有が基本的には認められていないので、選択肢は分譲コンドミニアムだけになる。

 戸建てに住むタイ人は富裕層、というのはただの印象だ。この点は日本と同じで、郊外や地方の農村はそもそも集合住宅がないのでみんな戸建てになるし、昔から都心に暮らす世帯は土地持ちの場合も少なくない。一方で、新しくバンコクに来た人や、若い世代が戸建てを所有しているとしたら、たとえローンで支払い最中だとしても、それなりの社会階層にあるのは間違いない。

 もちろん、地価が安いバンコク郊外であれば若い世代でも一軒家を所有することはそこまで難しくはない。これも日本と同じで、都心で働く会社員のタイ人の多くは郊外に住んでおり、朝の通勤地獄を覚悟のうえで、そういった場所に居を構える。とはいえ、近年は電車路線もどんどん拡張されているので、10~20年前と比較すれば段違いに便利になったとは思う。

億を超えるバンコク郊外の戸建て。

 タウンハウスも同様だ。都心にもあり、バンコクの下町には今も多い。日本人が足を運ぶ和食店も、場所によってはタウンハウスに入居していることも少なくない。バンコクだと最低でも3階建てといった感じで、昔ながらのタウンハウスなら1階を食堂や会社事務所にすることが当たり前だったので、先の和食店のように何かしら商売ができる仕様、あるいは天井が1階だけ高い物件がよくある。一方、近年は完全住居用タウンハウスも増えている。隣と壁を共有するので大規模な改装などは難しいが、コンドミニアムよりは利用の自由度が高いというメリットがある。

 コンドは分譲も賃貸もある。賃料はさすがにアパートより高く、近年の物件には必ずキッチンがついている。タイのアパートは高級物件にならない限りキッチンは付いておらず、外食が前提だ。ボクが移住したばかりの2000年代初頭は月額5000バーツ前後 のワンルームのアパートを借りることが普通だった。企業駐在員や金銭的に余裕がある人は数万バーツのところに住む。こういった階級的な棲み分けがあった。

 タイの賃貸物件は現在、基本的には供給過多なのではないかと感じる。日本人の企業駐在員が暮らすような5万バーツ前後以上の住まいでも、聞いている印象では望んでいる場所にだいたい入居できる。こういうしっかりした物件は不動産仲介業者を介して契約を結ぶ。あくまでも不動産会社は紹介するだけで契約後はノータッチになるのだが、契約に際しては便利なサービスである。一方、賃貸アパートの中でも安い物件は足で探すしかない。とはいえ住みたいエリアに行き、よさそうなアパートをみつけたら窓口で空きを聞けばいいだけだ。外国人が入居する場合、不動産所有者はイミグレーション警察に届け出をしなければならないという面倒が生じるので受け入れていないケースもあるが、多くの場合、やはり希望したアパートに部屋を借りることは難しくない。

 外国人に慣れた物件だと退去時にいろいろと理由をつけて保証金から修繕費用を引いてくるが、タイ人向け賃貸の場合はほぼ全額が返ってくるので、定期的に引っ越しをして気分転換を図ることも気楽にできる。

田舎の戸建ては高床式で、こういうものならそれほど高くないが、投資物件にはならない。

バンコクに到来していた不動産投資ブームの今

 外国人は不動産購入はできないが、賃貸で戸建てを借りることは可能だ。ただ、安めの金額で家を借りる場合はエリアが郊外になるので、ある程度タイでの暮らしに慣れていないといけない。実際、賃貸に出ている戸建ては案外多いものだ。元々その物件を持っている人が別の場所を生活の拠点にしているので、遊ばせているよりは貸そうと考えたケースである。

 これとは別に、ここ数年は賃貸に出すことを目的に物件を購入するケースが多くなっている。つまり投資物件である。都心に新規物件が立ち上がると、タイ人の富裕層がたちまち群がって購入していく。特に2012年前後からの不動産投資の勢いはかなりすごかった。

 分譲コンドはまず開発プロジェクトが決まって、その土地の前に豪華なモデルルームを建設する。そして販売を開始し、顧客に頭金を支払わせる。それを資金に建設がスタートし、完成して引き渡しと同時に残金を不動産開発会社が受け取る。

 不動産投資が絶好調のころは、プロジェクトが立ち上がった時点で、伝手を通じてアクセスした客や優良顧客によって好条件の部屋は押さえられており、モデルルームが公開になるときにはすでに大きな利益を得られそうな物件はないような状態だった。これまでも本連載で何度も書いてきたように、富裕層のネットワークやコネクションがこういうところでも威力を発揮するのである。

