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【新谷学×石戸諭①】「週刊文春」ばかりにスクープネタが集まる理由

新谷学さんと石戸諭さん。立場は違えど、ともに「ニュース」の最前線で活躍をつづけるおふたりのご著書が偶然にも光文社でほぼ同時期発売というご縁から、このトークイベントが実現しました。大いに盛り上がったお話は、予定の時間を超えて約4時間ろロングラン対談! 今回、ゲンロンカフェさんのご厚意で、多岐にわたったお話のハイライトをテキストに起こして多くの方に読んでもらえるようになりました。そのまま本になりそうなくらい面白いおふたりのトーク、本日から三夜に分けてお届けします。写真提供:株式会社ゲンロン(全3回すべて)

「Number」志望だと就活では落とされる?

石戸:僕はずっと「Number」に書くのが夢でした。中学生の頃から読み込んでいて、スポーツライターという職業を知り、様々な書き手を知り、この世界に足を踏み込んでいきました。『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』でも取り上げていますが、新谷さんが新人時代に在籍したNumberで担当していた作品も読んでいたものがいくつかありました。

新谷:石戸さんには私が編集長になった「文藝春秋」でも、最近よく書いていただいていますね。『ニュースの未来』には就活の話もありましたが、文藝春秋は落ちたんですよね? 石戸さんが就職活動をしていた時期はNumberの人気が高くて、エントリーシートに「Numberをやりたい」と書くと落とされるといった都市伝説もありました。

石戸:落ちましたよ。都市伝説通りです(笑)。

新谷:伝説は事実だったのか。でも見る目がなかったとも言えますね。

石戸:とはいえ、今では「文藝春秋」にも書かせてもらえるようになり、しかも掲載していただいたルポでPEPジャーナリズム大賞をいただくこともできたので、ほとんど夢は叶ってしまったとも言えます。
そんな話はさておき、新谷さんのキャリアで意外だったのは、Numberの兄弟誌という触れ込みで創刊した雑誌「Title」です。創刊メンバーだったんですね。当時の僕は熱心に読んでいましたよ。

新谷:そうそう。「Number」から「マルコポーロ」という雑誌に移って、「週刊文春」に行って、その次が「Title」ですね。「マルコポーロ」は〈ナチ『ガス室』はなかった。〉という記事を掲載して、サイモン・ウィーゼンタール・センターからの抗議もあり廃刊になった雑誌です。当時の編集長は花田紀凱さんですね。東京オリンピックでも小林賢太郎さん(ラーメンズ時代のコントでホロコーストを揶揄していたことが問題視された)の一件と絡めて報じられていました。「マルコポーロ」と「Title」は無くなりましたが、もともとはビジュアル雑誌をやっていたんです。

特ダネはリスクをとって戦うメディアに集まる

石戸:その辺は後でもお話しましょう。僕の『ニュースの未来』でも書きましたが、今や硬派な記事も含めてスクープと言えば週刊文春となっていますが、かつては新聞の牙城でした。僕はよくニュースメディアは上半身と下半身に分類できると言ってきました。上半身というのは理性、下半身は欲望を意味しています。新聞やNHKは上半身のメディアの代表格で、社会的な問題を丁寧に報じます。スキャンダルは好みません。
逆に週刊誌は下半身のメディアです。人々の欲望に応えることを大切にし、下世話だといわれるようなスキャンダルを活力にしています。どちらが良い悪いではなく、両方が揃って、ニュースの世界は豊かになっていく、というイメージで僕はとらえています。
長らく業界の序列上位は新聞、NHKが握っていましたが、2000年代、さらに2010年代後半でそのヒエラルキーが決定的に崩れました。僕のたとえでいえば、上半身も含めて文春の格が高くなっている。新谷さんは時代の変化の渦中にいたわけです。変化はどこから感じるようになりましたか。

新谷:私も腕利きの新聞記者にはお世話になりました。まだ駆け出しの記者時代、週刊文春には毎日新聞大阪社会部出身のデスクがいて、事件取材とは何かを教えてもらいました。当時、週刊誌は圧倒的に下に見られていて、社会部、政治部の優秀な新聞記者が週刊誌のニュースソースだという時代が続きました。
それがある時期からガラリと変わった。エポックメイキングは私が週刊文春のデスク時代(2004年)に、紅白歌合戦も担当したNHKの名物プロデューサーが制作費を横領していたというスクープです。“竜ちゃん”ことジャーナリストの中村竜太郎氏が端緒をつかんでいましたが、証言だけでは天下のNHKを相手に戦えない。だから「物証がないと掲載できない」と伝えました。竜ちゃんを中心に、全力で裏取りをして、物証をつかんで掲載までこぎつけた。
NHKも横領を認めたことで、新聞も追いかけ始めることになったのですが、各紙の警視庁2課(詐欺や横領など知能犯を担当する)担当記者が文春にレクチャーを求めにやってくる逆転現象が起こりました。
今までならありえない。スクープがあれば序列をひっくり返すことができるという原体験です。この世界、ネタを持っているものが強いと実感しました。まぁ気持ちよかったですね。

石戸:僕がもっとも影響を受けた初任地岡山支局のデスクは愛知県警一課や、東京地検も担当していた腕利きの事件記者で、さらに週刊誌記者の経験もある人でした。彼がいつも言っていたのは、「事件取材はギブアンドテイク」「特ダネは書いてなんぼ」「事件記者は足腰の鍛えられ方が違う」ということです。情報を集めようと思ったら、まず自分も話せるネタを持っていないといけない。知っていることを適度に話しながら、相手から引き出し、さらにそれを別の相手にぶつけて、引き出し……ということを繰り返しているうちに集まる、という教えでした。
そして、書くことで「この記者は知っているぞ」「きちんと書いてくれるぞ」と思われるようになる。支局の5年間はほぼ事件ばかりでしたが、この教えほど役に立ったものはありませんでした。

