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【note1周年記念】2020年の「つつまし酒」をふり返る|パリッコの「つつまし酒」#90

「はあ、今週も疲れたなあ…」。そんなとき、ちょっとだけ気分が上がる美味しいお酒とつまみについてのnote、読んでみませんか。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、それが「つつまし酒」。 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

花はあんなにも美しく咲いていたのに

 光文社のサイト「本がすき。」で連載を開始し、昨年12月にはありがたいことに書籍化もしてもらうことができた当連載「つつまし酒」。
 その後、今年の3月からここ、光文社新書のnoteに連載場所を移し、早いものでもう12月。光文社新書のnoteも、オープンからちょうど1年が経ったそうです。
 そこで今回はちょっと番外編。こちらで連載してきた「つつまし酒 シーズン2」についてをいったん振り返ってみたいと思います。

 とはいえ、この1年を思いかえしたとき、誰もが真っ先に頭に浮かぶのは、新型コロナウイルスに関するあれこれですよね。昨年の11月に中国湖北省の武漢市付近で初めて発見されたこのウイルス。このシーズン2が始まった3月の段階ですら、不安はあれどもどこか甘く見てしまっていた。日本では感染爆発のような事態にはならないんじゃないか? という、根拠のない希望的観測を抱いてしまっていた。ところが事態はそう甘くなく、そのすぐあとの4〜5月と、これまでに体験したこともない「緊急事態宣言下の生活」を余儀なくされました。
 お気づきの方はあまり多くないかもしれませんが、シーズン2としての連載の第3回目となる「#53」、実は今も欠番になっています。というのも、その頃の東京はちょうど桜のシーズン。コロナ禍のなか、それでも何かできることはないかと模索し、「今年のお花見は散歩をしながらひとりで楽しもう」という趣旨の原稿を書かせてもらったんですね。取材は3月末に行い、すごくいいお花見散歩になった。けれども、日に日に事態が悪化し、もはや「週に数回の日用品の買い出し以外の外出は言語道断」というムードになってゆくなか、編集部と協議。この内容を公開するのはどうだろうという結論に至って、未公開となってしまったという経緯だったんです。
 ひとりでふらふらと散歩をし、花を見ながらちょっとお酒を飲む。そんなことすら大っぴらにできないのが今の世の中かと、昨年までと違いすぎる状況に、とにかく不安になったことを覚えています。

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花はあんなにも美しく咲いていたのに

「つつまし酒」のおかげで

 ただし、そこからずっと、酒を飲む気力もなく暗〜い気分で過ごしていたのかというとさにあらず。僕の場合、むしろ燃えてしまいましたね。外に出られないのなら、家飲みをとことん、意地でも、どんな苦労もいとわずに楽しんでやろう! というモードになった。
 具体的にはこの連載に記録のあるとおりなのですが、いい機会だと備蓄庫を整理しつつ缶ベキューをした。まげわっぱの弁当箱を買ってコンビニ弁当を詰めてみた。地元商店街やテイクアウトのおつまみの良さを再発見した。仕事場にビールケースを使った「マイ酒場」を作った。ベランダに人工芝を敷き、野宿もした。その他、少しでも家飲みがマンネリにならないよう、あれこれとグッズを買ったり実験的料理を試したりしつつ、執拗に酒を飲み続けてきました。
 で、それが代替的な楽しみだったのかというと、ぜ〜んぜんそんなことはなかったんですね。「これはこれで楽しすぎるぞ!」と、むしろ、酒の世界の奥深さ、おもしろさを押し広げてもらえたような気分にすらなった。

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#57「これぞ大人の秘密基地! 『マイ酒場』を作る」より

 最近、よく人から「酒場取材に行けないとお仕事的に大打撃ですよね」なんて心配してもらうこともあるんですが、実のところ、個人的にはそうでもなかったんです。
 きっと世の酒好き編集者のみなさんも同じ気持ちだったでしょう。「できないならばできる範囲のなかで楽しみを見つけ、発信していこう!」というモードで、減った酒場取材のぶん、いやそれ以上に、家飲み向上の工夫や、新しいおつまみレシピ、そして「チェアリング」などに関するお仕事をたくさんいただきました。それらはすべて、少しでも不安やストレスを抱える人たちの息抜きくらいにはなってほしいという思いからだったのだろうし、そんなお仕事をさせてもらうたび、この「つつまし酒」で地道に鍛え続けてきた「家飲み力」がものすご〜く役に立ってるなと、ありがたくも感じていました。

お酒は美味しい! 楽しい!

 シーズン2に書かせてもらったなかで特に印象に残っているのは、やはり「#64」の「酒場で飲む」の回ですね。酒の味を覚えて以来、3ヶ月近くも外で飲まないなんて状況はもちろんありえませんでした。それでも緊急事態宣言が解除され、おそるおそる「注意しながらなら外で飲んでもいいのかな?」ということになり、忘れもしない令和2年6月8日月曜日。僕は地元の大好きな焼鳥屋である「ゆたか」で、久々の外飲みを堪能したのでした。
 その時の、忘れかけていた生ビールの味、焼場から直で届く焼鳥の味、店内の雰囲気や店員さんが作り上げる店自体の味。そのすべてが鳥肌ものの美味しさで、「日常って、こんなにも贅沢なものだったんだ!」と、大感動したことを覚えています。
 そもそも、いつか自分が「酒場で飲む」なんていうシンプルな原稿を書くことになるなんて、想像もしていないことでしたよね。

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#64「酒場で飲む」より

 なんて、まるで過去のことのように話してしまってますが、令和2年12月中旬の現在、日本における新型コロナウイルス感染者数は日に日に増し、事態はむしろ悪いほうへと進行しているように感じます。いつになったら心配なく暮らせるようになるのだろうか? いつになったら会いたい人と会えるのだろうか? 不安な気持ちが徐々に積み重なり、気がついたときには心身の健康を崩しているなんてことも、誰にだってありえるでしょう。
 それでも、「#89」で書いたように、いちどはコロナの影響で閉店してしまった名店が復活を遂げるなんていう、希望に満ちた奇跡が起こることだってある。
 何より僕にとって、お酒は美味しい! 楽しい! という事実はいつだって変わらない。酒飲みの方もそうでない方も、引き続き日々のなかにつつましい幸せを見つけつつ、慎重かつ前向きに暮らしていきましょ〜。

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#89「奇跡の復活! 所沢の名酒場」より
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco

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