2013年の投資ブーム真っただ中のころの新しい高層物件。

 タイにおける不動産投資の利益は賃貸に出してのインカムゲインと、売却時のキャピタルゲインに分かれる。タイ人の場合は多くがその両方を狙うけれども、外国人の場合、特に日本人の投資ブーム時はインカムゲイン狙いが中心だった。分譲マンションを購入し、賃貸に出しておき、数十年後、自分がリタイアしたときにそこに住むというような計画で運用している人が多かった。賃貸に出すのも日本人経営の不動産仲介業者に委託すればいいのだから問題ない。こうして多くの日本人富裕層がバンコクでコンドを購入していたようである。

 タイ、特にバンコクはそれこそ2011年前後から市街地の雰囲気は明るくなり、活気があると感じた人も多かったと思う。外見的な景気は絶好調だった。ただ、専門家からするとそれは見かけ倒しで、リーマンショックなど数々あった世界的な不景気も影響して、あまりよろしい状態ではなかったという。そのため、後述するように必ずしも不動産投資に成功する人ばかりではなく、損をした人は日本人でも少なくなかった。

 この原稿の執筆時もいまだ、コンドの建設は各地で多い。都心はさすがに土地が少なくなってきているので、ここのところは郊外や電車路線の延伸エリアでの建設が目立つ。しかし、後述する通り郊外物件は投資には向いていないので、あとあと負債を抱える人が出てしまう。

 そのため、日本人や欧米人の間はバンコクの不動産投資はだいぶ下火になったと思う。ここのところの新型コロナのパンデミックで落ち着いてしまった感もあるが、日本人などの不動産投資熱が冷めてくるのと反比例するように中国人の投資が増えていた。

 中国人の訪タイ人数は日本の4倍近くもあって(パンデミック以前)、中国人投資家はそういった旅行者を狙って宿泊先としてAirbnb(エアビー)などの空き部屋貸しのサイトを利用していた。タイでは基本的には違法営業に該当するのだが、所有者本人は外国にいるので取り締まれない。借りる人はタイの法令もわからないし、借りている方を取り締まることもできないので、野放しの状態だった。

 中国人は中国人同士で商売をするという習性もあって顧客はいくらでも集まるし、他人への迷惑を一切考えない人も多いので、コンドの近隣住民から苦情があってもなんのアクションもないというひどい状態だった。一部のコンドはそれが理由で資産価値が下がったケースもあったようだ。

バブルに飲み込まれて差し押さえされる中間層

 日本人の不動産投資熱が冷めていったのには、さすがにこれだけ日本人がたくさんいるバンコクなので、正しい情報が出回ったことも理由にある。バンコクには韓国人も多いのだが、韓国人不動産ブローカーは詐欺師ばかりだそうで、韓国人が日本人経営の不動産仲介業者を頼ってくることもしばしばあったらしい。それくらい、日本人不動産関係者や日本人ネットワークには倫理感があったわけだ。

 ただ、不動産投資が過熱していた当初は、日系の不動産会社もあの手この手で売り込みをかけていたのは事実だ。それも、基本的にはタイ在住者ではなく日本にいる金持ちを狙ってタイのコンド購入を勧めていた。先のようにリタイアするまで賃貸に出し、その後はそこで暮らしてもいいし、キャピタルゲインも狙えるというのが謳い文句だった。

 しかし、よくよく考えると地震のないタイでは日本ほど物件を堅牢に建てないので、建築が始まった時点から経年劣化が始まる。あまりの日差しで、完成して数か月もしないうちに外壁にひびが入り、地盤沈下でガタガタになる。リタイアまで1年ならともかく、当時高止まりだったタイミングで買っておいて、10~20年も経ってから売却益を狙えるわけがない。

 しかも投資ブームの初期時点で、特に日本人や欧米人に向いた投資物件というのはスクムビット通りソイ24の超高級コンドしかなかったとされる。ブーム全盛期、新築コンドは100平米にもならない部屋でも1億円は下らない。タイとはいえ、バンコクで100平米はそこそこに広い。では、これが相場なのかというとそういうわけでもなかったりする。タイは売り手が強いので、いわば言い値だ。デベロッパー側の考えとしては高く売りたいからこうするし、投資家も家賃を高くすればいいだけの話じゃないか、という感じで、特に市場の相場や需要は考えない設定だ。それでも、外国の富裕層が1ヶ月100万円超でも借りてくれるのはこのエリアしかなかったのだ。多くの不動産投資会社はこのことを黙っていた。

 都心とはいえ、場所を間違えれば投資は成功しない。しかも、成功確実視されたソイ24エリアは数千万から億の日本円が必要で、ちょっとした小金持ちが当たり物件を掴むことは難しい。最終的に自分が住むというのなら高止まりで掴まされたとしてもまだいい。利益を目的にしていたとしたら完全にマイナスで、日本人の中には損をした人もいる。むしろ、成功した人の方が少ないと思う。先述のように、ソイ24だって他にある良い物件は最初にタイ人富裕層に押さえられているからだ。