新谷:まさにその通りですね。ネタはリスクを取って戦っているメディアに集まります。私はよく訴えられました。刑事告訴もされて、被疑者として出頭したこともある。2件同時に刑事告訴されたこともありましたからね。
1件目は鳥越俊太郎さんから。東京都知事選(2016年)に立候補したとき、〈『女子大生淫行』疑惑 被害女性の夫が怒りの告白!〉という見出しで鳥越さんの女性問題についての記事を掲載したんです。
もう一つは、今は自民党の参院議員になった青山繁晴さんから。彼が共同通信記者時代に、ペルーで起きた日本大使公邸占拠事件取材で多額の経費を使い、問題視された青山さんは退職金と相殺して会社を辞めたという話を書いた。
この2件が刑事の名誉毀損になったのですが、呼び出しなんて嫌なものです。当日は朝から冷たいシャワーで身を清め、新品のパンツをはいて、編集部を出る時はデスクを集めて「これから行ってくる。もし逮捕の速報が流れたら、発表してくれ」とコメント案を用意しておきます。検察もいい加減で、「この2件は大体同じなので一緒に取り調べます」と(笑)。

石戸:大体同じ、ではないような……。

新谷:そうですよ。鳥越さんは左派で、青山さんは右派で政治的なスタンスからして違う。資料を用意して説明しながら、私は被疑者の分際で「検事さん、我々を調べてもしょうがないでしょ。都議会の暗部にメスを入れたらいいんじゃないですか」と僭越ながら言ってみた。実際に、文春リークスという情報提供サイトに「都議会のドンは誰それで、こんなことをやっている」といった情報が集まってきて、週刊文春でもキャンペーンを張っていた時期でした。そうしたら、検事さんはこう言うんですよね。
「おっしゃる通りです。でもうちにはあまり情報提供が来なくなったので、新谷さんとこんな形でご縁ができたので別途、持ち込んでください」

石戸:えらい正直な方ですね(笑)。確かに検察は大阪地検特捜部の証拠改竄事件があって、かつてのような強気な捜査ができなくなっていた時期と重なっています。

新谷:(シラスのコメントに)「右にも左にもケンカを売るスタイル」とあるけど、良いことをお書きになりますね。その通り。文春はど真ん中を目指すと言ってきたので、右と左から同時に訴えられるというのはど真ん中の証明かな。誰の味方でもないし、誰の敵にもなりうる。

石戸:しかし、その視点は現代においては一層大切な気がします。僕が本の中で書いた「良いニュース」とはいったい何かという定義にも関連しますが、政治的なスタンスが同じ人たちの中で、あるいは小さなコミュニティのなかでウケる記事、バズった記事を書いているだけでは読み手を選んでしまいます。僕の考えているニュースの王道は「ど真ん中」を歩くという意味での王道でもあります。
僕はいわゆる特ダネ記者ではありませんが、週刊文春が王道を歩んでいることはよくわかります。新聞にはもっと王道を担う役割を期待したいところですが……。

新谷:私は、最近取材される際、よく「新聞はどうしたら信頼回復ができるのか」という質問を受けます。その度に、優秀な新聞記者に鍛えてもらった恩返しも込めて、「エースばかりの精鋭部隊を作ってスクープを狙えばいい」とお答えしています。朝日新聞記者は2000人、週刊文春記者は30数人です。しかも、新聞のほうが各省庁や警察、検察、政権中枢にも近いところに取材拠点がある。狙えば絶対に獲れます。1年も続けていれば、見える風景は変わると思っています。


vol.2につづく

この対談は、2021年9月17日に、ゲンロンカフェ主催のトークイベントとしてインターネット配信された番組の一部です。同番組は、放送プラットフォーム「シラス」の「ゲンロン完全中継チャンネル」にて、2022年3月17日までアーカイブ(https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210917)を公開しています(有料)。以降の再配信やアーカイブの視聴については、ゲンロンカフェのHP(https://genron-cafe.jp/event/20210917/)をご確認ください。

プロフィール

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新谷学/しんたにまなぶ 「文藝春秋」編集長。1964年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、1989年文藝春秋に入社。「スポーツ・グラフィック ナンバー」編集部、「週刊文春」編集部、月刊「文藝春秋」編集部などを経て、2011年ノンフィクション局第一部部長、2012年4月「週刊文春」編集長。6年間、同誌編集長を務めた後、2018年より週刊文春編集局長として新しいビジネスモデル構築に従事。2020年8月より執行役員。2021年7月より「文藝春秋」編集長に就任(執行役員兼務)。著書に『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)、『「週刊文春」編集長の仕事術』(ダイヤモンド社)がある。

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石戸諭/いしどさとる 1984年、東京都生まれ。ノンフィクションライター。立命館大学法学部卒業後、2006年に毎日新聞社に入社し、2016年にBuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立してフリーランスのライターに。2020年に「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」で「第26回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」、2021年に「文藝春秋」掲載のレポートで「PEPジャーナリズム大賞」を受賞。週刊誌から文芸誌、インターネットまで多彩なメディアへの寄稿に加え、フジテレビ、朝日放送などへのテレビ出演と幅広く活躍中。著書に、『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)。


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