見出し画像

いかの丸焼きひとりじめ|パリッコの「つつまし酒」#203

むしろいちばん簡単なんじゃないだろうか

 よく行くスーパーに、いかにも新鮮そうな、まるごとのするめいかが売られていたんです。はるばる山口県からやって来てくれて、1杯398円。ありがたいことだ。それを眺めていたら、急にむくむくと、ある想いがふくらんできました。
「丸焼きにして食べたい!」

魅力的だ

 お祭りへ行くと、たいていありますよね。いか焼きの屋台。大きな鉄板の上にずらりと並ぶ、胴体に切れ目を入れられたいかたちと、げそたち。醤油だれを塗られてジューッと焼かれたその香ばしさが、あたり一帯に漂う、あのなんとも抗いがたい魅惑の香り。子供時代はそこまで興味がなかったけど、立派な酒飲みとして成長した今、あれこそが、お祭り屋台でもっとも食べたい一品と言えるでしょう。
 今まで、まるごとのいかを買うというと、さばいて刺身で食べるか、塩辛にするか、解体して肝と一緒に「ごろ焼き」にするかくらいが自分のなかの選択肢でした。けど、よく考えたら家でもできるよね? 丸焼き。難しいことはないよね? むしろいちばん簡単なんじゃないだろうか。あ〜、突然、猛烈に食いたい! いかの丸焼きが。しかも、1杯まるごとひとりじめしたい!
 そんな、たった今抱いた夢を実現させるため、買って帰りましたよ、そりゃあもう。

つつまし酒、もしくはいかの丸焼きの神

 ただ、僕って本当にいつも考えが甘いというか、行き当たりばったりというか。要するに、うつけ者なんですよね。いかの丸焼きなんてものは、いかをさばいて、酒、醤油、みりんあたりを配合したたれと一緒に、フライパンでジューッと焼いちゃえばできるっしょ。って感じで、あまりにもノリだけで作ってしまった。そうしたらばできあがったのは、単なる「いかの煮つけ」。

これは煮つけだ

 いやまぁ、うまいはうまかったんだけどさ。一方で丸焼きへの未練はつのるばかり。もちろん翌日、またスーパーに向かいましたよ。
 ただなぁ、鮮魚ってのはいつでもあるわけじゃないからなぁ。今日はあるかなぁ、まるごとのいか……。なんてうじうじしつつ、スーパーに到着。鮮魚売り場にたどり着いた僕、なんてつぶやいたと思います? ずばり「おぉ、神よ」。
 なんとですね、こんどははるばる長崎県から来てくださった、まるごとのするめいかが、パックにぎっちり数杯ぶん詰まって、これまた398円で売られていたんです! こんなお得なパック、そうそう見ないぞ。こんなのもう、つつまし酒の神、もしくは、いかの丸焼きの神の存在を、感じずにはいられないじゃないですか。
 神よ、ありがとうございます。よ〜し、今日こそ丸焼き祭りだ〜!

夢じゃないかしら

 帰ってさっそくパックから取り出してみると、昨日よりも若干小ぶりないかではありますが、なんと6杯入っておりました。

どんっ

 ではでは、さばいていきましょう。いかさんたちには悪いけど、この工程がまず、ものすごく気持ちいいんですよね。「いかさばき」っていうレジャーとして定着してもいいんじゃないの? ってくらい。
 胴体と頭の間に指を突っ込んで接合部を外し、肝やスミ袋が破れないように慎重に、スッと足を引っぱる。すると、おもしろいように分離する胴体と本体。続いてプラスチックのような骨を抜き、肝は破れないように体から切り離し、目玉と硬い口ばし、さらに吸盤の硬い部分も取り除けば、あっという間に食材に。

美しい

 この作業を6回くり返し、最後に身をよく洗ったら、下処理は完了。おっと、お宝である肝、捨てちゃうなんてもってのほか。全体に塩をまぶして食品用袋などに入れ、そのまま冷凍庫に放り込んでおけば、翌日には珍味「いか肝のルイベ」のできあがりです。薄くスライスしてちびちびつまみながら、日本酒と一緒にやるのが楽しみだ〜。

6杯ぶんの下処理完了
こっちもお楽しみ

やっぱり、夢だった?