 もちろん、そんなことは調べればわかることだし、不動産会社が嘘を吐いていたとも言い切れないのだが、不誠実だったところもある。これでよくも悪くも日本人の不動産投資ブームは落ち着いてきた。

 では、タイの不動産投資は結局タイ人しか勝てないのか。それがまた、正しくはそうでもない。勝てるのはタイ人富裕層だけで、その他のタイ人には難しいのである。最初から良い物件が存在しないので、不利な状態で投資が始まるのは日本人と同じだ。

 しかも性質が悪いのは、タイ人だと破綻する人も多いところだ。外国人の場合、コンドを購入するには外貨建てで海外送金を利用してタイに着金していることが条件になる。抜け道はいろいろあるにしても、外国人名義で登録する場合は外貨送金証明がいるので、基本的には一括払いだ。そのため、まるっきり資産価値がゼロになったとしても、損失はその額で済む。

 ところがタイ人の場合、ローンを組んでいたりするともう大変。中流階級の人々も一時期は不動産投資に熱を上げた。こういう人たちは先のように新築物件に頭金を入れて、コンドミニアムが竣工するまでに銀行と話をつけてローンを組む。これは普通に不動産を購入する場合の流れなのだが、投資家初心者は銀行やメディアの煽りを真に受け、1軒購入したらそれを担保に2軒目、さらにそれを担保に……と何軒も購入する。月々の返済額を上回る値段設定にすればいいと簡単に考えるが、場合によっては地域の相場から外れていることもあるわけで、そうなるともう文字通りの自転車操業だ。

 供給が需要を追い越しているし、投資でインカムゲインが得られる物件は都心にしかなく、かつ好条件の物件は最初からない。そんなことちょっと考えればわかるのだが、それでも楽観的に大丈夫だと買ってしまう。タイ人のある意味ではいい性格でもあるし、無茶すぎる危うさでもある。

 そして単純明快な話で、どこかでつまずいたら全部が狂ってしまって、多額の借金を背負うというわけだ。こういう楽観的なタイ人も多かったので、銀行の差し押さえ物件がかなり増えていた時期もあった。すなわち、不動産投資で確実に儲けられるのはタイ人富裕層とそのネットワークにいる人だけなのだ。

タイのタワマンは都心の景色がいい上の階でも日本よりは多少安い。

「ムーバーン」は高額物件から売れていった

 2010年前後からバンコク市中は活気があったが、裏では実はそう景気がいいわけではないということも銀行はわかっているので、楽観的な中流階層に最初は金を貸し、途中でやめてしまう。結局、金があるところにいつだって金が流れ、それ以外の人はいつまでも貧しいままというのがタイの社会構造だ。

 都心はこういったマネーゲームで無駄に資産価値だけ上がり、そこそこの人が家を買おうとすると郊外に行くしかない。幸い、電車が走るようになっているのでまだ昔よりはいいが、結局バンコク圏が広がれば、郊外の土地だってまた高騰する。

 というか、すでにその流れが進んでいるのが現実だ。ラマ9世通りをひたすらに東に進むとシーナカリン通りがあり、その先に十数キロ行けばスワナプーム国際空港に着く。このシーナカリン通りからスワナプームまでの道のりの間に新しい道路が敷かれ、その沿道には新興住宅地が建設されている。タイのIKEA第1号店の商業施設メガバンナーの周辺も現在、建設ラッシュになっている。

 こういった郊外の新興住宅街はムーバーンと呼ばれる。直訳すると村という意味なのだが、こうした地域は不動産開発業者あるいは委託された管理会社が建設完了後も警備や設備管理などを務める。住宅地は壁で囲まれ、そこに入るにはゲートで身分証明をしなければならないので、安全性が高いというわけだ。戸建てなのに入居後も管理費を支払っていくデメリットはあるが、治安がよくないタイにおいてはそれを超えるメリットがあるので人気がある。

 そんな郊外のムーバーンの戸建ては、土地込みでかつては3000万円もすればものすごく高額のイメージだった。それが今や日本円で1億~2億円は当たり前だ。さすがにそういう額になるのは3階建てだとか、ホームエレベーターがついていたりなどの高級住宅ではあるが。中には日本の建設系会社と組んで、「日本の住宅」という売り文句を使うところもあるくらいだ。

日本の大手ゼネコンが建てたタイの戸建て。

 こういったところに見学に行き、売れ行きを調べてみると、驚くことに安い区画は売れ残っていて、高い区画ほど早く契約済みになっていた。億を超える郊外の戸建てを投資物件にするとは考えにくいので、購入者が住むことになる。

 日本ではこういう現象を見たときに「あるところにはある」と言ったりするが、タイの場合は「あるところにしかない」といった感じだ。そんな土俵で不動産投資をして勝てるわけがない。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

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