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人間性の進化的起源|馬場紀衣の読書の森 vol.52

長い、長い地球の歴史上のどの時点に自分が生きているのかを意識することはほとんどないように思う。人類は地球の環境を猛スピードで変えてきたし、でも、変えてきた気がするだけだ。この一、二万年のあいだの人類の文化進化は目覚ましいもので、私たちの祖先は都市をつくり、知識を百科事典にまとめ、栄養価の高い食べものを作り、音楽を奏でた。人類の目覚ましい文化進化の感触をこの身をもって経験するには一生は短すぎるが、その手触りをこの本が与えてくれる。

それこそ小さな体から身を乗り出して地球規模で文明の夜明けを眺めると、地球の住人のなかで私たちだけが唯一、三つの適応進化の時代を経験してきたことに気づかされる。ひとつは、ほかの生物とおなじように生活環境に適応した時代。文化的活動を通じて人類が生物学的に適応すべき課題を自ら創出するようになると、進化速度は急激に速まった。私たちは、他の哺乳類よりもずっと速く進化をしている最中にある。これがふたつ目。そしてみっつ目が、文化進化が支配する時代。「文化的活動は人類に適応すべき課題を与えるが、生物学的進化が動きだす前に、それはさらなる文化的活動によって解決される」と、著者は説明する。「文化が生物学的進化を止めたわけではないし、止めることなど不可能にちがいないが、私たちの文化は生物学的進化を後ろに引きずりながら先行しているのだ」。

文化のおかげで人類は問題なく環境に適応することができるようになった。効率的な環境の利用、動植物の家畜化と栽培、品種改良、農薬など新しい発明は食糧生産を増やし、世界人口を増やしつづけた。人口が増えることは、生物学的進化の速度を速めることにつながる。技術が進歩するにつれて、生存に必要な技能を身につけるための知識への依存が高まった。社会的学習、同調による行動の類似化、流行が生まれ、集団の驚くような多様性があり、途方もない量の情報が飛び交うようになる。異なる概念同士がたがいを刺激し合うことで文化の蓄積はさらに促進される。

人類が絶えまない進化を高速で駆け抜けていくなか、ほかの動物たちはといえば、人類が起こした環境変化に対応しきれずにいる。ただ、この筋書きは家畜化された動物にもあてはまると著者はいう。家畜化により環境刺激に対する順応性が低下したことで動物は生存と繁殖を人間に依存するようになったからだ。檻による保護、管理しやすい個体の選抜は動物種に与える影響をふたたび変化させた。人為的な管理なしでは捕食者にたいして脆弱になったため、動植物はますます飼主に依存するようになったのである。こうして、家畜栽培化された動植物と人間の共依存(あるいは共適応)の関係が生まれたという。

新鮮でユニーク。どの章を読んでも刺激的で説得力のある論考は、著者の豊富な知見によるものだ。人間の、なにがほかの動物たちとちがったのか。これは私たちについて語られた、そしてこれからも語りつづけられていく壮大な物語である。

ケヴィン・レイランド『人間性の進化的起源 なぜヒトだけが複雑な文化を創造できたのか』豊川航訳、勁草書房、2023年。



紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

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