 さて昨日の失敗をふまえ、いかの丸焼き改良版を作っていきましょう。
 まず、酒、醤油、みりん、砂糖、それぞれ1:1:1:1/2を調合し、チューブしょうが少々を加えたたれを作ります。この味つけは、昨日雑に作りすぎた結果、多かったり足りなかったりしたと感じた味を調整したもの。
 今日は、「このたれを少しずつかけながらフライパンで焼くバージョン」それから、「たれにしばらくいかを漬け込んでから焼くバージョン」、2パターンの作りかたで試していってみようと思います。

2杯ほど、たれに漬け込んでおきつつ

 ではまず、たれかけ焼きバージョンから。フライパンに薄く油をひき、いかの身とげそを並べます。火加減はほんのり中火寄りの弱火くらいがちょうど良さそう。

さてどうなる

 あまり火を通しすぎても良くないでしょうから、片面に火が通ったら早めに裏返す。裏返すと、きゅーっと、猛烈な勢いで身のほうが丸まりだすので、箸なりヘラなりを使って、抵抗がなくなるまで押さえつけておきましょう。
 全体に火が通ったら、たれを少量ずつかけながら仕上げの焦げ目をつけていきます。とたんにキッチンに充満する屋台の香り。どれどれ焼きあがりは、と、最後に身をひっくり返してみると……これは、間違いない! いか焼きだ〜!

ジューッと焼いて
いか焼きだ〜!

 こりゃ大成功なんじゃないですかね。見るからに。
 ではでは、焼き上がったいかを、気分を盛り上げるために買っておいたプラスチック製のフードパックに盛りつけて、たっぷりのマヨ七味を添えて、それからもちろんビールも用意して。

2日がかりの晩酌
準備完了です!

 念願のいかの丸焼きひとりじめ飲み、始めさせていただきます!
 見た目、香りからして間違いないけれど、お味のほうはと……お〜甘じょっぱくて香ばしいたれと、それが絡みついたぷりぷりのいか、めちゃくちゃいいぞ! 胴体部分に思いっきりかぶりつき、ぷりんっと噛みちぎる野生的な喜びもいいし、踊る食感が楽しいげそもいい。マヨ七味をたっぷりつけて噛みしめ、ビールをぐびーっ! あぁもう僕、今年の夏の思い出は、これでじゅうぶんかもしれません……。
 と、2日がかりのいか焼き飲みを堪能しまくったところで、念のため、漬け込みバージョンの味も確かめておかないとですよね。はい、もう1杯、30分ほどたれに漬け込んでおいたいかも焼いてみましょう。もう、今日の食事はいかだけでいいや。

ジューッ
やっぱりいか焼きだ〜!

 こっちの味のほうはどうだったかと言いますとですね、これが、さっきよりさらにうまかったんです! 当然、全体に味がなじんでいて、身も柔らかく、それから、口に当たるときのむちっとしたなめらかさが、より屋台っぽい。焼き上げる際、思いつきで最後に、ほんのりと醤油をたらしてあげたのも良かったんですよね。味が引きしまるとともに、醤油の焦げた香ばしさがより強まって。
 というわけで、多少手間ではありますが、いかの丸焼き、お手軽フライパンバージョン。自分は、漬け込み焼きを推奨する立場をとらせていただきます。

現時点でのベスト

 最後に今回の最終的なレシピを一応。

屋台風のいかの丸焼き
1)いかをさばいて、よぶんな部分を取り除き洗う。
2)胴体に切れ目を入れる。
3)酒、醤油、みりん、砂糖、それぞれ1:1:1:1/2を調合し、チューブしょうが少々を加えたたれに漬け込む(10分〜くらいでじゅうぶんかと)。
4)フライパンに薄く油をひき、たれから取り出したいかを、ほんのり中火寄りの弱火で両面焼く。
5)仕上げに醤油をひとたらしして焦げ目をつける

 って感じでしょうか。
 しかしさ、あらためて、このいか1杯、398円を6で割って、なんと66.333……円。それでいてこの大大大満足感。今ふり返ると、やっぱり夢だったとしか思えないんですけど。


つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方
つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン
好評発売中です!

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

バックナンバーはこちらから!


光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!