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思いがけないヒット――エンタメ小説家の失敗学16 by平山瑞穂

過去の連載はこちら。

平山さんの最新刊です。

第3章 作品の設計を怠ってはならない Ⅳ

トラウマ

 この本(『冥王星パーティ』)を書くことにおいて僕が犯した失敗とは、これに尽きる――作品をあらかじめ入念に設計することを怠り、プロットらしいプロットを組んでいなかったために、執筆中に際限なく物語世界が膨張してしまい、結果として苛酷な原稿削減作業を余儀なくされたこと。

『冥王星パーティ』改題『あの日の僕らにさよなら』

 これ以降、僕は必ず、本稿執筆に先立ってかなり詳しいプロットを起こし、担当編集者のコンセンサスを得てから原稿に取りかかるようになった。しかもそれは、回を重ねるごとに、ますます詳細で精緻なものになっていった。細かい場面展開やその意味合い、そのできごとがそれ以降の登場人物たちにどう影響したかなどまで、入念に決めておけばおくほど、執筆中に物語が自分自身のコントロールを離れて暴走し、あらぬ方向に膨れ上がってしまうリスクを低減できることを学んでいったからだ。

 そして言うまでもなく、僕はそのプロットを、「原稿全体が四〇〇枚からせいぜい五〇〇枚程度までに収まるように」調整することも、おさおさ忘れなかった。経験を積めば積むほど、「このプロットで何枚程度の原稿になるか」という感覚は研ぎ澄まされていき、誤差が少なくなっていった。

 僕がひとつの長篇小説について事前に起こすプロットは異様に詳細で、担当編集者を怖気づかせることもあるようだ。なにしろそれは、A4でときには一五ページ以上にも及ぶことすらある。それ自体、ちょっとした短篇小説といってもいい分量だ。

 それもあって、僕にとって原稿を書くという工程は、最後の華々しい収穫のとき――いわば最も楽しい「花道」にほかならない。何をどう描くかは、あらかじめすでに細部に至るまで決められているのだ。そのプロットをどう組むかで苦労することはあっても、本稿について「どう書くか迷う」という局面は、ほとんど生じえない。よく、「原稿を生み出す苦しみ」などという言葉を目にするが、あれが僕にはピンとこない。それは僕にとって純然たる「作業」にすぎず、ほぼ、単位時間あたりの進捗度合いを一定して割り出せるものなのである。

 ただし、このやり方が、どんな書き手にとっても常に好ましいとは、一概にはいえない。最初からそうして話の展開などをガチガチに固めておいてしまうと、想像力(あるいは創造力)を拘束され、本来持っている資質を思うように発揮できないというタイプの人もいるだろう。だからこれを無条件に人に勧めるつもりはないのだが、少なくとも僕は、そこまで入念に事前準備を詰めておかないと、安心して本稿に着手できないのだ。

 それはひとえに、『冥王星パーティ』での苦い、そしてつらすぎた経験が、今なおトラウマになっているからだ。自分が心血を注いだ文章を泣く泣く、ときには章単位、あるいは登場人物単位でごっそりと削るようなつらい思いを、二度としたくないのである。

 もっとも、『冥王星パーティ』の執筆において僕がやらかしたこの不手際と、この本が売れなかったこととの間には、直接の因果関係がない。僕がこの小説を書き上げるに際して無駄な回り道をしてしまったことは事実だが、そのせいで本が売れなかったとは必ずしも言えない。僕が事前の物語設計を抜かりなく行ない、スムーズに作品を仕上げていたとしても、どのみちこの本は売れない運命にあったのではないかということだ。

 それでもときどき僕は、その両者にもなんらかの因果関係があったのではないかと疑うことがある。そしてそれはむしろ、この小説が文庫化され、思いがけずヒットしてからこそ、思うようになったことなのだ。

 その脈絡はややわかりづらいものだと思うので、以下に順を追って説明しよう。

売れてしまった! 

 先に述べたとおり、この小説は、二〇一三年一月に『あの日の僕らにさよなら』と改題された上で新潮文庫に入った。文庫化というのは、単行本が刊行されてから二、三年の間になされるのが一般的だが、この作品に関しては六年もかかっている。その理由は明白で、単行本時代に売れなかったからだ。

 単行本の売れ行きにかかわらず、時期が来れば何はともあれ文庫化するという方式で動いている版元もある(それも昨今は、そのかぎりではなくなってきている気配があるのだが)。しかし新潮社の場合、原則として、単行本時代に一度でも重版がかからなかった作品については、文庫化を見合わせるのが普通だ(『シュガーな俺』については、単行本で重版がかからなくても新潮文庫に入ったが、あれは単行本の版元が他社だったから、またケースが異なる)。

『冥王星パーティ』も、そのルールに則れば、本来は文庫化自体がほぼ考えられないケースだったのだ。

 ところが新潮社内には、書籍の編集部の担当であるGさん以外にも、僕の小説を支持してくれる人が比較的多かったらしい(そのことは、文庫編集部の担当を通じてくりかえし指摘された)。『冥王星パーティ』についても、単行本が売れなかったからというだけの理由で、そのまま埋没させてしまうのは惜しいのではないか、との声が上がり、時期は遅くなったものの、特例的に文庫化してくれることになったのだと聞いている。

 ただし、文庫化には、ひとつだけ条件がつけられていた。「タイトルを、見ただけで内容がある程度想像できるようなものに改めること」だ。

 単行本の読者と文庫の読者の間には、大きなプロファイルの違いがある。単行本の読者はいわば「作家主義的」で、「この作家がいい」と思えば、同じ作家の作品を意識的に追いつづけることが多い。しかし文庫の読者にとって、「誰が書いた本か」ということは必ずしも重要ではなく、なんとなくそのときの気分で、たまたま店頭に置かれているものの中から読む本を選ぶのが普通だという。

 現時点で僕の名が一定以上の知名度を持っているならまだしも、そうではない中で、『冥王星パーティ』というタイトルの文庫本を出しても、どういう話なのかを適切に想像してもらえず、素通りされてしまう可能性が高いというのだ(この頃から僕は、文庫版にかぎらず、タイトルのつけ方に関してしばしば同じことを求められるようになっていった)。

『冥王星パーティ』というタイトルにもそれなりに思い入れはあったが、タイトルを変えることについて、格別の抵抗は感じなかった。単行本が出てからの六年の間に、僕は一二作もの作品を発表してきており、その時点で、この作品は僕の中ですっかり「初期の旧作」という位置づけになってしまっていたからだ。文庫化してくれること自体はもちろんありがたかったが、正直なところ、それで潮目が変わるとも思えずにいた。何を書いても、何をしてもいっこうに状況が好転しないことに、もはや慣れっこになってしまっていたのだ。

 だから内容についても、事実誤認やささいな矛盾などをめぐるいくつかの指摘に応じて微細な訂正を施したのを除けば、改稿と呼べるほどの手はまったく加えなかった。

 文庫化される際に、単行本時代とは事実上別の作品と呼びたくなるほどの改変を施す作家もいるようだが、僕は原則として、それを避けている。過去にすでに発表されている作品は、その時点で力を尽くした結果が形になっているものなのであり、その後、場数を踏んだ目で見て落ち度が認められるからといって、事後にむやみに内容を改めるのは、なんとなくフェアではないという気がするからだ。

 しかしこの作品に関しては、そういう目で一度徹底的に粗を探して、虱つぶしに難点を取り除いておくのだったとあとになってから悔やまれた。なぜかといえば、この文庫版が、予想をはるかに上回る規模で売れてしまい、それだけ広く人の目に触れることになってしまったからだ。(続く)


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